第10話 新しい仲間
大きなつばのあるとんがり帽子に黒いローブ、そして大きな杖を持った魔法使いがゆっくりとこちらに近づいてくる。近づいてくる彼女の表情は大きな帽子に隠れて見えない。
それに、全体的な体の大きさはローブでハッキリと分からないが背丈は俺やアリシアよりも帽子を含めても小さく見えた。
俺はこのイベントに非常に覚えがある。初めて発生した時には驚いたし、歓喜した。まさか、通常ルートでは終盤でしか加入しなかった彼女がこんな序盤で出るルートがあるとは思わなかった。
このイベントはエービスに行く場合に発生するもので、新しい仲間の加入イベントだ。このイベントで加入する仲間は現在の仲間事情と先程の戦闘結果とブレイブの現在のクラスで決定する。
アリシアがいなければ、回復役である『シスター』のクラスである女の子が来る。そのため、大半のルートは『シスター』の女の子が加入する。
でもアリシアがいる場合は、攻撃役が加入する。ブレイブが『剣術師』以外であれば、『剣術師』の男の子が加入する。
そして、アリシアがいる場合でブレイブが『剣術師』の場合、その上でウルフとのイベント戦でアリシアが攻撃を受けた場合、『格闘術師』の女の子が現れる。
この三人は序盤に出るが、物語終盤まで活躍できるステータスとスキルを持つように育っていく。だが‥‥‥‥最強というわけではない。最後の魔王との戦いではスタメンではなく、残念ながら控えに回ることになるのがほとんどだ。愛着があるから使われる場合もあるが、その愛着を上回るステータス、スキルの暴力の前には、屈してしまう。
だが、もしアリシアが仲間であり、もしブレイブが『剣術師』であり、もしイベント戦でアリシアが攻撃を受けなかったのなら、そんな、もしの先には最強の仲間が加入する。そんな仕様が隠されていた。
彼女が俺達の前に立つ。相変わらず表情も体格も分からない。だが、背が低いことだけは分かる。そんな彼女が大きく息を吸ったのを俺は感じ取った。その様子を見て、俺も息を呑んだ。
来るか、来るのか、来るんだな‥‥‥‥ヤバイ、興奮が抑えられない。
彼女が満を持して、俺達に声を掛けた。
「フン! 随分と無様だったわね。あまりにも無様だったから思わず手を出してしまったわ」
「‥‥‥‥無様か、言ってくれるな。だが、助かったのは確かだ」
「フン、あんた達を助けた訳じゃないんだからね! 感謝なんてしなくていいわよ!」
「いや、助けられたのは事実だ。ありがとう」
「いいって言ってるじゃない、別に感謝なんて‥‥‥‥」
「ありがとう、助かった」
「フ、フン! ま、まあ、‥‥ワタクシの様な天才魔法使いなら、あんなウルフの一匹や二匹、大したことじゃないわ!」
「そうか‥‥では、俺は行くから‥‥じゃあな」
「! ちょっと、待ちなさい!!!」
「なんだ?」
「あ、貴方達、見たところエービスに行くのよね?」
「ああ、そうだが‥‥」
「‥‥べ、別にあ、貴方達を心配してるんじゃないけど‥‥‥‥い、一緒に、行ってあげても‥‥い、良いんだからね!!」
顔は帽子で見えていない。だが、声が上ずっていて、所々噛み噛みで分かりにくいが、これは‥‥‥‥お誘い、なのだろうか? どう受け取っていいのか悩ましい所だ。
この場合の選択肢は『来てほしい』と『‥‥』の二種類だ。
「‥‥」
俺は沈黙を選んだ。すると、彼女がドンドンと焦りだしてきた。
「え、えええ、な、なんでよ、ど、どうしてよ―――ワ、ワタクシがい、いっ、一緒に、行ってあげる、って言っているのよ! そこの答えは決まっているでしょ!」
次の選択肢は『一緒に行こう』と『‥‥』の二種類だ。
「‥‥」
再度沈黙を選んだ。
「ね、ねえ、何とか、言いなさいよ――」
彼女の元気がなくなりつつある中、現れる選択肢は『何とか』と『‥‥』の二種類だ。
「‥‥」
それでも尚、沈黙を選ぶ。
「ね、ねえ、聞いてる―――」
彼女が俺を伺う様にする中、現れる選択肢は『聞いてる』と『‥‥』の二種類だ。
「‥‥」
まだまだ、沈黙を選ぶ。
「お願いだから、無視しないでよ―――」
必死に叫ぶ中、現れる選択肢は『無視しないよ』と『‥‥』の二種類だ。
「‥‥」
それでも、沈黙を選び続ける。
「ううう‥‥‥‥」
現れる選択肢は『大丈夫?』と『‥‥』の二種類だ。
「‥‥」
やっぱり沈黙を選ぶ俺。
「グスッ‥‥」
遂に彼女が泣きだした。ここだ!
「じゃあ、一緒に行こうか」
漸くOKを出した。
「っ‥‥い、イイの! ほ、ほんとのほんとにイイの!! イイのよね!!! イイって言ったわよね!!! フ、フーン、イイイイイ、イイわよ。一緒に行ってあげるわよ! さあ、ワタクシに付いてきなさい!!」
彼女が涙目から一気にハイテンションまで駆け上がっていく。
今回一連の流れの選択肢を最後まで『‥‥』を選ぶと、彼女が泣きながら去っていく。それをすると、もう登場しなくなる。過去にそれを見極めれず、何度もリセットした。
彼女を仲間にするだけなら、『来てほしい』だけで問題はない。
初見プレイの時には、素直に『来てほしい』というのが正解なのだと思った。その結果仲間になって、冒険を共にしていった。だが、まさかまさかの終盤で離脱する結果になるとは思わなかった。
エンジョイプレイを選んだ以上、仲間は途中離脱はして欲しくない。だから、彼女が仲間で居続ける選択肢を選んだ。これで、最初の選択肢はクリアだ。
「とりあえず、自己紹介からいいか。俺はブレイブだ」
「ワ、ワタクシはサマンサよ。偉大なる魔法使いサマンサよ!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥アレ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ねえ、」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥反応してよ‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥サマンサです。これからお願いします」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ああ」
俺が反応しないでいると、ドンドンと気が萎れていくように小さくなっていく。サマンサを調教、もとい、教育を施していかないと、後々命令を無視することが起こる。これはサマンサ固有のバッドステータスみたいなものだ。扱いが非常に面倒であるがそれを差し引いても非常に優秀なステータスを持っているし、『天職』持ちでもある、だからこそ今のうちに手綱を引いておくことが必要がある。
【『サマンサ』が仲間になりました】
【名前:サマンサ】
【性別:女】
【年齢:10】
【レベル:1】
【クラス:魔法使い2】
【HP:6】【HP:6】
【MP:10】【MP:10】
【筋力:4】【攻撃力:4】
【体力:4】【防御力:4】
【敏捷:4】【機動力:4】
【知力:5+3】【魔法攻撃力:18】
【器用:4】【命中力:4】
【幸運:4】【幸運:4】
・所有スキル
【天才】【天邪鬼】【????】
・戦闘スキル
魔法スキル:ファイヤーショット
・移動スキル
-
・装備
【武器:おばあちゃんの杖(魔法攻撃力+10)】
【鎧:ローブ(防御力+2)】
【靴:木の靴(機動力+1)】
【兜:大きな帽子(知力+3)】
【天才】:レベル・クラスレベルの経験値取得量が1.5倍になる。
【天邪鬼】:自身よりレベルが低い相手の場合、ステータスが1.2倍になり、高い相手の場合、ステータスが0.8倍になる。
【????】:????
サマンサのステータス・スキルを見ると、いくつか目を引くところがある。
まず、ステータスでは魔法攻撃力が非常に高いことだ。これは装備の補正が強いことが理由だが、彼女はこの後もレベルが上がれば上がるほど知力の伸びがすごくなり、装備の補正が微々たるものになっていく。
更にスキルを3つ持っている。【????】は後々判明するが、今は無意味なので置いておくが、【天才】のスキル、これは凄まじい効果を持っている。
このゲームに置いて【天才】のスキルを持つ者は彼女以外にもう一人しかいない。経験値効率が非常に高いため、レベルがすぐに上がっていくことになる。その上、サマンサの場合は【天邪鬼】を所持しているため、敵のレベルを上回ることでステータスアップするため、組み合わせが最強だった。そのため、ゲーム終盤で加入しても、早期に加入しても、敵の撃破数がトップクラスに君臨し続けた。
ただ、隠しイベントの強敵等、どう頑張ってもレべル的に負ける場合は彼女はお荷物になることも多々あった。まあ、行ってしまえば【天邪鬼】のスキルはザコ狩り専用に近いスキルだと言える。
サマンサの利点を纏めると、知力が高い魔法使いであり、レベルが上がりやすく、レベルが上回ればステータス補正で更に強力なる。
ただ、反対に弱点は何かというと、第一に基礎ステータス値が総合的には非常に低い。筋力、体力、敏捷は軒並み最下位を争うほどに低い。まあ、これは仕方がない。魔法使いの役柄的に後衛で魔法で攻撃させるのが主目的である以上、前衛がきっちりと守り切ればいいだけなので、特に気にはならない。
第二の弱点は【天邪鬼】のスキルだ。ザコ狩り専門スキルだけあって、ボス戦では、弱体化は免れない。魔法の威力が下がるし、攻撃を受ければ大ダメージは必至である。そのため、彼女を守るタンク役に回復役を専属に着けて、要介護しなければ戦えない。
第三の弱点は‥‥‥‥指示を無視することだ。サマンサは指示する俺よりもレベルが上に行くと、途端に指示を聞かなくなる。これが実は最大の弱点だと言える。炎攻撃を受けると回復する敵に炎魔法を放ち、回復させたり、氷攻撃が弱点の敵に炎攻撃を放つなど、戦闘中に気分で魔法を放ち、戦闘の効率化が出来なくなる。ザコ敵であれば問題ないが、ボス戦でもそういう行動を起こすため、回復されて余計な手間がかかることもしばしばあった。【天才】スキルの所為でレベルがすぐに上がっていくため、ブレイブを上回りことも当然ある。その結果、言う事を聞かない神頼みプレイになる。
サマンサというキャラは非常に強力であるが、それと同時にブレイブが強くなければ使いこなせない面倒くさいキャラだと言える。古典的なツンデレ魔法使いでワガママ三昧であるが、それと同時に彼女独自の面倒くさい仕様が隠されている、やり込みプレイヤーでないと愛でられないと言われる上級者向けキャラだ。
まあ、サマンサの攻略の研究理論は完成し、俺の頭の中にある。面倒くさい仕様だろうと、俺には最早怖くはない。覚悟しろ、サマンサ‥‥お前を俺色に染め上げてやるぞ!
□
「アタシはアリシア、よろしくねサマンサ」
「よ、よろしく‥‥」
アリシアにサマンサを紹介すると、サマンサは非常にビクビクしている。
実は彼女、人見知りコミュ障なんだ。だから、会話の主導権を握らないとまともに話せない。相手に主導権がある場合は、この様にひ弱になっていく。
「サマンサ、ありがとうね、ブレイブを助けてくれて。一緒にエービスに行ってくれるんだよね、嬉しいな、友達が増えて」
「と、友達!?」
「うん‥‥ダメかな?」
「い、いい、いいわよ!! ええ、ワ、ワタクシがお友達になってあげますわ!!」
「本当! やったー!」
アリシアが嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。サマンサはフンッ! といった感じに顔を背けているが、杖を持つ手に力が入っていることが見て取れた。
素直に嬉しいと言えばいいのに、と思わず心の中で思ったが、口には出さなかった。
「ブレイブ、アリシア、無事だったか!?」
ライルがウルフを倒し終え、俺達のところに走ってきた。
「ぴぎゃ!?」
サマンサが奇声を上げて、アリシアの後ろに隠れた。
「おい、どうしたサマンサ?」
「おいおい、その子どうしたんだ?」
「うぅぅ‥‥‥‥大人の男の人‥‥‥‥」
サマンサは小さい声でそれだけ言った。
「サマンサ、大丈夫だよ。ライルさん怖くないから、ね」
「うぅぅ‥‥」
サマンサがアリシアの後ろからチラチラと様子を伺う様に、ライルさんを見ては引っ込みを繰り返した。
とりあえず、このままだと埒が明かない。俺はサマンサに向き直り、妥協案を提案した。
「サマンサ、とりあえずライルさんから離れて歩ければ、それでいいんだな?」
「う、うん‥‥」
「ライルさん、彼女の名はサマンサ。ウルフとの戦いに加勢してくれました。彼女の行先も俺達と同じエービスです。なので、彼女も同行させてもらえませんか?」
「ああ、俺の方は問題ない。そちらの嬢ちゃんも問題ないかな?」
「!‥‥‥‥はい」
「では並びは、ライルさんが前を歩いてもらえますか、その後にアリシア、サマンサ、最後に俺の並びで行きましょう?」
「ああ、それで行こう」
俺達はエービスへの道を進む。その最中、アリシアがサマンサに話しかけている。
「ねえねえ、サマンサもエービスに行くってことはスクールに行くの?」
「‥‥そうよ」
「やっぱり、じゃあサマンサも最近洗礼を受けたんだよね?」
「! その通りよ。アタシのクラスが気になる、気になるわよね!」
「え、さっき偉大なる魔法使い、って言ってたけど、『魔法使い』じゃないの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥そうよ」
すんごいしょんぼりしている様子のサマンサ。言いたかったのか?
「アリシアは何なのよ、クラス‥‥」
「! ア、アタシは‥‥‥‥‥‥『魔法使い』‥‥」
「ええ、そうなの! じゃあ一緒じゃない、もう、もったいぶらないでよ!!」
「アハハ‥‥」
アリシアは酷く言い淀んだ。嘘をついていることに忌避感がやっぱりあるようだ。
それからもアリシアとサマンサの会話はエービスにたどり着くまで止まることはなかった。
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