第9話 イベント戦

 三人でアラマスの村を出て、しばらく道なりに歩いていた。

 周囲の様子を見ていると、小高い山に高い木、それ以外にも水場に岩など、それらが記憶にあるゲーム上のマップ情報と酷似していた。

 ブレイブになって二日目だが、やっぱりこういうゲームと一致していることには嬉しくもあり、この近くにモンスターがいて、命の危険があることに恐れがある。だが、それもひっくるめて、この世界を全力で楽しみたい、それが今の俺の目標だ。


「ライルさん、ありがとうございます。あたし達と一緒にエービスに向かってもらって助かります」

「ああ、大したことじゃないさ。アラマスの村での習わしでな、新たに洗礼を受けた者がエービスのスクールに行くことを希望した場合、実戦経験のある者が安全に送り届ける事、という村の教えがあったからな。だから、今回は俺が連れて行くことにしたんだ。個人的な恩返しもあったし‥‥」

「個人的な恩返し?」


 アリシアは首を傾げてライルに問いかける。ライルは照れ臭そうにしながら、答えた。


「俺さ、エービスのスクールに送り届けてくれたのが、ブレイズさんだったんだ。‥‥ブレイブの親父さんのさ‥‥」

「‥‥ブレイズさん」


 ライルの答えにアリシアは俺の方を見て、気づかわし気な視線を送った。


「そうか、父さんが‥‥」


 俺はそれだけ言うだけだった。

 ‥‥‥‥ブレイブロールとしてはこれで正解なはずだ。これ以上の話は打ち切った方がいい。‥‥話が長いんだよ。

 端的にまとめると、ブレイブの父――ブレイズは冒険者である。

 『ドラゴンオブファンタジー100』にはモンスターと戦う職業を大きく分けて三つある。モンスターから都市を守ることを目的とした『守護者』、モンスター討伐を目的とした『討伐者』、魔王のいた時代から今に至るまで閉ざされた地、捨て去られた土地の調査を行う『冒険者』がある。

 ブレイズは『冒険者』として旅立ち、以後6年間、音信不通である。この世界は現実世界で言う『電話』みたいなものが存在しており、遠方と情報のやり取りは出来るが、それが届くことはなかった。

 まあ、とりあえず現状ブレイブの父は行方不明、と言う事になっている。


「っ! ああ、あと俺もエービスに向かう予定だったから、丁度いいタイミングだったんだ」


 まずい空気を一変させようとライルが話題を変えた。


「ライルさんは何処に行く予定なんですか?」

「アレース帝国に行く予定なんだ」

「アレース帝国?」

「アレース帝国と言うのは北大陸にある軍事国家だ」

「軍事国家?」


 アリシアは良く分かっていない様で、首を傾げている。


「ああ、良く分からないよな。まあ、村にいただけじゃ分からない事が多いからな。俺だって洗礼を受けて、スクールに行って、そこで学んで、自分の足で渡り歩いて、色々なことを知ったからな、だからこれから覚えていけばいいさ。じゃあ、エービスに着くまで、多少の知識の下地をつけておこう」

「はい、お願いします」

「まず、大陸の説明からな。大陸は4つある、東、西、南、北とな。今、俺達がいるのは西大陸だ。で、俺が行こうとしているのが北大陸、その北大陸と向かい合う大陸が南大陸があり、最後に魔族の支配する東大陸がある。それぞれの大陸には大小様々な国があって、その国ごとに治め方が違う。王国、帝国なんかだと、代々の王族から王様、皇帝が選ばれる。共和国なんかだと、国民が国のリーダーを選ぶ。魔族の国に関しては‥‥‥‥良く分からん。魔族にも王族がいて、その中から魔王を選んでいるのか、それとも純粋に強い者が魔王になっているのか、分かっていない。だれも東大陸には攻め込まないからな」

「へえー、そうなんですか‥‥知ってた、ブレイブ?」

「‥‥まあ、多少は」


 多少は‥‥‥‥本当に多少だ、西大陸の王族がパーティメンバーに入る、とか、北大陸の皇帝の息子が放浪癖があるだとか、南の大統領が汚職をして揉み消した真っ黒な政治家だとか、東大陸の魔王の倒し方を知ってる、とは言えないからな。


 それからもライルの話は続いた、アリシアは聞き入っていた。俺も相づちを打ち、興味のあるふりをした。全て知っていることだったし、所々補足しようか悩んだが、下手に知識を持っていることをアピールしているようで、それは変だと思い、口を出すことを止めた。

 そして、アラマスの村とエービスへの丁度境くらいに差し掛かった頃、モンスターに遭遇した。

 

「気を付けろ、ウルフが出てきたぞ」


 ライルは槍を構え、迎撃の体勢を取った。


「いいか、お前達は後ろに下がっていろ。決して前には出てくるな」


 そう言って俺達に注意をした後、ライルは目の前のウルフに向かって駆けていく。


「ハアアッ!! セイッ!」

「gyaaaaa!!」


 ライルの放った槍の一閃はウルフを的確に葬り去った。

 戦闘時間はほんの数秒、見事な勝利だった。レベル差があったから当然の結果と言えばそれまでだが、攻撃の判断力とウルフの行動タイミングの見極めはステータスでどうこう出来るものではない。確かな経験に裏打ちされた戦い方だったと言わざるを得ない。


「凄い、凄いよライルさん!!」

「ああ、凄い」


 俺達は周囲の様子を伺い、ライルに近づいて行く。ライルは周囲の様子を伺ってから俺達の方を向いた。


「もう大丈夫だ、二人とも。周囲にモンスターの気配はない」

「凄い! モンスターの気配なんて分かるんですね」

「まあ、こういうのは経験だ。これからスクールで多くの事を学んで、多くの出会いをしていけば、知識も経験も身について行く。まあ、それまでの道中は俺がしっかり待ってやるからさ」


 ニッ、という笑みがこぼれる。頼れる兄貴、という様な雰囲気に溢れている。


「さあ、行くぞ。このまま進めば、今日の内にはエービスに着ける」


 そう言って、再び北のエービスに向かって足を進めていく。



「そういえば、二人は何のクラスを選んだんだ?」


 エービスへの道中、モンスターを倒したり、休憩したりしながら進んでいると、話題がクラスの事になった。

 俺はアリシアに目線を動かし様子を伺うと、言い淀んでいた。アリシアの性格を考えれば、アリシア自身で誤魔化すのは難しい。ここは俺が取り繕うか。


「俺が『剣術師』でアリシアは『魔法使い』です」

「っ‥‥」

「ほう、そうなのか」


 アリシアは下を俯いたが、ライルは気づいた様子はない。


「『槍術師』だったら、教えてやれることがあったが‥‥‥‥まあ、仕方ないな」

「そうですね。でも、そのうち再洗礼することにしてますので、その時は教えてください」

「アハハハハ、そうか、そうだな。いつかブレイブが再洗礼出来たら、その時は俺が槍の使い方を教えてやるぞ」


 何故か笑われた、割と本気なんだが。

 ライルは『槍術師』であれば、指導を受けることで、クラス経験値を得ることが出来る。そうすることで通常よりも早くクラスレベルを上げて、槍術スキルを得ることが出来る。だが、今はまだいい。今は『剣術師』であることの方が重要だ。

 それに、話題が逸れたことでアリシアに注意が行かなくなった。これでいい、今はまだ『聖女』だと分かるのは避けなければならない。ただ、そのうちアリシアとは話さないといけないな。アリシアがストレスを抱え込むのはまずいからな。



「あれ? 向こうになにか見えてきたよ」


 アリシアが遠くを指差す。確かに指差す方向にうっすらと何かが見えた。


「あれがエービスだ」

「エービス‥‥」


 一日中、というには少し早いがそれに近い程歩き通しだった。途中何度か休憩を挟んだが、それでも結構疲れた。ゲームだとすぐに着いたんだが、これほどかかるとは‥‥‥‥これから先が思いやられる。まあ、道中はなんだかんだで楽しかった。


「! 少し待て‥‥」

「え、どうしたんです?」

「いいから、アリシア。静かに」


 ライルが気配に気づき、俺もこの状況を思い出した。


「「「gruuuuuu‥‥」」」


 唸り声と共に、姿を現したのは三体のウルフ。そして、


「gruuuuuu‥‥」


 背後からもう一体、ウルフが現れる。それも、前にいる三体よりも大きな個体だ。おそらく、三体よりも強いだろう。


「クッ‥‥囲まれた!」


 ライルが槍を構えるが、どちらに対応していいのか決めあぐねていた。

 前の三体を相手にすれば背後の大きな個体に、背後の大きな個体を相手にすれば前の三体に、不覚を取ることになる。

 ライル一人では手に余る、ライル一人では‥‥‥‥


「ライルさん、其方の三体は頼みます。こっちの大きいのは、俺がやります」


 俺は背後の大きいウルフに向かい、武器を構える。


「っ! ブレイブ、お前っ!」

「ここで、コイツを止めておかないと、そっちの三体にやられます。ライルさんなら、そっちの三体、直ぐに終わらしてくれるでしょう?」 

「チッ! 分かった、何とか生き残れよ!」


 ライルはそれだけ言って、三体のウルフに槍を振るう。あっちはこれでいい、問題はこっちか‥‥‥‥


「‥‥‥‥he!」


 ウルフは俺を嘲笑うように鼻を鳴らした。生意気な、たかがウルフの分際で‥‥‥‥とゲームをやっていた時は思ったものだが、現状だと侮られても仕方がない。それほどのレベル差がある。


【名称:ウルフ(リーダー)】

【レベル:10】


 ライルと同じレベル10、今の俺はレベル2、これでは話にならない。

 ‥‥‥‥だが、戦い方はある。教えてやるぞ、犬っころ。やり込みゲーマーの力を!‥‥‥‥さあ、イベント戦闘の開始だ。


「アリシア、俺の荷物を頼む」

「あ、うん‥‥」


 肩に掛けていた荷物をウルフから視線を外さずに落とすと、アリシアが拾ってくれた。


「アリシア、怖いだろうが俺の後ろにいろ。俺が動いても、絶対に後ろについてこい。そうすれば、ウルフはお前を攻撃対象にしない」

「う、うん‥‥」

「‥‥なあに、心配するな。俺は負けないからさ、でもアイテムを渡す準備だけしておいてくれ」

「分かった! ブレイブを信じてる」

「ああ、じゃあ行くぞ」


 俺はアリシアが後ろに下がったのを気配で察し、次の行動を行う。


「はああああああ!!」


 掛け声と共に攻撃を仕掛けた。


「guraaaaa!!」


 ウルフも攻撃を仕掛けてきた。

 互いの攻撃がぶつかるまで間もない、そんな状況で俺は‥‥


「ハアッ!」

「kyaan!?」


 武器を投げつけた。その武器は狙い違わず、ウルフの鼻っ面に直撃した。よし、狙い通りだ。

 俺は次の一手として、地面に手を付け、砂を握り込み、それを投げつけた。


「gyaaaaa!?」


 砂が目に入った。ウルフはその場で混乱しだした。よし、うまくいった。


 ウルフは目がやられても、鼻で匂いを嗅いで、相手を攻撃してくる。そのため、命中を下げるのにちょっとしたコツがいる。それがこの方法『鼻潰し目つぶし』だ。これで命中率は極限まで下げることで、攻撃は当たらない。後は只管に殴りかかるだけだ。俺は投げつけた武器を拾い、大きく振りかぶって攻撃を仕掛けた。


「gyaauu!!」

「おっと!」


 ウルフの爪が振るわれた、だが、その狙いは外れた。だが、俺はその攻撃に驚きと共に己の甘さを思い知った。

 目が見えなくても、鼻が利かなくても、ウルフの爪が当たれば俺には大ダメージだ。慎重を期すのを怠ってはいけないな。

 それからは鼻を、目を、耳を、弱い部位を中心に殴り続けた。放置しておくと、ダメージ回復して、目や鼻の機能が回復して、混乱状態が解除される。そうなると、同じ手は通じない。だから、継続的に、少しずつでもダメージを与え続けた。そして、遂に‥‥‥‥ウルフは動かなくなった。


「ふぅー‥‥‥‥終わったか‥‥‥‥」


 動かなくなったウルフに安堵し、気が抜けた。俺はその場に座り込んだ。

 ウルフの場合、行動は単純だ。距離があれば真っ直ぐに走ってきて、頭から突っ込んでくる。だからこちらも攻撃のタイミングで武器を投げると、ウルフの鼻っ面に直撃し、混乱する。そのあと、顔に向かって砂を投げつけると、継続的に命中ダウンの状態異常が発生する。後は、ウルフの攻撃失敗後に攻撃すれば、ノーダメージで倒せる。

 これがこのイベント戦における必勝パターンだ。そして、この後にあるのが‥‥‥‥


「gaaaaaaaaaa!!!」


 ウルフが起き上がった。命数は残り僅かなようだが、それを気にする様子は微塵もない。完全に残りの命全てを賭けて、俺を殺すために立ち上がったようだ。

 やっぱりな、レベル差が大きいから経験値が入っていればレベルアップをして当然なんだが、それもなかった。

 この戦闘は‥‥‥‥倒せないイベント戦だ。だから、いくら殴って、ダメージを与えても、ここで終わりなんだな。


『ファイヤーショット』


 微かに聞こえた声は、女の声だった。そして紡がれた言葉は魔法の名。

 遠くから紅い何かが飛来し、それがウルフを捕らえた。


「gyaaaaaaaaaa!?」


 ウルフは悲鳴を上げた。紅い何かは、火の玉だった。その火の玉はウルフを焼き、命が尽きる寸前から今度こそ完全に尽きた。

 俺は『ファイヤーショット』が飛んできた方を見ると、其処にはとんがり帽子に黒いローブ、大きな杖を持った魔法使いが立っていた。

 帽子を深くかぶっている上にローブが体全体を覆っていて、男女の性別の判断がつかない。だが、この展開を知っている俺にとってはあの魔法使いが、女性だと、知っている。

 そして、彼女こそ、俺がエービスに行くことを決めた要因の一つでもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る