第6話 戦闘だ――!!

 犬が森を徘徊しているのを見つけた。

 アレは【名称:ワイルドドック】、この森の中で見かけるシンボルエンカウントのモンスターだ。

 

 『ドラゴンオブファンタジー100(ワンハンドレッド)』の世界では、モンスターとは二種類ある。マナと呼ばれる魔力の力で変質してしまったモノとマナから生まれたモノだ。

 ワイルドドックは前者―――つまり、マナで変質してしまったモノだ。

 元々はただの犬がマナによって、モンスター化した類だ。元々の能力・特性をマナで強化されているため、従来の動物と比べて動きが速く、力が強く、狂暴だ。


 だが、人間が倒せない訳ではない。マナの影響で生まれたもしくは変質したモンスターと戦えるのは洗礼を受けた人間だけだ。

 この世界では一般的に10歳を迎えた子供はほぼ全員が洗礼を受ける。遥か昔は多くの人間が洗礼出来なかったため、モンスターによって追い詰められた。だが、それを『勇者』が、『聖女』が、多くの洗礼を受けた人間たちが戦い、モンスターの脅威に立ち向かった。その結果、現在もモンスターは存在しているが、遥か昔に比べ、人間の生存圏が広がっていった。それ以来多くの時を経て、洗礼は一般的になり、多少のモンスターなら人間でも立ち向かえる様になった。


 今日からは俺もモンスターに立ち向かえることになった。‥‥まあ、今日からブレイブになったというのもあるが、それは置いておこう。

 早速ワイルドドッグと戦うことになるが‥‥‥‥そんなに危険はない。ゲームで最初に戦うようなザコだ、こんなのに負けるようなゲームバランスだったらクソゲー確実だ。というわけで、負けはしない。ましてや、このゲームをやり込み、敵モンスターを知り尽くしている上にエクストラスキルに、この時点で最強武器(立派な木の棒)を持っている。万全の状態だ、負けなどあり得んわ! 行くぞ、初戦闘だ!


「アリシア、俺の後ろから離れるなよ」

「うん、分かった」


 俺はアリシアに一言掛けてから、ワイルドドックの眼前に立ち塞がった。

 俺達に気づき、ワイルドドックは戦闘態勢に入った。

 体勢を低くして、喉をグルルルル‥‥と鳴らしている。

 俺の方は‥‥手にじわっと汗をかいている。足がブルブルと震えている。

 理論上負けないと、頭では理解できている。だが、これまでは画面越しに見ていたモンスターを相手に、生物としての恐怖を抱いているのかもしれない。ゲームならコントローラで選択するだけだったが、今はブレイブが動き、ブレイブが剣を振り、ブレイブが倒さないといけない。それが出来なければ、夢が終わるのか、それとも‥‥‥‥いや、今は考えるのは止めよう。今すべきことは、目の前のモンスターを倒すことだけだ!!


「gaaaa!!」


 ワイルドドックが飛び掛かってきた。


「きっ、来た!?」


 俺は無意識に後ろに下がった。それにより、ワイルドドッグの飛び掛かりを避けた。だが、このままだと俺に追撃が飛んでくる。もっと下がらないと攻撃される、その恐怖心が俺を後ろに下げようとしたが、あることに気づいて後ろに下がるのを止めた。


「ブレイブ――!!」

「! 大丈夫だ!」


 後ろに下がれば、アリシアが攻撃の標的にされる。それは‥‥‥‥ダメだ。

 俺がアリシアを無理矢理連れてきた。

 俺が守ると言った、なのに逃げるのか。それはダメだろう。


 俺はブレイブだ。ブレイブは仲間を見捨てて逃げはしない。ブレイブは本当の勇気を持つ『勇者』だ。そんなブレイブに惹かれて、憧れて、カッコイイと思ったからこそ、『ドラゴンオブファンタジー100(ワンハンドレッド)』を何処までもやり尽くしたんだ。ブレイブと仲間たちの冒険にワクワクしたこと、涙したこと、癒されたこと、世界中のゲーマーに愛された『主人公』ブレイブを俺が穢していいわけがない。

 今は俺がブレイブだ。だからブレイブに恥ずかしいことなんかできるわけがない!


「ウオオオオオオオオ!!!」


 俺は無我夢中でワイルドドックの頭目掛けて、全力で武器を振り下ろした。


「gyaaaaa!!!‥‥‥‥」


 俺が振り下ろした一撃はワイルドドックの頭部に直撃した。ゴキッ!! という骨を砕く音が周囲に、感触が武器を介して俺に響いた。

 頭を潰されたワイルドドックは動かなくなった。


「ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥‥勝った、のか」


 俺はその場にへたり込んだ。

 ‥‥‥‥情けないな、なんという様だ。こんなのブレイブらしくない。ブレイブだったら‥‥


「ブレイブ――! やったね、すごかったね!」

「‥‥凄くなんかない。こんなの‥‥」


 そうだ、ブレイブならこれくらいでへたり込んだりしない。怯えることなく、モンスターに果敢に挑んでいく。何度倒れても、何度倒れても、立ち上がりモンスターに挑み、最後には勝利する。なのに、俺がブレイブになったばっかりに‥‥‥‥


「そんな事ない!」

「‥‥アリシア」

「ブレイブは強いよ、だってこんな怖いモンスターを倒せたんだもん。それにあたしを守ってくれたもん!」

「‥‥ハハッ‥‥言ったろ、俺が守ってやるって‥‥だからそれくらいの約束は守るさ」


 本当のブレイブなら約束は破らない。ああ、折角ブレイブになったんだ。だったらブレイブのロール(役割)は果たさないと。


「‥‥もう大丈夫だ、ありがとうアリシア」

「? え、あたし何かした?」


 アリシアははてなマークが上がりそうな困惑気な表情を浮かべた。

 アリシアにとってはブレイブはブレイブなんだな。まあ、分かる訳ないか。でもいいさ、なら全力でブレイブロールをかましてやるさ!


「さあ、次のモンスター、倒しに行くぞ!!」


 大声を張り上げ、モンスターを探しに森の中を散策していく。

 もう今度は引かない、怯えない、振り返らない。俺はブレイブ、真なる勇気を持つ者、いずれは『勇者』となる者だ。




「gyaaa!!」

「ハアッ!!」


 ワイルドドッグの攻撃を躱し、頭に武器を振り下ろす。動かなくなるまで、何度もたたく。その作業を繰り返し、漸く待ちわびた音が頭に響いた。


【ピローン♪ レベルアップ! ブレイブはレベル2に上がった】

【HP:+2】

【MP:+1】

【筋力:+2】

【体力:+2】

【敏捷:+1】

【知力:+1】

【器用:+1】

【幸運:+1】


 おお――!! 待ちに待った音だ。これだよ、RPGの楽しみの一つ、レベルアップの瞬間だ。‥‥しかし、レベルアップによるステータスの上がり幅が渋いな。まだレベル2だし、こんなものか。


 最初の戦闘から10回を超えた頃、漸く思い通りに体が動くようになった。戦闘での恐怖感が薄らいだ、気がする。慣れるもんだな、色々と。

 初めての戦闘で感じた、骨を叩き、生きているモノを殺す感覚、これまでの人生で感じたことが無かった感覚に、嫌悪感を覚えた。だが、直ぐに慣れた。

 俺はこの世界がゲームの、創作の世界だと知っている。意識がはっきりしているし、痛みや匂いなんかの映像や音楽では分からない情報を感じても、何処か夢見心地のような心境で今の行動を行っている。折角この世界で、ブレイブとして、やっているのに、どこかそこに引っ掛かりを覚える。

 もしここで、モンスターにやられたら、俺はどうなるんだろう? 通常のゲームであれば、セーブポイントに戻される。この場合だと、オープニングのブレイブの部屋から始まることになる。それ以外にもし、パーティを組んだ場合はどうだろうか、その時は死亡状態から蘇生魔法や復活のアイテムで生き返らされるんだろうか。

 この世界をゲームだと、俺の夢の中だと本心から思うなら、今すぐリセットボタンを押せば、家に戻れるのことだろう。けど、それを出来ないでいる。


 モンスターの頭を叩いて、殺していた時、フッと思ってしまった。向こうの俺は‥‥‥‥死んだんじゃないのか、って。

 頭をぶつけた時、骨が折れる事より、衝撃で脳が揺れることで、ふらつき倒れ、そのまま死んだモンスターがいた。大した外傷はなかった、頭から血が流れなかった、ただ、勢いよくぶつかっただけで、モンスターはアッサリと死んでしまった。‥‥では、もし人間が、この世界の人間ではなく、現実世界の人間が勢いよく頭をぶつければ‥‥‥‥死に至る可能性は大いにあるんではないのか。

 現実の俺は40代半ば、徹夜のゲームに日頃の運動不足、血の巡りが悪く立ち眩みからの頭部損傷、ここまで揃えば死んでいても何もおかしくない。生きている可能性も十分あるが、意識を失う直前に強烈な痛みを感じた。もし生きていたとしても、あの家に誰かが来ることは‥‥‥‥おそらくない。

 両親は他界しているし、兄弟もいない。プライベートな付き合いが深い人もいなければ、特に誰かと頻繁に連絡を取り合っていた人もいない。考えられるのは会社の人くらいだ、無断欠勤で心配して見に来ることがあるかもしれないが、それでも家の中にまで入ってくるかは怪しい。そうでなくても、頭の痛みを感じていたあの時に助けに来られなければ、たぶん命を落とす。つまり、あの世界での自分はもう死んでいるんだろう、と思い至った。

 なんだろうかな、モンスターを倒しているうちに、現実の自分が死んだと、理解出来てしまうとは‥‥‥‥こういうの因果応報というのかな。

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