秋の空

 引退試合から約一カ月程過ぎて、先週末には体育祭も無事に終了した。中学生最後の体育祭だったが、係りの仕事であれこれと雑用に追われてあっという間に終わった感じだった。

 放課後、これまでは体育祭の準備やらで簡単に帰れない日があったが、もう用事も無いのですぐに帰る事が出来るようになった。早く帰れるのは良い事だけど、何か物足りないような感じもする。机の上に鞄を置いて教科書を直して帰る準備をしていたら博之と健が話しかけてきた。


「今日は何も用事が無いんだろう」

「あぁ、無いよ」

「それじゃ、一緒に帰ろうぜ」

「いいけど、何か珍しいな……わざわざ声を掛けてくるなんて」

「別に理由はないさ……たまには宮瀬でも誘おうかなと思っただけだ」


 博之は笑いながら言っているが、何か企んでいる様子もないので本当に理由はないようだ。


「一応明日以降も用事が無いので大丈夫ですけど……」


 もう部活もないしこれから毎日普通に帰れるので誘ってもらおうとアピールをしてみた。ボッチで帰るのも寂しいし……


「分かったよ、明日からも誘ってやるよ」


 しょうがないなぁという感じで博之と健は快諾してくれた。とりあえず、ボッチで下校するのは回避出来そうだ。帰り道、くだらない話をしながら三人で歩いて帰っていると進路の話題になった。


「博之と健は何処の学校を受けるか決めたのか?」

「決めるも何も受ける学校が限られてくるからな」


 諦め顔をした博之が答えて健が同じ様な顔をして頷きながら呟いた。


「お前みたいに選べないよ、この成績ではなぁ……仕方ない」

「そう言う宮瀬はもう学校を決めたのか?」


 博之がどうなんだという顔をして聞いてくる。


「う――ん、大体は決めてるかなぁ……」


 返事が悩んでいる様な口調だったので、健が心配そうに俺を見ている。


「お前の成績なら試験も問題ないだろう何でそんな自信なさげなんだ?」

「いや、そんな事は無いんだ……」

「変な奴だなぁ」


 健と博之が不思議そうな顔をして様子を伺っていて、俺はいい機会だからある事を聞いてみようと二人に尋ねてみた。


「例えばの話なんだけど……」

「何だ? いきなり例えばの話って」

「まぁ、ちょっと聞いてくれよ」

「分かった、聞いてやるから続けてみろ」


 面倒くさそうな顔をした博之だが、とりあえず頷き話に耳を傾けてくれた。


「……まだ付き合ってない好きな子がいました。でも高校は別々になりそうです。でもまだその事は知りません」

「すげぇ、具体的な話だなぁ、お前の話か?」


 茶化すように話の間に入って健がニヤッと笑うので、少し怒った口調で話を続けた。


「イヤ、俺の話じゃなくて……例えばの話だ。それでそのまま教えずに告白をしないか、違う学校になる事を教えてから告白をするか。どっちがいいと思うか……」

「そんな事決まってるじゃん、黙っておくより話して駄目だった方が諦められるんじゃない……」


 博之は分かりきった事を言うなという顔をしている。


「……そうだよなぁ」


 何か情けないことを聞いてしまったと俺が暗い顔になって、そんな俺の表情を見た博之が同情したのかのように付け足してきた。


「まぁ、でもその当人がやりたいようにすれば良いじゃないの正解があるわけじゃないから……」


 俯いたまま博之の言葉を聞いていた。その後は博之も健もそれ以上深く触れずに他の話題で明るく話しながら帰宅した。


 それから数日経った昼休みの時間、外の天気は高く澄み渡った空をして心地よい風が吹いていた。俺は以前見つけた穴場の場所に来てボーっと空を眺めていた。しかし俺の心の中は空とは対照的に曇った感じのどんよりとした気持ちが占めていた。あれから何一つ変わっていない……


「はぁ……」


 俺が重たいため息をついて座り込もうとした時に、階段のドアが開く音がした。


「あぁ⁉︎ なんでアンタがいるのよ!」


 聞き覚えのある声がするので振り返ると大仏が仏頂面で立っていた。


「何でって言われても、随分前に俺はここの場所を見つけて来てたぞ」

「え――! アタシだって何度も来たことあるけど、いつも誰もいなかったわよ」

「隠れた癒しの場だったのに……」

「それは私のセリフよ、はぁ〜、もう今日は仕方ないかぁ……」


 大仏はそう言いながら少し離れた場所に腰を下ろしたので、俺も気にしないようにしようとした。暫く沈黙が続いていたが、何を思ったのか突然大仏が不機嫌そうに話しかけてきた。


「アンタ、このまま黙っておく気なのあの子に」

「はぁ⁉︎」


 不意を突かれて思わず間抜けな返事をしてしまい、それが気に入らなかったのか大仏の機嫌を更に損ねた。


「そんなんだから駄目なのよ、あの子が知らないとでも思ってるの」

「何だよそれって、えっ、本当に……」


 どんよりとしていた気持ちが一気に土砂降りになるぐらい真っ暗な感じになった。


「当たり前でしょ、そんなのいろいろなところからアンタの情報なんか漏れてくるわよ」

「まさか……お前が流したんじゃないだろうな……」


 俺は頭を抱えながら恨み節を言うが大仏は全く気にする気配はなく、落ち着いた口調で更に続ける。


「そんな事してもアタシにはひとつも利が無いわ。そんな事よりきちんとアンタの口から言いなさいよ、どうせもうすぐ最後の希望調査があるからさ」

「……そうだな」


 これ以上足掻いても駄目な気がしたので、ここは素直に言う事を聞いた。大仏の話が本当なら絢は別々になる事を知っていてこれまで会話していたことなる。俺はそんな事を知らずに普通に会話をしていた思うと情けなくなってしまった。

 きっかけもなく先延ばしにしていたが、もうこの時期で進路の事はキチンと話さないといけないと心に決めた。


「ありがとう……」


 呟くように言うと大仏はいつもの口調で答える。


「何言ってるのよ、相変わらず情けない奴だなしっかりしなよ」


 不機嫌そうな顔だった大仏が少しだけ笑った。何だかんだ言って最後は幼馴染みに助けてもらっている気がする。目の前にあったモヤモヤが少しづつ晴れてきそうな感じがする。透き通った空を眺めて、気持ちを入れ替えようと大きく息を吸い込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る