街の灯り
今年もあと二ヶ月余りになり、クリスマスのイルミネーションがちらほらと見受けられるようになってきた。
あれからまだ絢と話は出来てはいない。何度か話すチャンスがあったのだが今に至っている。ついこの間、大仏からまだ話してないのかと呆れられてしまった。
放課後、部活の先生に呼ばれて職員室に行ったら、高校のバスケの推薦の話だった。そんな話があって驚いたが、元々私立の学校には親からも無理だと言われていたし、俺もそこまではいいかなと思い辞退する事にした。
先生との話が終わりそのまま帰ろうとしたが、忘れ物に気が付き教室に戻った。もう他の三年生の教室にはほとんど生徒が残っていなかったので、俺のクラスにも誰もいないだろうと扉を開けた。しかし教室に入ると予想外に一人生徒が残っていて、これから帰ろうとしているところだった。
「あれ、どうしたの?」
「わ、忘れ物取りに来たんだよ、さっきまで部活の先生に呼ばれてて……」
「良かったね、忘れ物に気が付いて」
「あ、絢は?」
「私は日直で……」
焦って返事をすると絢の手には学級日誌があった。簡単に書く奴もいれば、絢のように丁寧に綺麗に書く子もいる。
「そうか、大変だなぁ……一人なのか、友達は?」
「用事があるから先に帰っちゃったの……」
絢が少しだけ寂しそうな顔をしたが小さく微笑んでいる。その寂しそうな顔を見て思わず言ってしまった。
「日誌、先生の所に持って行くんだろう、どうせ暇だから一緒に行ってあげるよ」
それを聞いて絢は嬉しそうな表情をしてほんのりと顔が赤くなった。
「あ、ありがとう、やっぱりよしくんは優しいね……」
俺もちょっとだけ恥ずかしくなり、誤魔化す様に慌てて忘れ物を机の中から取り出し鞄に入れた。
二人で教室の窓を確認して、電気を消して職員室に向かった。俺は職員室の外で待っていたが、程なくして絢が職員室から出て来た。
「ご苦労さま」
俺は笑顔で労いの言葉をかけると絢も嬉しそうに頷いた。
「ありがとうね……」
その後、昇降口に向かって靴を履き替えるが、お互い無口のままだ。しかし絢は何か言いたいような表情をして靴を履いていた。これまでに何度か絢と一緒に帰る事はあったが、今日の様子はこれまでと違う気がした。このままここで別れて帰るのも気になった。
「一緒に帰るか?」
「うん」
すぐに絢は頷き明るい表情になったので、ホッと一安心した。。グラウンドでは後輩達が部活をしているが、帰宅する三年生は殆どいなかった。昇降口を出て二人で並んで歩いていると、絢がちょっとした段差で躓きそうになり俺の方に寄りかかってきた。
「ご、ごめんね、ありがとう……」
絢が慌てた様子で謝ってきた。
「だ、大丈夫か、気をつけろよ」
寄りかかられて一瞬驚いたが、すぐに平静を装うように優しく絢の体を支えた。態勢を立て直して絢が恥ずかしさを隠すように俺を見る。
「よしくんも大きくなったね、私が寄りかかってもビクともしないもん」
いきなり面白い事を言うなと俺は思わずクスッと笑ってしまった。
「な、何だよそれは……最近運動してないからなぁ、もしかして太ったかな」
冗談交じりに笑いながら言うと、絢が首を必死に横に振って否定している。
「そ、そんな訳で言ったんじゃないのよ……」
顔を赤くして必死に言う絢の姿が可愛く見えて思わず微笑んでしまう。
「分かってるよ」
「そんな事を言ったら、私の方が……」
「いや、いや、絢がそう言ったら他の人から非難囂々だぞ」
絢が自身の姿を見ようとしたがすぐさま俺がツッコミを入れると二人同時に笑った。
「初めてだったね、よしくんから一緒に帰るのを誘ってくれたの……」
絢が思い出した様に話すので、俺もそうだったのかと考えた。確かにこれまで絢から声をかけられる事はあったが俺からはなかったかなと思い出しながら、絢の顔を見て感心していた。
「そうだなよく覚えていたな」
「でも、もう出来なくなる……」
絢が消え去りそうな声で寂しそうに呟いて、はっきりと聞き取れなかった。もしかして知っているのではと気になって聞き直す。
「えっ、何て……」
「いや、何でもないよ」
慌てて絢は何もなかった様な顔をした。それから別れ道まで絢の様子は普段と変わらなかった。俺もそれ以上聞くことは出来なかった。
「じゃあまた後で」
夜は塾があるのでまた絢と会うことになる。二人共別れの挨拶をして俺は絢の後ろ姿を見送った。その後ろ姿を見ながら、はっきりと俺から言わないといけないと心に決めた。
その日の夜、塾はいつも通りに終わった。絢も同じ授業を受けていたので終わる時間も一緒だった。下校の時の絢の言葉が気になっていたので、授業が終わると同時に話しかけた。
「この後、少し時間いいかな?」
「え、えっ……う、うんいいよ」
絢は少し驚いた表情をしていたが了承してくれた。さすがに塾の教室では目立ってしまうので、少し離れた公園に移動する事にした。公園前の家がクリスマスのイルミネーションをしていて少しだけきらびやかで明るかった。
「ごめんね、塾の帰りに……」
「どうしたの?」
申し訳なさそうな顔で話す俺を絢は不思議そうな顔で見ていた。夜も遅い時間に遠回しに言うのは嫌だったのですぐに本題に入った。
「志望校の事なんだけど、実は……」
「……別々になってしまうんでしょう」
「な、な、なんで⁉︎」
俺は驚いた表情をしたが、下校の時のことがあって多少は予想していた。絢の様子は暗くてはっきりとは分からなかったが、そんなに変わらないように見えた。
「二学期の初め頃から知ってたよ」
「そ、そうかぁ……ごめん。怖かったんだ、この関係が壊れるよう気がして……だからなかなか絢に伝える事が出来なかったんだ……」
俺は謝るような気持ちで伝えたが、絢は首を振り優しく微笑む。
「でも今、ちゃんと伝えてくれたから……それに私は何も変わらないよ……」
「……ありがとう」
俺は俯き返事をして、なかなか絢の顔を見る事が出来なかった。
「今日は一緒に帰る事が出来て本当に嬉しかったよ……また一緒に帰ろうね」
絢はそう言って恥ずかしそうにしていたが、落ち込んだ俺を励まそうとしている気持ちは伝わってきた。絢の優しさに、心の中にある気持ちをここで伝えないといけないと気持ちが湧き上がってくる。下を向いてた顔を上げて絢の顔を真っ直ぐに見る。
「あ、絢……お、俺は絢の事を……」
ここまで言ってなかなか次の言葉が出てこない。顔が熱く感じるから多分真っ赤なのだろう……焦った訳でもないのに言葉が出てこなくなってしまった。
「大丈夫だよ、私は。焦らなくてもちゃんとよしくんの気持ちは……」
絢はその言葉の先は言わなかったが、優しく微笑んで俺を見てくれていた。
きっと期待していたのかもしれない……クリスマスでもあるし……ちゃんと言葉にして伝えないといけない……でも結局この時は出来なかった。
その後は絢の家の近くまで送ったが、黙ったままで何も言えなかった。帰り道にはクリスマスのイルミネーションをしている家が何軒かあり鮮やかな色のライトが点灯していた。心の中はそれらの灯りと正反対な感じで、自問自答を繰り返し後悔の念に駆られていた。
翌日、俺は変に意識していないか不安だったが、絢は普段と変わることなく俺に話かけてくれた。そんな絢の優しが身に染みて卒業までには……という気持ちを強くした。
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