引退試合 ①
二学期が始まって翌日は土曜日だったが、体育館に来ていてバスケ部のメンバーがほぼ全員が揃っている。慎吾や順司達とこうやって体育館で合うのは久しぶりだ。
何故この時期に体育館で集まっているのかは、遡ること夏休みの登校日での話になる。
塾の合宿が終わりお盆を過ぎて夏休みもあと十日余りなった日に登校日があった。
まだまだ残暑が厳しい日中だが、朝の登校時間は少しだけ涼しかった。教室に入ると久しぶりに見る顔ばかりで、絢も同じタイミングで登校して来た。
「おはよう……」
絢は少しだけ眠たそうな顔をしているが、また遅くまで勉強していたのだろう。
「おはよう、登校日の前ぐらい早く寝たらいいのに……無理するなよ」
絢はしゅんとした表情で頷き席に着いた。合宿の後もお盆と日曜以外は毎日塾で会っているので久しぶり感はあまり無いのだ。絢は隣の女子と話始めた。俺も席に座りひとり窓の外を眺めていたら聞いたことのある声が自分を呼んでいる。
「宮瀬センパイ!」
声が聞こえた方向を見ると後輩の田渕と恵里の姿があり、二人が手招きをして俺を呼んでいる。
「おぉ、どうしたんだ、二人揃って?」
そう言いながら不思議そうな顔をして俺は二人の元へ向かった。
「お久しぶりです。センパイ」
田渕が元気に頭を下げて挨拶をする。
「ホント久しぶりだな、部活は順調か?」
「はい、順調です」
「そうか、安心したよ。頼むぞキャプテン」
俺は微笑みながら田渕の肩をポンと叩いた。横にいた恵里が教室を覗いて誰かを探しているようだが、すぐに誰を探しているのか分かったので教えてあげた。
「田原ならまだ来てないよ」
「さすがですね、私のセ――ンパイ」
「なんだ、その『私の』って、恵里は変わらないなぁ……でもそろそろ来る頃かな?」
恵里とウワサをしていたら廊下の向こうから友達と一緒に登校して来る田原の姿が見えた。俺達の姿に気が付き友達と別れて、小走りでこちらにやって来た。
「どうしたの、何かあったの?」
不思議そうな顔をして田原が俺を見ているが、俺も恵里達の用件が何なのかわからない。田原と顔を見合わせていると、恵里が話し始めた。
「おはようございます、田原先輩。実はお話があって来ました」
改まった雰囲気で真面目な表情をして恵里は田原に話している。この差は何だろうと見ていると、田渕も俺に話しかけてきた。
「宮瀬先輩も聞いて下さいよ。今回は男女合同の企画なんです」
田渕も真面目な顔をしているので真剣に恵里の話を聞くことにした。
「話というのは二学期の始めに先輩達の引退試合をしようと思いまして相談に来ました」
恵里の話を聞いて俺は驚いたが、田原も同様に驚きお互い顔を見合わせてしまう。
「引退試合なんて過去にやった話は聞いたことがないよな……」
俺がすぐに答えると、田原も同じ事を考えていたようで何度も頷いている。悪い話ではないが、これまでにやった事のない試合をしてもいいのか躊躇してしまう。
「これまで先輩達と練習や試合が楽しかったから、最後の思い出と思って……」
可愛い後輩の恵里と田渕が熱心な顔で話していたので、俺はその気持ちを受け取ろうと決めた。
「……分かった、やろう!」
「ほ、本当ですか」
恵里と田渕の顔が満面の笑みになった。俺は田原の顔を見ると同じような気持ちだったようで微笑みながら二人を見ていた。
「それで先生とかの許可はとってるのか?」
「はい、先生が宮瀬先輩と田原先輩に確認を取ったら許可するって言われました」
その辺りの根回しを恵里はしっかりとしていてもう日時も決めていて、さすがだと感心する。
「後は任せて下さい、他の先輩にもちゃんと連絡しますから」
自信満々に田渕も言ってきたので任せることにした。
「頼んだよ、楽しみにしてるぞ」
そう言って田原と二人を笑顔で見送った。
「でもよかったのか? 試合の話、受けても……」
ほぼ俺の独断で決定してしまったので心配をしていた。間違いなく男子のメンバーはほぼ参加するだろう……でも女子の場合はどうなんだろうと不安になった。
「心配はないわ、私達もきっと皆参加するから大丈夫よ」
俺の様子を見て分かったのか、田原が小さく笑って答えてくれた。
「そう言ってもらえると安心した……」
「でもホント驚いた、後輩からのサプライズね」
「本当にそうだな」
俺と田原は笑顔で教室へ戻った。それぞれ席に戻るすぐにと絢が何かあったのという顔をしていたので説明をした。
「よかったね。でも羨ましいなぁ、いい後輩で。きっとよしくん達がいい先輩だったんだよ」
「そ、そうかなぁ……」
何か俺が褒められたみたいで恥ずかしくなった。でも本当にいい後輩達を持ったなと素直に嬉しかった。
「でも観に行けないよ、用事があるんだその日は……残念だよ」
「そんな残念がらなくても、また高校でも観られるよ……」
「そうだね、また側で観ることが出来るよね」
「うん……」
絢は何も疑う事なく嬉しそうな顔をしていたので、俺の心の中はチクリと痛かった。
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