夏合宿 ④
バーベキューの火の準備が意外と面倒で予定より時間がかかってしまった。先生からOKをもらいやっと解放された頃には、もうみんながワイワイ言いながら食べ始めていた頃だった。
夕方だがまだ日も長いので絢達を見つけるのは容易だった。すぐに絢達の所に駆けつけて声をかける。
「絢、終わったよ……」
そう言った瞬間、俺の動作が止まった。目の前には絢が居てその隣には白川がいる。ここまではいつも通りなのだが、もう一人いつもと違う人物が目に入って来た。
「あ、あや?」
俺の方を疑ぐり深い目で見ている石川の姿があった。絢本人はちらっと俺を見ただけで、私は知らないって顔をしている。
どうやって説明したらいいのか考えたが、いい答えが出てくる気配がないのでこのまま聞き流そうとして俺は箸と紙皿を持って焼けた肉と野菜を取りに行こうとした。
「あ――お腹すいた――」
ワザとらしく言って一旦この場から逃げようとしたが、思惑通りにはいかず石川に捕まってしまった。
「ねぇ――! あやって、笹野さんのことでしょう。何で下の名前で呼んでるのかなぁ……」
俺は周りの様子を確認して、絢達が少し離れた場所にいるを見てから石川に答えた。
「絢は小学校からの仲なんだよ。昔、クラブが一緒だったり、同じクラスになったり……」
「へぇ――そうなんだ、じゃあ……付き合ってるの?」
やはり聞いてきたと、もう一度絢達の姿を確認してあまり答えたくなかったので小さい声で返事をする。
「い、いや、付き合ってはないよ……」
俺がふて腐れたよう顔で返事をしたので、俺の表情を見て石川は何か察したような感じだった。
「ふ――ん、そう付き合ってないんだね。まだねぇ……」
最後に何かを言いかけたけどよく聞き取れなかったが、石川の表情も難しそうな顔から明るい顔に変わりバーベキューを焼いている方に指を向ける
「さぁ、肉を取りに行くよ、宮瀬くん」
いきなり俺の手を引くので、慌ててついて行った。焼けた肉や野菜を皿に取った後に、絢達の所へ戻ったが、石川はさっきの話の内容について全く触れることはなかった。絢達との会話もこれまでと何ら変わりが無くそのまま楽しい時間を過ごした。
バーベキューが終わる頃には辺りも暗くなり、みんなで手持ち花火や打上げ花火をした。中には花火を持って走り回る強者もいたが、俺は大人しく絢達と石川とその友達で手持ち花火を楽しんだ。手持ち花火も少なくなり、隣で線香花火をしている絢がしゃがみ込んでいた。
「また、来年も一緒に何処かで花火が出来たらいいね」
そう言って線香花火を持っている絢が可愛いらしくて胸騒ぎがして落ち着くことが出来ずに大変だった。
「そ、そ、そうだね、ま、また来年……」
来年と言いかけてふと現実が頭の中に浮かび上がり、その続きをはっきりと言えなかった。
(来年……でも離れ離れになるんだよ……)
やはり絢は高校が別々になるのはまだ知らないようだが、今此処で分かってもいけないのでいつもより明るく振舞って雰囲気を壊さないようにした。
花火が終わった時間は予定時間よりかなりオーバーしていたので、夕方にあったテストの確認は明日の朝の時間に変更になった。夜は、就寝時間までの自習だけになった。
後片付けを手伝い入浴後、自習室に向かったがさすがに昨日の様に人はいなかった。絢と白川が同じタイミングでやって来た。
「一緒に自習する?」
まだ乾ききっていない髪をした絢が話しかけてきたので、俺は頷き一緒に並んで座った。
白川、絢、俺の順に並んで座ったので、隣の絢から入浴後の甘い香りでいつもと違う雰囲気がして、なかなか問題に集中出来なかった。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をして絢が尋ねてきたが、恥ずかしくてまともに答える事が出来そうになかった。
「な、なんでもないよ、き、気にしないで大丈夫だよ」
赤くなってそう答えるのが精一杯だった。
「変な、よしくん」
そう言うとまた絢は問題に集中し始めたので、俺も集中して取り組もうと問題を解き始めた。それからは思ったよりも集中して出来たので時間が経つのが早かった。
就寝時間が迫ってきたのでぼちぼち終わりにしようと思い片付けを始めた。隣を見ると絢達も問題を解き終えて片付けを始めようとしていた。
先に片付け終わり俺が席を立とうとした時、絢が俺の袖を引っ張った。
「ん、な、何?」
「今日はありがとうね……」
俯き気味に絢が恥ずかしそうに顔を赤くしていたので俺は驚いた顔をした。
「と、突然どうしたの⁉︎」
絢は少し間が空いて返答に悩んでいたみたいだが開き直った様な顔をした。
「と、とにかくいろいろとありがとう、それだけだよ。また明日ね」
「う、うん。また明日」
いつもの絢にしては多少強引な感じがしたが、普段の優しい笑った顔をしていたので安心した。確かに今日一日色々な事があって大変だったが、絢も俺の事で大変だったのかもしれないと反省をした。
翌日も前日と同じ様に体操から始まり午前中はぎっしりと授業があった。
最終日なので昼食もお弁当で簡単に済ませて授業と纏めのテストがあった。結果は後日それぞれの教室で発表するそうだ。
テストが終わった後は各自を帰り仕度をしてバスが来るまでの僅かな時間だが自由時間があった。荷物を纏めて集合場所に移動して特にすることも無いので時間まで座って待っている事にした。
暫くすると石川が友達数人と集合場所にやって来た。帰る方向が違うのでバスも違うのだが集合場所は同じだっだ。石川は俺の姿に気がついてひとりこっちにやって来た。
「あっという間だったね、いろいろと楽しかった……」
笑顔で石川が楽しそうに話してきた。
「ホントそうだね、楽しかったけど凄く疲れたよ」
「でも宮瀬くんの事、いろいろ知る事が出来たし高校に行くのが楽しみだよ……」
そう言うと石川は何か想像しながら小さく笑っている。
「そうか…… 高校で会えるようにお互い頑張ろうな!」
俺は深い意味があって言った訳ではないが、石川が少し赤い顔をしていて恥ずかしそうな顔をしていた。
「うん、私も頑張るよ。それじゃあまたね」
手を振り石川は友達のところに戻って行った。それから入れ替わる様に絢達がやって来て、座っている俺に気が付いた。
「もう来てたの、早いね」
「意外と準備が早く出来たからね」
俺が笑って答えたら、絢も小さく笑い横に座った。
「楽しかったね、いろいろな事があったし勉強も出来たし、参加して良かったよ」
絢は本当に楽しかったんだろうなぁという表情をしていた。絢の顔を見て俺は少しホッとした。
(この笑顔を近くで見続けたい……)
叶うことはないが、真剣に願いそうになった。この後すぐにバスが到着して無事に帰路に着いた。バスの中では疲れもあって目をつぶってしまうとそのまま爆睡してしまい、最後は何もなく夏合宿が終了した。
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