最後の秋季大会 ③

 スタメンはいつも通りでF中との試合が始まった。今回の会場がF中なのでアウェイでの戦いに近い状況だ。これまであまり体験していない状況だけど、試合前に皆んなには雰囲気に呑まれないようにと話をした。

 だけどこのメンバーにはそんな心配はなかった。開始早々に慎吾がスリーポイントを決めてから勢いがつき五連続で得点が決まり、十三対二と序盤から点差を広げていった。


「慎吾! いい感じだ、このまま頼むよ」

「任せろ、この試合は外す気がしないから」


 凄く頼もしい事を慎吾が言ってくれるが、こんな風にノリに乗った時は神懸かったようにシュートを決めてくれる。会場の雰囲気もアウェイの空気が一転して静まり返ってしまった。相手のF中も怒涛の攻撃で第二Qが始まる頃には半ば諦めモードが出始めていた。

 しかし第二Qの終了間近になる頃には飛ばし過ぎた影響で慎吾がバテ始めていた。ハーフタイムになり得点差は二十点差以上ついていたが、チーム全体でも体力面はかなり疲労度が増していた。


「第三Q以降はゆっくり時間を使いながら攻めよう」


 順司がベンチで俺に声をかけてきたが、順司本人も肩で息をしている。


「そうだな……あまり無理に攻め込まなくてもいけるだろうけど、気持ちだけは緩まないようにしないとな」


 慎吾はここで交代したが、順司とお互いにオフェンスとディフェンスの確認してハーフタイムを終えた。試合再開後は予定通りスピードを落として攻撃したので得点差は広がらなくなったが、縮まる事も無かった。第四Qになっても流れは変わらず十分な得点差のままで進んだ。

 相手は前からボールを取りに来るけど、得点差があるので俺達は慌てることなくボールを回して無駄な失点をしないように時間をかける。

 残り十秒を切りボールが回ってきたが、スリーポイントラインより外側だ。相手も諦めた気配でマークに来ない、五秒を切り普段する事のないスリーポイントシュートを打った。


「あっ……」


 あまり打つ事がないのでシュートフォームは少しぎこちなかったがボールは弧を描きリングに当たるが惜しくも入ることなく同時に試合終了のブザーが鳴った。


「惜しかったな……」


 小さく笑いながら順司が肩を叩いてきた。


「滅多にしないから簡単には入らないな、もう打たないよ」


 やはり苦手な事をするものじゃないと思いながら苦笑いで答えて、コートの中央に向かった。

 試合終了後の挨拶を一通り終えてからベンチに向かうと、コートの隅にいた石川さんと目が合い笑顔で手を振ってきた。直ぐに気が付き立ち止まって俺が手を振り返しているとパシッと背中を叩かれる。


「相変わらずマメだなぁ……もう戻るぞ」


 少し呆れた顔の慎吾が立っていて、ベンチから引き上げる準備を進めている。


「い、痛いな……分かってるよ」


 そう言って俺も直ぐ片付けを始めた。俺達の試合が今日の最後の試合だったので、F中の控えのバスケ部員達が会場の片付けを始めた。もう石川さん達を見かけることは出来なかった。



 翌日、会場を変えて試合が行われた。次の試合を勝てば県大会に出場が出来る。

 しかし相手は予想通りK中だった。この一年間全く勝てていない相手だ。


「最後の最後に最悪だなぁ……」


 モチベーションは朝からダダ下がりで、慎吾や順司もなんとなく元気がない、チーム全体も何となく暗い雰囲気だ。


「センパイ、おはようございます!」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすような勢いで恵里が挨拶をしてきた。その勢いに圧倒されてしまいそうになる。


「おぅ、おはよう……」

「ダメですよ、試合前からそんな顔してたら」

「そんな事言ってもなぁ……だってこの一年間一度も勝ってないんだぞ」

「でも分かんないですよ、勝つチャンスはありますよ」


 何処からそんな自信が出てくるのかよく分からないが、後輩にそう言われるとこれ以上暗い顔も出来ないと思った。


「そうだな……やるだけやって後悔ないように頑張るよ」


 最後に笑顔で答えると、前向きな言葉を聞いて恵里は笑顔でガッツポーズをして励ましてくれた。

 先に女子の方から試合が始まるようで、恵里はそのまま試合があるコートに行こうとしていたので慌てて声を掛けた。


「恵里もガンバレよ!」

「ありがとう、センパイ」


 そう言ってはにかんだような笑顔で走ってコートに向かって行った。

 試合相手は優勝候補のチームで終始リードされたまま試合が進み第三Qの終わり頃には点差が離されてしまった。恵里は第三Qの途中から出場していたが、優勝候補のチームとあってなかなか思うようににプレーが出来なかった。そしてそのまま試合は終了した。

 入れ替わりで俺達がコートに入ったが、女子バスのメンバーは皆んなやりきったような顔して涙はなかった。


「男子は負けるなよ!」


 女子バスのキャプテンの田原が励ますように一言を言ってコートを出て行った。

 試合前になると朝イチの様な暗い雰囲気も無くなり、皆んなかなりテンションが上がってきたようだ。

 慎吾や順司もいつも通りの表情で試合前のウォーミングアップをしている。開始前に皆んなで気合いを入れる。


「よし、いくぞ!」

「おぅ!」


 ベンチ入りメンバー全員で声を出した。

 いつもと同じように三井がセンターコートに立ち、順司と俺は目で合図を送ってポジションの確認をした。

 ジャンプボールで三井が競り勝ち順司がボールをキープした。ドリブルで攻め、俺が相手のディフェンスを躱してゴール下に入り、順司からの鋭いパスが通った。

 ボールをキャッチして相手がブロックにきたので慌てずフェイクを入れてシュートを放っちゴールが決まった。


「よっしゃ、いけるぞ!」


 皆んな同じように反応していた。この調子でハーフタイムまでは一進一退で試合が進んでいったが、いつもより疲労度は大きかった。


「さすがにキツイな」


 順司が肩で息をしながら話してきた。慎吾に到っては話しかけづらいぐらいに疲れている様子だ。


「せっかくここまでいい感じだけどな……」


 肩で息をしながら順司に返事をしたが、打開策はなにも思いつかなかった。

 そのまま第三Qが始まった。そして案の定、相手の猛攻に合うことになる。開始早々はまだマシだったが時間が経つにつれて俺達の足が止まりあと一歩が出ない。頭では分かっているけど、疲れて体がなかなか反応してくれない。

 パスが上手い事回らなくなり、ミスをしたりカットされてしまい、ボールを取られて次々と得点を決められ徐々に差が開き始めてきた。俺達のチームもメンバー交代をして流れを変えようとしたがK中は慌てることなく点差が縮まる事なく試合が進んでいった。

 俺は最後まで気持ちを切らさないように走ったが焦ってしまうばかりで思うようにゴール下まで入る事が出来ず得点をあげる事が出来なかった。

 そして試合終了のブザーが鳴り響いた。


「終わった……」


 手を膝に突きうな垂れて、悔しい気持ちと終わったという喪失感が入り混じっていた。三年生は皆同じ気持ちだったようで、一様に悔しそうな顔をしている。

 試合終了後の挨拶が一通り終わりコートから出ると恵里が真っ先にやって来た。


「セ、センパイ、お、お疲れ様です」


 恵里が涙を堪えながら話してきたので、少し驚いてポンポンと優しく恵里の頭を撫でてあげた。


「これまで応援ありがとう、凄く嬉しかったし力になったよ」

「だってセンパイの……」


 涙目から遂に泣き始めてしまい最後はなんて言っているのから聞き取れなくなった。


「でもこれで最後じゃないよ……また高校でも続けるかさ心配するな、また応援してくれよ」


 俺が笑顔で答えると恵里も小さく頷き、涙を見せながらやっといつもの笑顔になった。


「それにあともうひと試合あるし……」


 この後三位決定戦があるが、表彰されるだけだ。


「女子バスももうひと試合あるだろう、ガンバってこいよ」


 恵里は涙を拭き、もう一度頷きいつもと同じ明るく元気な表情に戻り試合の準備に向かった。俺は天井を見上げてひと息つき、他のみんなが戻った控えの場所に移動した。

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