夏合宿 ①
秋季大会の三位決定戦は勝利して、一応有終の美を飾る事が出来た。このメンバーで試合をすることはもう無いだろうし、多分皆んな進路がバラバラになるので、順司や慎吾と一緒にバスケをすることも無いだろう……そう思うと寂しい気持ちが込み上げてくる。しかしそんな感傷に浸っている訳にもいかなかった。
夏休みも八月になりそろそろ真面目に高校受験を考えないといけない頃になってきた。今日は朝からとある田舎の研修施設に来ている。ここで二泊三日の塾の夏合宿が始まろうとしていた。
塾には二つの教室があり、もうひとつの別の教室の生徒も参加しているので総勢で四十人近くなる。
「結構な人数がいるわね」
「そうね、こんなにいるとは思わなかったわ」
絢と白川と俺の三人で座って担当の先生が来るのを待っていた。しかし俺一人だけ緊張していた。何故なら見慣れた制服姿と違って夏の私服なので薄手のワンピース姿にいつもと違う雰囲気で目のやり場に困っていた。
「どうしたの? 宮瀬くん具合でも悪いの?」
「そ、そんなことはないよ……」
いつもと様子が違うと感じたのか白川が心配そうに俺の顔を見て、絢も同じように心配そうな目で見ている。二人にまじまじと見られてしまうますを恥ずかしくなってしまう。
「せ、先生、ま、まだ来ないね……」
恥ずかしさを隠そうとして話題を変えようと、慌てて視線を前方に向けた。その視線の先に見た事のある女の子が座って隣の子と会話をしている姿を見つける。焦ったのと同時に何故ここにいるのか疑問になる。
「なぁ、もうひとつの教室ってどこにあるんだっけ?」
「えっ、知らないの、F中の近くだよ」
隣に座っていた白川が知らなかったのという顔で答えてくれた。俺達が座っている後ろ半分は通っている教室の生徒が座っていて前半分はもうひとつの教室の生徒が座っていたようだ。今のところ、彼女は俺の存在に気が付いていないようだ。
暫くして先生が入って来てこれからの授業などの予定について説明を始めた。説明によれば基本はそれぞれの教室で別々に授業をするが、それ以外の食事やちょっとしたイベントは一緒にするようだ。
(何か面倒な事になりそうな気がするのだが……おまけにいつものように助けてくれる慎吾はいないし……)
日頃は軽口を叩くが、この時程慎吾の存在の有難さが身に染みる。先生の説明が終わった後はこのまま確認のテストが始まり、その後は昼食になり各教室に分かれて移動した。
昼食後に最初の授業があったが、この後の起こるであろう事を考えていたら授業の内容があまり頭に入ってこなかった。一体何をしに来たのだろうかとため息を吐く。
「よしくん、何かもう疲れてない、まだ始まったばかりだよ」
授業の合間の休憩時間に絢が小さな声で心配そうに尋ねてきた。合宿が始まってたった数時間の間に何度も絢に心配されている。俺はそんなに頼りなそうなのかと落ち込みそうになる。
「そ、そんな疲れた顔してた? 大丈夫だって心配ないよ」
少しでも元気そうに見えるように明るく返事をして誤魔化そうとした。
(もう無駄に考えても仕方ない、成るように成るさ……)
半分諦めたように開き直るとかなり気持ちが軽くなったような気がした。それから夕方までぎっしりと授業があったが、きちんと頭の中に入っていった。
長い授業が終わり夕食は自分達で作らないといけなかった。ここにはキャンプ施設も併設されているので野外炊飯が出来る場所がある。四班に分かれてカレーライスをを作ることになり、絢と白川と同じ班になった。
調理は女子達に任せて俺は火の番をすることにしたので、火を起こすための準備を始めた。炭や着火剤などを取りに行きかまどに戻ってきたら、絢達は早速調理を始めていた。
かまどの前に調理をする台があるので様子がよく見える。隣の台でも別の班が調理を始めていた。準備が出来てかまどに火を起こそうとしようとした時に絢達の隣の班の女子と目が合った。その目の合った女子が凄く驚いた顔をして手が止まっていた。
「あっ……」
「よ、よう!」
俺は片手を上げて挨拶をしてぎこちない仕草になったがそのまま屈んで火を起こす作業を続けた。そのまま火を起こし始めていたら背後に気配を感じて振り返るとさっき目が合った女子の石川さんが立っていた。
「宮瀬くんだよね。同じ塾だったのね、ビックリしたわよ!」
「う、うん、俺は集合していた時に気が付いていたけど……」
「えぇ〜、何でその時に声かけてくれなかったの?」
拗ねた表情をしているが元々が童顔で背も低いので何故か可愛らしく見えてしまう。
「離れた所に座っていたから、声かけづらかったんだよ。ほら、その後にテストとかもあったし……」
「そうだったね……じゃあ折角同じ合宿に参加したんだし、夜の自習時間一緒に勉強しない?」
「う、う……」
いきなりの提案にかなり焦ってしまい返答に困ってしまった。ここで軽く返事を受けてしまうと後から大変な事になるのは目に見えて分かるが、無下に断るのも悪い気がする。どうやって返事をしようかと悩んでいると調理をしている所から石川さんを呼ぶ声が聞こえてきた。
「直ぐ戻るよ……いいところだったのに、じゃあまた後で」
そう言って少し残念そうな顔で戻って行って夜の自習時間の話はうやむやになったが、それだけでは終わらなかった。
かまどの向こう側で調理をしている所からこっちを見ている視線に気が付いた。視線は決して穏やかなものではなく、どちらかといえば痛いような視線だった。怒った表情まではいかないが、明らかに機嫌が悪そうな絢だった。
俺が知らない女の子と親しそうに会話している姿を見て拗ねているだけだろうと軽く考えていた。しかし考えていたよりも絢の機嫌は悪かった。何か聞いてくる事はなく、食事中や片付けの時も話しかけてこないし、目も合わさなかった。
絢の様子を見かねて白川が、片付けの終わった後に少し呆れた感じで尋ねてきた。
「宮瀬くん……何かしたの?」
「べ、別に何も……」
「何も無いって、明らかに絢の機嫌が悪くなったんだけど」
原因は分かっているが、ここで正直に言うと白川から間違いなく小言を言われるので分からないフリをしてその場をやり過ごそうとした。俺の曖昧な態度を見て白川は溜息をついてウンザリした顔をしていた。
「もう宮瀬くんもはっきりとしたらいいのに……絢もだけどお互い似た者同士どうにかならないのかなぁ……」
わざとなのか聞こえるぐらいの声で呟いていたが、聞こえないフリをして知らん顔をしていた。
「まぁいいわ、後で本人に確かめてみるわ」
そう言って苦笑いをして白川は部屋に戻って行った。この後に一時間程まだ授業があるので俺も準備をしようと重い足取りで部屋に戻った。
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