最後の秋季大会 ②

 一学期も終了して十日程経った夏休み、最後の秋季大会の地区大会が始まった。今回はトーナメント式で二位までが県大会に出場ができる。

 一回戦はK西中との対戦でこの一年間負けていないので多分問題なく勝てるだろう。二回戦は恐らくF中が上がってくる。F中戦もいつも接戦にはなるがこの最近は負けてはいない。

 これに勝てば準決勝でK中と対戦する事になる。このK中がこの地区で一番強いチームで、まだ一度も勝てていない。しかしこの準決勝に勝たないと県大会には出場出来ないのだ。


 初日は一回戦と二回戦がF中である。朝九時過ぎから試合が始まるので一時間前にはF中に集合していた。

 今日は女子バスは別の会場だったので自分達の試合に集中出来そうだ。勝てば二日目は同じ会場になる。F中に到着後、全員が集合してからまだ朝イチなので軽く準備運動をしてランニングを始めた。


「宮瀬、今日は大丈夫そうか?」

「この最近は調子が良さそうだから問題ないよ」


 ランニングしながら後ろから慎吾が聞いてきたが、俺はみんなを安心させようと明るく答えた。前回の試合で腰の調子が悪く途中退場をした。それからは様子をみただけで病院に行って治療をした訳ではないので完治したかどうか分からない。でもあれから練習でも問題なかったので悪くなってはいない……


「どちらにせよ負けたら終わり、だから全力でいくぞ!」


 慎吾が珍しく気合いを入れていた。ランニングを終了して体育館に入るまで時間があったので、もう一度ダッシュをしたりウォーミングアップを続けていた。試合時間が近づいてきて、段々と緊張感が出てきた頃に慎吾は余裕がある表情だ。


「でも宮瀬、今日はお前の応援する後輩がいないから実力が発揮出来ないじゃないか?」


 ついさっきまで真面目に心配していた慎吾だったが、今度はからかい半分で話してきた。本当は緊張をほぐそうとしたのだろう。俺もその事を分かって答えた。


「何だよ、それは……そんな事あるかよ、バッチリ決めてやるよ!」

「イヤ、居るわ。宮瀬の応援する子が……」


 慎吾が俺の背後を見ながらこれは予想してなかったという顔をしている。一瞬ドキッとしたが恵里は居る訳ないし絢だって卓球部の試合があるって言っていた。

 誰の事を言っているのか全然検討がつかなくて、また冗談なのかと疑って振り向くと、以前にも会った事のある二人組だった。ここはF中なので、F中の女子バスも試合があるのだ。その二人組の女の子がやって来た。


「宮瀬くん、ごめんね練習中に……」


 例のショートカットの女の子が話しかけてきた。今日は試合前なのでジャージを着ている。ジャージの胸の位置に名前を見つけた。


「えっと……石川さんだっけ……」


 するとその子は顔を赤くして慌てた様子で『何で』という顔をしている。


「ジャージの名前が見えたから、同じ学年なの?」

「そ、そうなの……私、背も低くいし、顔も幼く見えるから……」


 恥ずかしそうに話していたが、俺達のチームメイトが体育館に移動し始めて、申し訳なさそうな顔をする。


「あっ、よ、呼び止めてごめんね……し、試合頑張ってね、応援してるよ」

「あ、ありがとう。石川さんも頑張ってね」


 もう少し話したそうな表情をしていたが、俺も突然の事だったので気の利いた会話が出来ずに悪いなと慎吾達の後に続いて移動した。体育館の中に入る前に慎吾が振り向き、意地悪そうな顔でニヤニヤしている。


「笹野にチクるぞ、このモテ男が……」

「何でここで絢の名前が出てくるんだ……勘弁してくれよ。だいたい付き合ってもないのに……」


 またこのネタかと思い少しウンザリした表情したので、慎吾もさすがに試合前で雰囲気を悪くしたらダメだと思ったのかそれ以上その話題に触れなかった。俺も気持ちを切り替えて試合に臨もうとした。

 俺達のチームは控え場所に移動して荷物を置いてから第一試合があるコートに向かうことになった。コートに出るとボールを使ってのウォーミングアップを始めた。スターティングメンバーはいつも通りだ。負けたら終わりの最後の大会が始まった。


 最初の試合はこれまでの対戦結果や相性の良さもあり、ハーフタイムになったところで十点差以上をつけていた。

 第三Q以降はスタメンを休ませながらの余裕ある展開で無事一回戦を勝ち上がった。

 試合が終わりコートから引き上げようとしたら、入れ替わりにF中の女子バスが入ってきた。その中に試合前に会話した石川さんが居て、控えめな感じで俺に手を振っている。無視するのも悪いと思い手を振り返すとはにかんだ様子で嬉しそうにしていた。


「宮瀬、本当にアレだな……笹野も大変だな色々と……」


 やれやれといった表情で慎吾が俺の肩をポンと叩きながらしみじみと語ってきた。


「な、なんだよ……」

「いや分かってないのなら仕方ない……それがお前だもんなぁ」

「だからなんなんだ?」

「そんな宮瀬を良いと思ってくれる。お前は幸せ者だよ、ホント羨ましい……」


 最後は呆れた感じで独り言のように慎吾が呟いて、俺の事をほぼ無視する様に控えの場所に移動して行った。

 暫く座って休憩をしていると次の試合が始まった。前の試合は途中からベンチに下がっていたので然程疲れてはいないので、女子の試合だが観戦することにした。

 唯一知っているは話しかけてきたF中の石川さんだけで、あとは誰も知らないので本当にただの観戦するだけだ。その石川さんもベンチスタートで試合には出場していない。試合は開始から相手チームが主導権を握り着実に得点を重ねていく。段々と点差もついてきてハーフタイムの時にはかなりの得点差になっていた。

 後半になっても変わらずに攻められ試合の大勢が決まった残り時間三分になりそうな頃に石川さんが交代で出場してきた。彼女にとって最後の試合になるだろう、一生懸命に走ってプレーしていたが、相手に押されてシュートを打つチャンスもなくそのまま試合が終了した。

 何か一言だけでも声をかけてあげようと石川さんがコートから出てくるタイミングを見計らって移動した。


「い、石川さん」


 直ぐに気が付いてこっちに走って近づいてきてくれた。


「宮瀬くん、見てくれていたの?」


 試合に出たばかりだったのでまだ額には汗が光っていて、息も若干上がっている。


「うん、でも残念だったね……」

「そうね……だけど楽しかったからこれまで……後悔とかないよ」

「えっ、もしかして辞めちゃうの?」

「うん、そのつもり。だって私、背が低いからね」


 明るく笑顔で答えている表情は確かに後悔が無いよに感じた。辞めてしまうのは残念たけど、これだけはっきりと後悔が無いと言えるのは凄い事だなと感心した。俺はいつも試合に負けた後は後悔ばかりで、もっと練習をしておけば良かったと反省している。


「でも宮瀬くんと同じ高校になったら、私マネージャーをするよ」

「マ、マネージャー?」

「宮瀬くんは高校でも続けるでしょう、だから専属でね」

「じゃあ、その時はお願いするよ……」


 冗談のつもりで軽く笑いながら答えたが、当の本人は本気のようだ。何処の高校に行くとか話しもしてないし、第一に中学校が違うから進路の事が分かる筈もないとこの時は思っていた。


「それじゃ、行くね。次の試合も応援するからガンバッテね!」


 明るい笑顔で石川さんはチームメイト所に戻って行った。俺も「ありがとう」と頷き、試合の準備をしようと一度戻ってから、コートに向かう事にした。次の対戦相手は当初の予想通りF中との試合になった。

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