最後の秋季大会 ①

 放課後の体育館、いつも通りの練習をしていた。あと数日で夏休みになる。もうここで部活の練習をするのは二週間くらいしかない。秋季大会で勝ち続けていけば別なのだが……

 練習の合間で慎吾が大会後に皆んなでプールに行こうと話しをしている。部活を引退するともうこのメンバーで集まる機会も無くなってくる。

 本当にあっという間だった気がする。初心者で入部して、ドリブルもまともに出来なくてミニバスの経験者と比べると雲泥の差があった。

 体力には多少の自信があったが、基礎練習が厳しくて何度か辞めようと思った事もあった。

 そんな時に前キャプテンだったきっちゃん先輩こと橘田先輩が助けてくれた。先輩が指導役になり、基礎からしっかりとと教えてくれた。

 逆に未経験者だったので変な癖が無いのでぐんぐんと成長する事が出来た。一年生の終わり頃には控えながらも試合に少しづつ出られる位のレベルまでになった。

 それからは先輩が引退するまでの間、試合で一緒に出場する機会もあった。先輩が引退してキャプテンを引き継いでもうすぐ一年が経とうとしている。あっという間の一年間だったなぁと感傷に浸っていると、突然背後から頭を叩かれた。


「い、痛いなぁ――」


 犯人は慎吾でニヤニヤと笑っている。


「何でそんな所で突っ立っているんだ?」

「いや、一年早かったなぁと思って……」

「何格好つけてるんだよ、まだ試合は残ってるんだぞ。で、宮瀬は来るのか?」

「当たり前だろう、行くよ!」


 真面目な話題が遊ぶ約束に変わり慎吾らしかった。俺の返事を確認して慎吾は頷きまた元の場所に戻って行った。こんな感じで続けてこれたのも慎吾達チームメイトに恵まれていたのかもしれない……

 バスケットボールを指でクルっと回してから練習を再開しようとみんなに声を掛けた。


 練習も終わり後輩達が片付けを始めて、三年生の俺達は部室に向かった。そろそろ次期キャプテンを誰にするのかを考えないといけない時期になった。

 まだ下校まで時間があるので後輩達がいない部室で話してみようと思った。


「次のキャプテンの事だけど」

「宮瀬は誰がいいと思ってるんだ」


 俺の問いかけに慎吾が反応してきて、着替え始めていた三井や谷中も耳を傾けてきた。


「そうだな……田渕あたりがいいかなと思ってるんだけど」

「田渕ね……」


 みんな一様に頷くが、あまり大きな反応も無かった。


「何だよ、別の奴が良かったか?」


 確かに田渕は後輩達の中で一番上手い訳ではない、実力的に田渕より上の後輩がいて実際に試合も結構出場している。


「そんな事ないよ、宮瀬らしい人選じゃん」


 慎吾がそう言うと他の皆んなが笑いながら頷いた。順司も着替えながら頷き尋ねてきた。


「じゃあ宮瀬は何で田渕を推しただ?」

「それはだな……練習も真面目だし性格も悪くないし努力家だからかな……」


 そう言って皆んなの顔を見ていたら、慎吾が笑い始めて次々と笑っていった。


「宮瀬とそっくりなんだよ、一年前のお前と……」


 慎吾が笑いながらそう言うとみんなが申し合わせたように頷いた。少し恥ずかしくなり口籠もってしまった。


「宮瀬がいいと思うなら田渕でいいじゃないか」


 着替え終わった順司がそう言ってみんなに同意を求めた。


「決まりだよ、いいんじゃない」


 口々にそう言って賛成してくれた。


「ありがとう、それじゃ三年生の総意って事で先生に話しておくよ。あと田渕にも伝えとくよ」


 そう言うと着替え終わった順司は帰り始めて、他のみんなもほぼ着替え終わっていたので慌てて帰り仕度をした。

 部室を出る頃には、後輩達も殆ど帰っていたので部室の鍵を職員室に返して校門へ向かった。

 いつも一緒に帰る他の部活の奴は帰っていたので、一人で帰ろうとしたら後ろから声がするのでどこかで見張っていたのかと一瞬考えた。


「センパイ、一緒に帰ろう」


 恵里が少し息を切らして走ってやって来た。


「ハイハイ、いつもタイミングよく出て来るけど何処かにアンテナでも付いているのか?」


 からかい気味に言って恵里の頭を眺めると恵里は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「センパイ、私の頭に何か付いてましたか」

「なんでもないよ。そう言えば、女子バスは次のキャプテンて決まったのか?」


 話題を変えようと尋ねたが直ぐに聞く必要がない事に気がついた。そう目の前にいる恵里が次期キャプテン候補の一番なのだ。

 前に教室で今のキャプテンの田原がそう言っていたのを思い出した。


「ううん、まだだよ。でも私がする事になりそう……」


 いつものような元気さがなくてテンションも低めな反応だったので驚いた。予想と違った反応だったので心配になり理由を聞いてみることにした。


「何か不安というか、気になる事でもあるのか?」

「だって……私がチームをまとめたり引っ張ったり出来るのか不安で……」


 恵里が不安そうな顔で答えるので、俺は目を見開いて意外な答えにビックリして直ぐにに反論した。


「何言ってんだ、そんなの恵里が一番の適任じゃないか。いつも通りにすればいいんだよ。心配しなくてもみんな付いてくるよ!」


 俺が強め口調ではっきりと言うと恵里は少し驚いたような表情したが、明るくていつもの自信のある顔に戻ったので安心をした。


「センパイ、ありがとう」


 恵里がはにかんだ笑顔をしている。きっと恵里ならいいチームを作る事が出来るだろう。不意にさっき部室で話していた内容を思い出して恵里に聞いてみようとした。


「一年前くらいの事覚えてるか。俺ってそんなに真面目で努力してそうに見えた?」


 俺の聞いた内容に、今度は恵里が面食らった顔をしていた。


「何なんですか、それは」

「いやさっき部室で皆んなと話していて、そう言われたんだよ……」


 恵里は照れ笑いで答えてくれた。


「そうですよ、センパイ。そんな姿を見て私が一目惚れしたのです!」


 恥ずかしそうだったが、恵里ははっきりとした口調で返事をするので俺が恥ずかしくなってしまう。


「そ、そうなんだ。でもあの頃は今以上にがむしゃらだったかな……」


 あの時の努力があったからこそ今の自分がある訳であの時に諦めて部活を辞めていたらこんな時間は過ごせなかっただろうと思った。


「センパイ、この先もバスケ続けるんですか?」


 意表を突いた質問を恵里がしてきたので思わず焦ってしまったが、俺は続けるつもりだったので大きく頷いた。


「もちろんそのつもりだよ」

「良かった〜、高校でもセンパイのバスケ姿が見られるんですよね」


 恵里が無邪気そうな笑顔をしている。


「先ずは高校に入らないといけない……」


 俺は目の前の現実に少し暗い表情をしたら、恵里が笑顔でいとも簡単気な感じで話す。


「大丈夫ですよ、普通に勉強していたら問題ないですよ」

「恵里みたいな優等生なら簡単だよな……」


 意地悪そうな言い方を俺がすると恵里は慌てて首を振り否定してきた。


「そ、そんなことないです……」

「冗談だよ、心配するな」


 ごめんという感じで俺が言ったので、安心したのか恵里の顔に笑顔が戻った。


「それじゃ恵里、またな」


 しばらく歩いて別れ道に来たので俺は手を振り、恵里も名残惜しそうに手を振る。


「最後の試合頑張ってね、センパイ」


 試合の事を考えながら残りの帰り道を歩き始めた。まだ試合まで時間があるけど、正直言って体は万全ではない。帰り際に恵里に励まさたのを思い出して、悔いがないよう明日の練習も頑張ろうと家路に着いた。

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