体育館と試合 ①

 今日は久しぶりの部活だ。修学旅行の前からほぼ一週間ぶりになる。週末には地区大会があって、初日はこの体育館が会場になる。

 気合を入れて練習をしようと思ったが、一週間のブランクは予想以上に大きかった。ウォーミングアップから体が重たい感じで全然動けてない状態だった。通常通り部活をしていた二年生と比べると雲泥の差だ。


「今日は体を慣らすぐらいの練習にしないか?」


 一通りアップが終わってから慎吾が提案してきた。俺だけではなく三年生全員が同じ様子であまり動けていない。


「そうだな、試合も近いから怪我してもいけないし、軽めの練習メニューにしよう」


 そう言ってみんなに指示を出して練習を再開しようとした。


(ここで無理する事も無い、試合の日に合わせ調子を上げていけば大丈夫だろう)


 二年生にとっては多分物足りない練習になるだろうと思いながら練習メニューを続けた。いつもより早めに全体の練習が終わったので、その代わりに自主練習として下校時間まで二年生中心に使わせた。慎吾達はそのまま帰ったが、俺はキャプテンという立場上、帰らずに後輩達の練習を付き合った。


「せ〜んぱい、おかえり〜」


 練習も終わり下校時間になったので片付けを手伝っていると恵里が声をかけてきた。この声を聞くのも一週間ぶりだ。


「久しぶりだな、恵里。サボらず練習してたか?」

「ちゃんと練習してましたよ、サボってませんよ――」


 拗ねた顔した恵里が笑みを浮かべながら答えてきた。


「それじゃあ、真面目に練習していた恵里にご褒美をあげよう!」


 俺の言葉に恵里の表情がみるみる嬉しそうになって目を輝かせた。


「ホントにお土産買ってきてくれたんだーー」

「嘘じゃないぞ、後で渡すから、正門の外で待ってるからな」


 今にも渡して欲しそうな感じだったが、下校時間が迫っているので一度校門を出てからが落ち着いて渡せる。恵里はそれを聞くなり直ぐ部室に走って行った。俺も恵里の後姿を見て急いで部室に戻った。

 帰る準備が終わり体育館を出て正門に向かって歩いていると後ろから猛スピードで走ってくる気配を感じた。


「せんぱ〜い、待ってよ〜」


 やはり声の主は恵里だった。息を切らして追いつき俺の横に並んで歩き始めた。


「そんな走ってこなくても逃げたりしないよ。信用ないな……」

「そうじゃないんです。待たせたら悪いなと思って……先輩も疲れてるだろうし……」


 意外にも真面目な返事だったので、冗談を言った俺の方が慌てしまった。


「あ、ありがとうな、気をつかわせて……そ、そうだこれ」


 正門を出た所のタイミングで鞄から紙袋を出し恵里に手渡そうとしたが、恵里の目が期待で輝いている。


「そんなたいした物じゃないから期待するなよ……」

「開けてもいいですか?」


 これまでに見た事がないぐらいの嬉しそうな笑顔で恵里が紙袋を受けとり、俺が返事をする前に既に開け始めようとしていた。恵里のはしゃぐ姿が可愛いくて微笑んでしまった。


「わ〜、かわいい〜、センパイ、ありがとうございます。大事にしますね……」

「そ、そうか」


 恵里がはにかんだような笑顔でお土産のキーホルダーを眺めている。恵里の表情を見てこれだけ喜んで貰えたので俺は一安心した。次の日には鞄に付けてあったので余程気に入ったようで俺も嬉しかった。


 翌日から週末の試合に向けて練習メニューも次第に強化していった。週の後半には一週間休んだブランクが無いぐらいまでのチーム状態に戻った。

 金曜日の放課後、教室で部活に行く準備をしていたら背中をトントンと叩かれたので振り返ると笹野が立っていた。周りは帰宅する生徒や部活に行く生徒でガヤガヤしている。


「よしくん、明日体育館で試合があるよね」

「うん、そうだよ。でも何で? 絢達も他で試合があるんじゃないの?」


 修学旅行以来、絢は二人だけで会話をする時は下の名前で呼んでくるようになった。俺も同じように下の名前で呼ぶようにした。


(でもそのうち他の人の前で思わず呼びそうな気がするんだけどなぁ……)


「大会が日曜日で明日はいつも通りの練習なの、だから上にあがれば見られるから応援しようと思って……」


 絢がワクワクした楽しみな顔しているので、思い掛けず俺は照れてしまう。


「あ、ありがとう。でも見られてると緊張するかも……」

「えっ、そ、そうなの……じゃあ見ないほうがいいのかなぁ……」


 楽しみにしていた絢の顔が急に残念そうな表情になったので、俺は慌てて言い直す。


「じょ、冗談だよ、大丈夫だから。絶対に応援してよ、頑張るからさ」


 精一杯言うと絢はまた元の表情に戻り嬉しそうな声で返事をしてくれた。


「うん、分かったわ。全力で応援するね」

「でも絢も明後日には試合があるんだろう、練習は大丈夫なのか?」


 俺が尋ねてみたら絢は恥ずかしいそうに微笑み首をゆっくり横に振った。


「私はいいの……」

「そ、そうかあまり深くは聞かないでおくよ……」


 それ以上、絢の試合については追及しない方がいいみたいだ。


「絢ちゃん、行くよ」


 教室の前方から声がしたので、二人でその声の主を見ると白川が部活に行くよと合図をしている。


「あ、待って、すぐ行く!」


 絢は慌てて返事をして鞄を持ち、もう一度優しい笑顔で振り返る。


「よしくん、試合頑張ってね。また明日」

「おう、またな」


 走って白川を追いかける絢の姿を見ながら俺は幸せな気分だった。準備が整い体育館に行こうと鞄を持って軽い足取りで教室を出た。

 体育館まで歩きながら明日の試合の事を考えてみたが、対戦相手は比較的に楽な学校だった。余程の事がない限り二試合共負ける事は無いので、絢に見られても下手する事は無いだろうと安心した。

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