修学旅行 ②

 表示通り九十分待って順番がやってきた。しかしその前に問題が発生した。

 このアトラクションは二人一組で乗るみたいで、笹野達も俺達も共に五人づつなのだ。既に笹野達のグループは前の四人が行ってしまっていた。


(やられた……分かっててやったな)


 一人でも乗ることは可能なようだが、笹野は絶叫系が苦手だ。既に凄く不安そうな顔をしているので一人で乗せる訳にはいかない状況だ。時間がないので急いでどうするか笹野に確認する。


「次で順番がまわってくるけど一人で乗れるか?」

「ど、ど、どうしよう……」

「笹野さえ良ければ、俺が一緒に乗ろうか?」


(緊急事態なので仕方ないが、かなり恥ずかしい……)


 自分自身では平静を装っているつもりだが、顔が熱い。


「ほ、本当に!」


 不安そうな顔していた笹野が驚いた顔になり喜んでいるみたいだ。


「あ、あぁいいけど、本当に大丈夫か?」


 でも俺は心配で恥ずかしいのが分からないように笹野の顔を覗き込んで見た。幸いな事にこの場所が照明があるけど演出であまり顔色が分かりにくいので助かった。


「う、うん」


 小さく頷くが、やはり苦手なので笹野は自信なさ気な返事だ。あっという間に乗り込む順番になり係りの人に促されて乗り込む。

 二人で一緒に座り安全バーが降りてきて体が固定された。乗り物が前に進み一気に真っ暗になり前に映像が映し出されてさらに激しく動き始めた。

 かなりの音量と急加速と停止が繰り返され、映像が映し出される事で本当に飛んだり、落ちそうな感覚になりかなりスリリングの連続だった。

 さすがに俺も自分の事で精一杯でとても笹野の様子を見る事が出来なかった。だが隣で悲鳴をあげている事は十分に分かった。そして最終盤になってこれまで以上の衝撃と映像で俺も絶叫してしまう。最後にまた真っ暗になりスタートした地点と同じ所に戻って来て安全バーが上がった。


「終わったから降りるよ」


 笹野に何度か呼びかけるが自力では立ち上がるのが難しいようだ。次が詰まってしまうので、俺は笹野に手を差し伸べて降りるのを手助けする。


(かなりのダメージだな、とりあえず皆んなが待っている出口まで何とかして連れて行かないと)


 やっと笹野は手を繋いで乗り物から降りる事が出来た。係りの人に一言お詫びを言って、二人で出口に向かい歩き始めるが前になかなか進む事が出来なかった。


「ゴメンね……」

「いいよ、でも大丈夫か……いや大丈夫じゃないな」


 笹野の足取りはふらついているような状態で一人で歩ける感じではない。手は繋いだままでないと無理な様子だ。今も俺に寄りかかって立っている状態だ。


「ここに立ち止まっていたらいけないから出口まで行くよ」

「うん……」


 頷いて笹野は手を離して一人で歩こうとしたが、俺は手を握り離さないようにした。


「出口までは繋いでいくよ、もたれかかったままでいいから……」


 恥ずかしい気持ちよりも笹野を連れて出ないといけない使命感が優先した。 それでも多少の恥ずかしいさはあったし、もしかしたら笹野が拒否する可能性もあった。


「……ありがとう、手を繋いだままでね……」


 恥ずかしそうに笹野は提案を受け入れてくれて、手をしっかりと握り再び二人で歩き出す事が出来た。少しづつ前に進み始めて改めて体と体が密着している事に気がつく。ドキドキが止まらなくなってしまった。


(ヤバイ⁉︎ 気付かれるかも)


 もたれかかっている笹野の体の柔らかさが伝わってきて、更にドキドキが強くなる。


「前にもこんな事あったよね……」


 笹野がポツリと言った。


「えっ……」

「あの時はすぐに私を背負って連れて行ってくれたよ……」

「あぁ〜、思い出したよ。そんなこともあったな」


 すぐに思い出せずに焦ったが、卓球クラブにいた時の事だ。練習中に笹野が足を怪我をして練習相手をしていた俺が真っ先に医務室へ連れて行った事があった。


「あの時もすぐに背負ってくれて安心したんだよ」

「そ、そうなのか……」

「うん、凄く嬉しかったんだよ」


 通路が薄暗いけど間近に見える笹野の顔は赤くなっていた。出口まであと数メートルの所まで来た。


「もう一人で歩けそう?」


 落ち着いてきたのか笹野の足取りも安定してきたみたいなので俺は手を離そうとした。


「もう少しだけ、外に出るまで繋いでいて….…」


 笹野の一言でお互い顔は真っ赤だった。俺は何も言わずにそのまま手を繋いで歩いて出口を出る。


「よしくん、ありがとう……嬉しかったよ」


 俺だけに聞こえる声で囁き、笹野は友達の所に小走りで向かった。俺は呆然と出口の所で立って笹野の後姿を見ていると後ろから来た慎吾に頭を叩かれて我に帰った。


「おお、何かいいことでもあったのか?」


 見透かしたように慎吾がからかいながら尋ねてきた。


「いや、別に何もないよ、それよりも面白かったなコレ!」


 誤魔化すように答えたが、慎吾の目は明らかに疑っていた。しかしそれ以上は不思議と詮索してこなかった。


 その後は、バスケ部のメンバーで二ヶ所ほどアトラクションに乗り集合時間になった。園内で各自食事を済ませるようになっていたので、旅館に着いた時は二十時を回っていた。

 部屋割はクラス毎に男女で三部屋づつに分かれていて階も違っている。入浴時間の後は自由時間になっていたが、明日の研修についての連絡があるのでリーダーは階下にある広間に集合する事になっていた。


(面倒だな、行くの、どうせたいした話でもないのに)


 入浴後、部屋の皆んなが楽しそうにしているのを尻目に俺は集合場所に急いだ。


「宮瀬君!」


 呼ばれた方を見ると浴場から戻ってきていた笹野達だったが今日の出来事を思い出して俺は目を合わせる事が出来ない。


「よ、よう……」

「お疲れ様、明日も頼りにしてるね」

「う、うん」


 笹野は最後に俺だけに聞こえる声で優しく話しかける。


「今日は本当にありがとう、でも二人だけの秘密にしてね……」

「わ、分かったよ、じゃまた明日」


 焦った俺は小声で返事をして急いで広間に走って行った。


 広間での連絡事項はあまり頭に入らなかったが、事前に聞いた事の確認だったので問題はなかった。話が終わり部屋に戻る頃には就寝準備を始めていて、既に布団の中に潜っている奴もいた。俺も明日に備えて早く寝る為に急いで準備を始めた。

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