クラブ紹介

 入学式も終わり数日が過ぎた。慎吾達が顧問から言われていたクラブ紹介まで日にちが無くなってきた。


(そろそろヤバいな、何か考えないと)


 放課後、部活に行く前に教室に残って頭を悩ませていた。

 教室には、今年始めて同じクラスになった女子バスのキャプテンの田原理恵たはらりえが残っている。

 その向こう側には笹野と女子卓球部の数人が残っているようだ。俺が座っている所から誰が笹野と一緒にいるのか分からないが聞こえてくる話の内容からすると部活の仲間だということが分かる。


(さて、どうしようかな……もう例年通りでいいかな)


 バスケ部のクラブ紹介と言っても無茶な事は出来ないし、率先してやる部員もいない。せいぜいフリースローの実演をするぐらいだ。問題はクラブ紹介の時に配布する冊子の原稿を作成する事だ。


(はぁ〜、面倒な事は全部俺がやらないといけない……)


 シャーペンを持ち頭を捻らしながら考えて紙に原稿を書き始めた。その時、教室のドアがガラッと開き誰が入ってきた。しかし俺は原稿を書いていたのであまり気にしていなかった。


「田原先輩、原稿を書いてきましたよ」


 (あれ? 聞いた事のある声がするぞ)


「ありがとう、枡田。助かったよ、さすが優秀な後輩だな」

「そんな事ないですよ〜田原先輩忙しそうだし、私達の後輩の勧誘なんですから」


(できた後輩だな……)


 俺は原稿を書いていた手を止めて顔を見上げてみると、やはり恵里の姿だった。


(後輩に書いて貰うか……いいなぁ〜、俺達の部にも出来そうなのは、残念ながらいないな)


 悲しげに顔を項垂れていると誰か俺に近づく気配がした。


「宮瀬せーんぱい。あれっ、どうしたんですか? がっかりした顔して、せっかく先輩に会いに来たのに〜」

「いやちょっと悲しい現実を……クラブ紹介の原稿を考えていたんだけど、なかなか上手い文章が書けなくて……」


 俺が困った顔をして、恵里の様子を伺っている。


「そうなんですか……残念ながら手伝ってあげたいんだけど、この後用事があるんですよ〜、先輩ごめんね」


 本当に残念そうな顔して恵里が手を合わせて謝る。


「そんな謝らなくていいよ、用事があるのなら仕方ないし。恵里も忙しいだろう、田原が仕事を押し付けたりするからな」

「そんな事ないですよ。でもありがとうございます先輩、心配してくれて、またこの穴埋めは絶対いつかしますね!」


 恵里は力強い口調でそう言って笑顔で足早に教室から出て行き、俺は後姿を見送っていた。


「誰が仕事押し付けてるって……」


 声が聞こえた方向を見ると田原が頬を膨らませムッとした表情で立っていた。


「あっ……聞こえていたのか」


 俺はワザとらしく言うと田原が誤解だという表情をしている。


「今日の原稿は枡田が自主的にやりますよって言ってきたんだよ、だいたいそんな仕事押し付けてないし……」

「そうなのか? それならいいけどな」

「それはそうと、宮瀬は枡田と相変わらず仲が良いなぁ……何で付き合わないだよ?」


 わざわざ田原が俺に話しかけてきた目的はこの事だったようで興味津々な顔をしている。


「いいんだ、これで。でも理由は教えないぞ。さぁ、俺も部活に行くからな」


 まだ笹野も教室に残っていて、ここでそんな事を言えるはずもない。無愛想に返事をして田原を手で追い払う仕草をして机を片付け始める。


「けちぃ――」


 田原は怒って再び自分の席に戻って行った。


 今日の部活は外の練習だったので、副キャプテンの田前に任せていた。

 俺も遅れて練習に合流した。走る事が中心のメニューでさすがに五、六セットするとバテてしまい休憩を挟むことにした。

 田前が用事があるみたいで俺の所にやって来た。


「宮瀬、そう言えば先生がクラブ紹介の原稿を明日までに持ってこいって言ってたぞ」

「何故ここで言う、教室に原稿を置いてきたじゃないか、だいたい明日までって……」

「伝えたからな、頼んだぞ」


 面倒な事に巻き込まれたくないので田前は逃げる様に移動して行った。


(あくまでも手伝わないのか……)


 仕方なく諦めて練習が終わった後に教室へ取りに行く事にした。

 その後、一時間くらいで今日のメニューを終了して解散した。期待はしていなかったが、誰も手伝ってくれる様子はない。一人寂しく教室に原稿を取りに戻った。

 教室に入ろうとするとまだ中に誰か居る気配がした。静かにそーっと入ると、笹野が一人で座って何かを書いているみたいだった。


「まだ残っていたのか? 」


 驚かせない様にそっと笹野に話しかけたが、顔を上げた笹野は俺を見て驚きの表情をしている。


「あれ、宮瀬君、大分前に部活に行ってなかった?」

「あぁ、もう練習終わったんだよ、ほら時間も遅いだろう」


 時計を見ると五時を過ぎていた。


「あれ本当だ、どうしようかな……後少しなんだけど」

「もしかしてクラブ紹介の原稿?」

「そうなの、もう少しで出来上がるんだけどね」

「え〜いいなぁ……俺はまだ全然出来てないよ、もう家で書いてこようと思ってね」


 そう言って自分の机に向かい原稿を取りに行き、机の中から原稿を鞄に入れて帰ろうとした。


「宮瀬君……一緒に帰らない? 私も残りは家でやる事にしたから」


 少し恥ずかしそうに笹野が話してかけてきたので、その言葉に一瞬動揺してしまったが気を落ち着かせる。


「う、うん、いいよ。片付くまで待ってるよ」


 教室のドアの辺りで待つ事にしたが、直ぐに笹野が鞄を持ってやって来た。教室を出て二人で昇降口に向かった。


「今日、卓球部は休みだったの?」


 緊張して無言のままだと居た堪れないので先に話しかけた。


「そう、休みだったから、皆んなで書いてたんだけど用事があるとかで段々帰っていって最後に一人になったの」

「でもいいじゃん、みんなで書いてるから、バスケ部なんて俺一人で書かされて腹立つよ」


 俺が愚痴ると笹野はふふっと可愛く笑っている。


「宮瀬君は人が良いからね」


 俺は苦笑いをしながらため息をついた。昇降口で履き替えて外に出るとまだ明るかくて、他の部活もまだ練習をしている。そんな中を二人で歩くのが何か気恥ずかしかった。


「そう言えば、あの後輩の子……」

「えっ、あっ、そ、そうか教室に来てたな」


 突然の質問で驚き慌ててしまった。


(この前に恵里の事は話したよな、今度は何だろう?)


「あの子いい後輩だね、気が利くみたいだし優しそうで綺麗だし、羨ましいなぁ」

「どうしたの急に ……」

「何でもないよ……わた……がんばろ……負けない様に……」


 笹野の声が自分に言い聞かせるようだったので、最後の方はあまり聞き取れなかった。俺は気になったので聞き直した。


「なんて言ったの?」

「……秘密」


 笹野は顔をほんのり赤くして答えてくれずにクスッと笑っていた。


 (二人きりで話す機会はそうないな)


 以前から気になっていた事を聞いてみようとしたがかなり勇気がいる。下手したら大ダメージを受けることになるかもしれない……でもどうしても確認しておきたかった。


「この前、俺に付き合ってるかどうか聞いたけど……笹野はどうなの?」

「いいや、私は誰とも付き合ってないよ」


 笹野がなんでといった顔して俺の顔を見るので、一瞬驚いてどんな顔したらいいのか迷ってしまう。


「えっ、そうなの……」


(あの時見たのは勘違いか……確かに慎吾達も笹野の事は何も言わなかったのは、何もないからか……)


「何でそんな反応なの?」


 笹野は困惑した表情をしたままで、俺はこれまでの事が頭を巡り焦っていた。


「か、勘違いだったみたい……疑ってごめん」


 誤解だと分かり、慌てて頭を下げて深く謝る。


「……分かったわ。もういいよ」


 それ以上、何も聞かずに笹野は優しく笑って許してくれた。俺は笹野の優しさに感謝していた。わずかな時間だったが、お互いの部活の事などを話して別れ道の所まで来た。


「それじゃ俺こっちだから、また明日な」

「うん、また明日ね。……私もあの子みたいに積極的に行くね」


 恥ずかしそうに可愛らしく手を振る笹野だが、最後は何のことを言ったのかよく分からなかった。


(笹野は付き合っていなかったのか……だからと言って俺の裏切り行為がなくなる訳ではない。実際に疑っていたしなぁ、やっぱり言えないよな……悪いのは俺だし……)


 笹野のうしろすがたを見送りながら考えはまとまらないが、自分自身の手でなんとかしなければならない事だけは分かった。


(あっ、そういえば……)


 早く部活紹介の原稿を仕上げないといけな事を思い出して急いで帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る