中学三年生

クラス替え

 今朝は、いつもより早く家を出た。通学路の途中にある公園の桜は、満開で風が吹くと花弁がひらひらと舞い春になったと実感する。

 まだ登校時間のピーク前なので生徒も疎らで、俺も一人で歩いている。学校まであと少しの登り坂で後ろから聞き覚えのある声がする。


「せんぱーい、おはようございます〜」

「おはよう、恵里も二年生だな」

「そう、先輩と一緒に居るのもあと一年だけです。なんとしても先輩のハートを鷲掴みしますよ」


 満面の笑みで恥ずかし気も無く恵里が話すので俺の方が恥ずかしくなる。恵里ぐらい美人だと男子から結構な人数に告白されているようだが、全て断っているみたいだ。

 恵里から告白された数日後に『どうして俺のことをそこまで……』と尋ねてみた。


「先輩じゃないとダメなんですよ」


 その一言だけでいろいろとはぐらかされて本当の理由は分からずじまいだった。悪戯っぽい一面があるけれど恵里の気持ちは間違いなく本気ようだ。

 俺は告白を断った罪滅ぼしではないが、ある程度のことは恵里の好きなようにさせることにした。


(時々、やりすぎなところもあるんだよな、今朝みたいに……さすがに恥ずかしくなるようなことは困りものだ)


 学校の正門を過ぎて昇降口に向かうが、恵里も一緒に付いて来る。


「二年生はあっちだぞ」

「あ〜、そうだった、ついいつものクセで」


 間違えちゃったって顔をして、恵里は可愛らしい表情をみせる。普通の男子ならイチコロかもしれない……

 一年生と二年生は同じ昇降口で三年だけ反対側にある昇降口を使用するので、この間までは同じ昇降口を使用していたから間違えたようだ。


「教室も間違うなよ、また部活でな」

「はい、気をつけます。先輩またね〜」


 そう言って手を振ると同じように嬉しそうに手を振り恵里は走って二年生側の昇降口に向かった。


 俺は昇降口に掲示してあるクラス替えを見ようと前に進んだ。まだ時間が少し早かったのであまり人が集まっていなくて余裕で見る事が出来た。

 一組から順番に見ていくがなかなか自分の名前が見つからない。順番に見ていく途中でバスケ部の仲間や友達の名前をみつけたが、肝心な自分の名前が出てこない。既に六組まで見てきたがまだ名前がない、各学年共に七クラスしかないので自動的に七組になる。

 そして七組の名簿を下側から順に見るとやっと自分の名前を見つけることが出来た。クラスが七組だと分かったところに、慎吾と順司が隣にやって来た。


「おはよう、宮瀬、何組だった?」

「おぅ〜、七組だよ。また慎吾達とは別々のクラスだな」


 慎吾は四組で順司は隣の六組だった。


「いいじゃん、みんながバラバラだとそれぞれのクラスの事情が分かるから面白いじゃないか?」


 情報通の慎吾が不敵の笑みを浮かべているのを見て、やはり慎吾が味方で良かったと再認識した。


「なるほどね……」


 俺が納得して頷いていると思い出したかのように慎吾が話しかける。


「そう言えば、クラブ紹介の事を考えとけよって顧問が言ってたぞ」

「そんな行事があったな……文章考えるが面倒くさいから手伝ってくれよ」


 既に慎吾と順司は逃げる態勢で同じタイミングで押し付けようとしている。


「頼んだぞ宮瀬! 新入部員はお前にかかっているからな‼︎」


 捨て台詞のように言ってそれぞれのクラスが集まっている所に走って行った。


「はぁ〜 やっぱり俺かよ……」


 大きくため息をつき落胆しながら呟いて、まだクラブ紹介まで日にちもあるし何とかなるだろうと悩まないことにした。既に朝一から疲れ気味だが、靴を上靴に履き替えて新しいクラスの教室に向かった。

 教室に到着するとまだ生徒は半分もいなかった。大半は昇降口のあたりで話をしているのだろう。黒板には席順が貼ってあり、確認をすると窓側から二列目の一番後ろの席で、クラス全体を眺める事が出来る。


(幸先がいいな……)


少しだけラッキーな気持ちになって席に座ると新しい教室で新しいクラスメイトがいて新鮮な雰囲気を感じていたが一瞬にして壊されてしまった。


「はぁ〜、アンタ。また同じクラス⁈」


 大きなため息をつきながら不貞腐れたような顔で大仏が俺の席の前に来た。


「ため息をつくなよ。オマエ本当に失礼な奴だな。これで五年連続かよ……幼馴染と言えども……なんか祟られているんじゃないか?」

「ホントにそうね……でもアンタは良かったんじゃない。面白い一年になりそうな気がするけど、アンタのヘタレぶりが観察出来て……」


 ニヤっと大仏が意味深な笑いをするので、また一年間いろいろと大仏の言動に振り回される嫌な予感しかしなかった。


 昇降口に掲示してあった名簿は、自分の名前を見つけた後に慎吾達に声をかけらたのでよく確認をしていなかった。だからこのクラスに誰がいるのか詳しくは把握していなかった。

 時間が経ち教室の中にいる生徒の人数が増えてきたが、クラスメイトの顔と名前が一致しない中で、教室を見回していると笹野の姿を発見した。


(笹野は何組だったのかな? そう言えば見てなかったな……)


 そのまま笹野達が会話している辺りをボーっと眺めていた。予鈴が鳴り他のクラスの生徒達は教室に戻り始め、その他の生徒は席に着き始めた。笹野達がいた輪も解かれ、それぞれが移動して笹野は後ろに移動してそのまま席に着いた。


(あれ⁉︎ もしかして同じクラスだったのか?)


 教室に入った時に確認した席順では全く笹野の存在に気が付かなかったのは不覚だった。


(笹野は知っているのか?)


 俺はずっと笹野を眺めていた事に気がついて、慌てて反対の窓側に視線を変えた。もし大仏にこの事を見付けられたらと考えると肝が冷えたが、別れ際に言った大仏の言葉の意味が理解出来た。


(この事だったのか、さっきアイツが言ってたのは……)


 窓から見える空はさわやかな青空で清々しかったが、俺の気持ちは期待よりますます不安の方が大きくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る