塾と誤解 ②
春期講習に通い始めて三日目、なんとなく塾の雰囲気に慣れてきた。今日は少し早めに着いたので荷物を置いて教室ではなく外の階段の踊り場で時間を潰していた。
三月の終わりといっても日が落ちる頃には肌寒くなる。体が冷えてきたので教室へ戻ろうとした時に笹野が階段の下から登って来るのが見えた。
「あれ、宮瀬君。今日は来るのが早かったのね」
「あぁ、今日は部活が午前中で終わって、午後からヒマだったんだよ。でも夕方になると少し冷えるなぁ」
「そうね、宮瀬君の格好見た感じ寒そうだもん」
笹野は落ち着いた感じのスプリングコートを着て長めのスカートでこの時期らしい着こなしをしているが、俺は長袖のTシャツにジーンズ姿だ。
「俺も寒くなったし教室に入ろうかな」
そう言って、笹野と揃って教室に向かい歩き始めた。
「笹野はこの塾にいつ頃から通い始めたの?」
ゆっくりと歩きながら前から気になったので笹野に聞いてみた。
「昨年の秋頃からかな」
「そうなんだ、まだ二日しか来てないけど、先生とか教え方とか上手なの?」
「上手かどうか分からないけど、私には合ってるのかな、宮瀬君はこの講習が終わったらどうする、このまま続けるの?」
ちょっとだけ不安そうな顔をして笹野が聞いてきたが、まだどうするか決めてはいない。
「どうかな……」
とりあえず曖昧な返事をしたら、笹野は残念そうな顔をした。
「そうなの……また一緒に通えるかと思ったのに……」
「えっ、また? 俺この塾にはまだ二日しか来てないよ」
俺は思い当たる事がないので不思議そうな顔をして答えた。
「……違うよ、昔の卓球クラブの時の事……」
思い出したかのように笹野は懐かしいそうな顔をしている。そう言われて一緒に通っていた卓球クラブの事を思い出す。
「あぁ〜、あの時か、そうだな……」
昔の事をお互い話ながら教室に着くと、笹野は部活の友達が座っている所に行き、お互い別々の場所に座り授業を受けた。
授業が終わり帰り道、さすがにこの格好だと寒かったので、明日はちゃんと着てくる事とこの講習が終了したらこのまま塾を続けるかどうかを考えながら帰宅した。
四月なり新学期が始まる数日前、後輩の恵里から『新しいバッシュを買いたいから付いてきて下さいね』と言われて、当初は塾が忙しいからなど適当な理由で断わろうとした。
しかし恵里が『先輩のバッシュを選んだのは誰でしたかね?私ですよ。だから今度は先輩が私のバッシュを選んで下さい!』と言われてしまい、結局俺が折れて部活が終わった後に一緒に買いに行く事になった。
夕方からは塾があるのであまり時間の余裕が無い事を恵里に言って、以前俺がバッシュを買ったスポーツ店にやって来た。
「せんぱーい、これとこれだったらどっちが良いですか?」
「う〜ん、そうだな、恵里のプレースタイルからだと……」
誘われた理由は置いといて、こうやって俺を頼ってくれているのだから悪い気はしない。恵里が何足か候補のバッシュを持ってきて実際に試し履きをした。俺は恵里が履いてみた姿の感想を言って最終的に候補を二足に絞った。
「どっちにするんだ?」
「そうですね……二人同時にどっちがいいかを指で指しましょうか?」
最終的にそんな決め方でいいのかと少し呆気にとられたが、恵里らしい決め方だ。
「本当にその決め方でいいのか?」
「はい、どっちのバッシュも好みなんで……いいですよ」
一応は確認したが、本当に恵里はどちらにするのかかなり迷っている。
「それじゃあ、とりあえずやってみるか」
「せ〜の……」
二人声を合わせて指を指したのは同じバッシュだった。
「一緒で良かった〜」
安堵の表情で恵里がバッシュを手に取り喜んでいる。俺も一発で決まったので一安心した。
バッシュを買った後、時間があったのでいつものフードコートで軽く食べて帰ることになった。
歩きながら改めて恵里の姿を見ると、明るめのトレーナーにミニスカート姿で背丈は平均的だか、スタイルは抜群でラフな格好をしているにもかかわらず周囲から目を引く。
(あの告白を断らなかったら良かったのかな……)
一瞬、後悔してしまった事がすぐに反省をした。
その後、フードコートで春休み中の出来事など恵里は楽しそうに話をしていた。あと何度も『これってデートですよね』と言って強引に既成事実を作ろうとしていた。その度に俺が『違う』と否定して恵里は拗ねていたが満足そうだった。
翌日の夕方、春期講習が最終日で部活は午前中で終わっていたので、塾の事務所に用事もあるので早めに行くことにした。
塾に到着して事務所での用事を済ませ、教室に行こうとした時に笹野に出会う。
「おっ、今日は来るのが早いな」
「えっ、そうでもないよ」
笹野は返事をするがこの前と違い何かよそよそしい感じがする。気にはなったが先に報告したいことがあったので伝えた。
「そうだ、ここの塾に通うことにしたよ。今手続きしてきたところだ」
「そっ、そうなの……」
一瞬だけ笹野の表情が明るくなり、俺は改めてお願いをする。
「一年間、よろしく頼むよ」
「うん……」
返事をしてくれたが笹野は微妙な反応で、俺に何か聞きたい事があるような表情をしている。
「宮瀬君、あのね……」
「うん?」
「いや、やっぱりいいよ……」
結局何も言わずに、この前の体育館で会った時のような寂しい表情で走って教室に行った。
(笹野は何を聞こうとしているのだろうか……)
どうしても気になるので、授業が終わった後に問いただしてみようと決めた。
最終日の春期講習はあまり集中出来ずに終わった。素早く片付けて外に先回りして笹野を待つ事にした。笹野が部活の友達と一緒に出て来たところで、俺は思い切って声をかけた。
「ゴメン、笹野少しだけ話があるのだけど、いいかな?」
「えっ……」
驚いた表情で笹野が反応した。隣にいた友達に一言を言って別れて、笹野は俺の所にやって来た。
「……話って何?」
笹野は明らかに不安そうな顔をしているので、話しを切り出すのに躊躇してしまう。
「えっと……話っていうのは……さっき授業が始まる前に何か言いかけたいたし、この前の体育館でも……」
俺は上手く説明出来ずに詰まってしまった。笹野は俺の言いたい事を察したのか緊張した表情で口を開いた。
「ねぇ、宮瀬君。あの後輩の子と付き合っているの?」
「えっ……なんて言ったの?」
全く予想外の質問だったので思わず聞き直してしまった。でも笹野は嫌な顔をせずに落ち着いた様子でもう一度話してくれた。
「だから付き合ってるの後輩の子と……昨日だって一緒に居るのを見たし、正月明けにも一緒に居る時に会ったよね」
「あぁ、そのことか……」
俺の頭の中ではあの四ヶ月前の事を聞かれたらどうしようかと考えていた。俺は安堵した表情で答える。
「後輩の子とは付き合ってないよ。昨日はどうしてもって頼まれただけだ。その前も俺が買いに行った時に偶然会って付いて来ていただけだよ」
「本当に付き合ってないの……」
笹野の顔はまだ信じていない様子だ。俺はあまり言いたくはなかったけど、信用してもらうには仕方がないと話す事にした。
「うん、本当だよ。確かにあの子から告白はされた。でもはっきりと断ったんだ、付き合えないって……」
「えっ、そうなの……」
驚いた表情をした笹野だった。俺はどこまで言ったら信じてもらえるか迷ったが、全ての事実を伝えた。
「でも後輩もいい子なんだよ。だからあまり冷たくも出来なくて、だから笹野に誤解されたのかもしれないな……」
笹野がやっと明るい表情になり微笑んでいる。
「そうね、宮瀬君なら仕方ないかな……」
笹野の顔を見て俺はほっとして、やっと落ち着いたような気がした。
「そろそろ帰ろうか……」
「そうね、遅くなったね」
笹野の家はここから近かったが、夜なので一応聞いてみることにした。
「ゴメンな、遅くなったし近くまで送ろうか?」
「ううん、大丈夫よ。暗い所もないし多分お母さんが途中まで出てきてるかもしれないし……」
残念そうな顔を笹野はしていたが、心配させないようにしていたのかもしれない。
「それじゃ気をつけてな」
「うん、宮瀬君も遠いから気をつけてね」
お互い笑顔で手を振り別れた。
それから二日後の朝、いつもの学校生活が始まる。
「いってきます」
玄関を開けて学校へ向かう。今朝はとてもいい天気で三年生の始まり、どんな一年になるのか、まずはクラス替えだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます