塾と誤解 ①

 卒業式が終わり、二年生の時間も残り少なくなってきた。帰りのホームルームの時間の前にいつものように大仏が話しかけてきた。


「アンタ、今塾とか行ってる?」

「何だよ突然、塾か……今までは行ってなかったけど、親がもう三年生になるから行きなさいって、だから春休みから行かないといけなくなったんだ、春期講習に」


 受験生になるのだから、まずは慣れる為に春休みから行きなさいということらしいが、まだ受験生という実感がないので行くのが兎に角面倒くさい。


「そうかぁ〜みんな同じだね」

「なんだ大仏も同じ様なことを言われたか?」

「まあ、私の場合は成績がね……」


 大仏が苦笑しながら頭を掻いている。


「あぁ、確かにあの成績だとなぁ……」


 同情した感じで頷いたが、大仏の日頃の授業態度やテストの結果から考えると仕方がない。俺自身は決して成績が悪い訳ではない、中の上といった感じだ。


「それで宮瀬はどこの塾に行くの?」

「えーっと……S学館ていう所だったかな」


 まだ実際に行っていないので、どんなの所か全然分からないし、また誰がいるのかもよく分からない。


「あーー、S学館ね」


 まるで何か知っている様な感じで大仏が笑みを浮かべる。


「何だよ……教えろよ」


 俺は嫌な予感しかしないので大仏を問い詰めたがなかなか口を割らないうえに何かよからぬ事を考え始めた。


「うん、私もそこにしようかな、面白そうだし……」

「いやいや、塾は勉強する所だし、面白そうとかないだろう」

「まぁ、行ったら分かるわよ」


 そう言って愉快そうに大仏は笑いを堪えていたので、俺は益々不安でしかなかった。


 先週は卒業式の練習などで体育館が使えず、今日は久しぶりの体育館での練習になる。いつも通りに着替えて、体育館のフロアに行く。


「せんぱーい!」


 いつもの元気な声がして恵里がやって来た。バレンタインの直後はさすがに意識してしまっていたが、恵里は普段通りで変わらなかった。だんだんと時間が経つにつれて、俺も以前のように普通に話せるようになってきた。


「おう、久しぶりだな」


 体育館以外での練習は男女が別々の場所でするのでこの一週間くらい恵里の姿を見ていなかった。


「先輩、浮気してませんよね」


 真面目な顔で恵里が念を押すかのように尋ねてきた。


「な、な、なにを言ってるんだ、恵里の彼氏じゃないだろうが」


 辺りを見廻して誰かに聞かれてないか確認をした。いきなり予想外の事を言われて焦っていると、恵里はペロっと舌を出し可愛らしい反応をする。


「え〜、そのうちそうなるのだから〜いいじゃないですか〜」


 恥ずかしげも無く恵里は当たり前の事のように言うので、焦ってしまった事を反省した。真面目に返事をするのが面倒になったので適当にあしらうことにした。


「さあ、女子は向こう側、練習に行った、行った」


 恵里を急かして、俺もボールを突きながら男子が練習する側に移動しようとする。


「あぁ〜逃げたなあ〜センパイ〜」


 そう言いながら恵里も笑顔で女子側のコートに向かっていた。

 恵里とのやりとりを見ていた慎吾が半分呆れた顔で声をかけてきた。


「何で付き合わなかったんだよ、あんなに美人で性格も良さそうなのに、勿体ないなぁ」

「大きなお世話だよ、いいんだよ、駄目なんだ……自信がないというか、まだ情けないというかそんな気持ちがあるから……」


 嫌な事を思い出して負の感情が出そうになると、慎吾は悪いと思ったのか励まそうとする。


「あまり暗く考えるなよ、もう少し楽にすれば良いようになるじゃないか……何かあれば言ってこいよ」

「ありがとう……」


 慎吾に励まされて少しだけ気持ちが楽になったような気がした。


「よーし! 練習始めるぞー」


 珍しく慎吾が練習開始の合図をして、みんなが集まり俺も気持ちを切り替えて練習を始めた。


 全体の練習も終わりみんなが部室に戻り帰り仕度を始めていたが、気を紛らわしたかったの俺は一人だけ残りシュートの練習をしていた。

 五十本ぐらいシュートを打っていたら、下校時刻が迫っているのに気がつき慌てて部室に向かった。慌てていたので持っていたボールが落ちそうになり周りに注意がいっていなくて、帰宅する女子とすれ違う時に肩がぶつかってしまう。

 ぶつかった反動でその子は尻もちをついてしまい、直ぐに俺は手を差し出した。


「ごめん、前を見てなかったよ、ケガしてないか」

「うん、大丈夫だよ……」


 尻もちついた子が顔を上げながらちょとだけ痛そうな表情をしていた。俺はその見上げた顔を見て驚いた。


「あっ、笹野……」


 顔を見た時に一瞬動揺したが、バレないように平静を装った。


「ケガしてなくて良かったよ、本当にごめんな」

「私こそ、ごめんね、避けきれなくて」


 立ち上がりながら笹野が申し訳なさそうに頭を下げてきた。俺がそんな事ないと口に出そうとすると笹野が何か思い詰めたような感じで聞いてきた。


「あの宮瀬くん……」


 何かを言おうとした時、下校時間を知らせる放送が流れてきて間が空いしまった。しかし俺は気になり笹野に聞き返す。


「どうかしたの?」


 しかし俺の声に笹野の表情は何か諦めたような顔をしてしまう。


「なんでもないよ、宮瀬君、ごめんね早く着替えないと」

「あっ、そうだヤバイな、急がないと」

「うん……それじゃまたね」


 寂しそうな顔をした笹野が手を振りながら体育館の出口に歩き始める。


「またな……」


 俺は笹野後ろ姿を見ながら心残りがあったが、すぐに部室へ向かった。部室で着替えながら笹野が何を言いかけたのか気になったが全く思い当たることがない。なかなか会う機会もないので探りようもない……このまま悩んでいると、また良くない事を考えそうなのでこれ以上深く考えるのは止めた。


 その後、特に変化も無く終了式の日を迎えて春休みに突入した。

 例の塾の春期講習が夕方から始まる。部活は午後三時過ぎに終わり一度自宅に戻り塾の方に行く事になった。

 夕方にはS学館へ到着して先生がいる事務所で塾内での説明と春季講習のテキストを受け取り、教えられた授業がある教室に移動した。

 教室はあまり広くなくて、二十人がギリギリ入れるぐらいの広さだ。後方の扉から入り、既に前半分は座っているが、顔が見えないので誰がいるのかよく分からない。

 俺は既に埋まっている席よりも後ろの端に座った。

 端に座った事で前に座っている何人かの顔が確認する事が出来て驚いた。座っている中に笹野の姿があった。笹野以外にも女子卓球部の友達がいたが、まだ誰も俺の存在には気がついていないようだった。


「どうしよう……」


 呟くように思わず声が出てしまい、慌てて見つからないように顔を隠した。


「あっ、そこに居たの……アンタなにしてるの?」


 後ろから聞き慣れた声がする。顔を隠した事が全く無意味になり項垂れながら、仕方なく振り向くと大仏が教室の後方に立っていた。


「げぇ、マジか……」

「マジかとはどう言う事よ」


 いつものように仏頂面して大仏が俺の隣に座ろうとしている。大きな溜息をつき態勢を直して前を向くと、女子卓球部のメンバーがこっちを見ていた。何故か笹野と最初に目が合ってしまった。


「よう……」


 俺が微妙な表情で小さく手を上げて合図した時に先生が教室に入って来たので、笹野は小さく笑顔で相槌をして前を向いた。これから春休みの間、ここに通わないといけないが、一筋縄ではいかないような気がしてならなかった。

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