バレンタインと後輩の告白

 地区予選が終わってから二週間が経った。帰りのホームルーム前の時間、いつものように後ろの席から声を掛けられる。


「明日は何の日か知ってる?」

「なんだよ唐突だなあ……知ってるよ、バレンタインだろう、でも大仏には関係ないんじゃないか」


 嫌味のように言ってきたので言い返すように答えると大仏がムッとした表情をしている。


「失礼だね、まぁ、今年は誰にもあげる予定も無いけどね」

「いやいや、今年じゃなくて今年だろう……」


 鼻で笑いながら答えると負けじと大仏がからかうように話してくる。


「アンタはあの後輩から貰うんでしょう」

「……なんかその予定みたいだけど」


 なんで知っているのか分からなかったが、一瞬驚いた顔をしたのは大仏だった。大仏はすぐに真面目な顔になって、諭すように尋ねてきた。


「アンタ、他人事みたいに言ってるけど、そろそろハッキリとしたら……いったいどうしたいのか?」

「どうしたいって言われてもなぁ……」

「情けないわねえ、しっかりとしなさいよ、もう……」


 困った顔をしていたら何故か大仏に説教するかのように強く言われて、俺は黙ったままで言い返せなかった。


 放課後の部活はいつも通りの練習をして特に変わった事も無かった。練習が終わり部室へ戻る途中、枡田に呼び止められる。


「せんぱい、せんぱーい! 明日、一緒に帰れませんか?」

「うーん、少し遅くなるけど、それでもいいなら」

「うん、大丈夫ですよ、それじゃ正門で待ってますね」


 そう言ってもの凄く嬉しそうに枡田は女子バスの部室に戻って行った。後ろ姿を見送り部室に戻り、帰る準備を始めていたところに慎吾が来て俺に聞こえるように独り言を話す。


「なぁ、そろそろハッキリとさせないと」


 部活前に大仏から言われた事と同じ事を言われてしまった。また同じように何も返す言葉がなかった。


 翌日も放課後の部活はいつも通り終わったが、顧問の先生に用事があったので、すぐに帰る事が出来なかった。

 職員室で先生との用事を済ませて校門へ向かう。下校時間が過ぎていたので、他の生徒はほとんどいなかった。


(もしかして、帰ってしまったかな……)


 校門付近は人気がなかったので少しだけほっとした気持ちになったが、校門を出てすぐの死角になる場所に彼女は寂しそうに立っていた。


「ゴメンな、遅くなって」


 少しだけ緊張がはしるが、落ち着いて素直に手を合わせて枡田に頭を下げた。


「もう、そんな頭下げなくてもいいですよ、私が待ってるって言ったんですから」


 無邪気な笑顔で枡田が返事をするので安心をした。


「それじゃ帰りましょうか」


 枡田が先に歩き始めてその後を俺が付いて歩いていたが、大仏や慎吾の言っていた事が頭に浮かんで再び緊張してしまう。

 いつもとは違う雰囲気なのを察したのか枡田は落ち着かない様子で話しかけてるが、俺も緊張しているのでなかなか会話が続かない。不自然な会話が続いていると、前方に小さな公園が見えてきた。


「先輩、そこの公園に寄ってもいいですか?」


 俺の顔を伺いながら声のトーンが落ち着いた感じで話しかけてきたので、俺は焦ってきたが軽く頷き返事をした。

 まだ寒い時期なので公園には誰もいない、陽も落ちかけて辺りは薄暗くなり始めている。

 俺と向かい合った枡田は手に小さな紙袋を持ち、これまで見たことのない表情をしている。


「先輩、あのですね……」

「どっ、どうした?」


 張り詰めたような緊張感からか上手く話せずに焦っていた。枡田の様子を見ると心を決めたような表情をしている。


「好きです、私と付き合って下さい」


 真っ直ぐにキレイな瞳で俺を見つめて、強い意思が伝わってくるハッキリとした口調で告白してきた。


(決断する時が来たか……)


 心臓が大きく鳴ったが、何故だか冷静な気持ちで落ち着いて答える事が出来そうだった。


「今は付き合えない……」


 枡田を傷つけないように、気の利いた言葉がないかと考えたみたがすぐには出てこなかった。答えは決まっていたのでこの言葉しか思い浮かばなかった。

 もしかして枡田がこの場で泣いたりするかも……と不安でたまらなかった。


「はぁ〜やっぱりダメですか……何となくそんな気がしていたんだけど……」


 俺の不安とは違って、大きくため息を吐き、残念そうに諦めた顔をしている。少しだけ安心すると、枡田は急に何か気付いたような表情に変わった。


「でも先輩は『今は』って言いましたよね」

「えっ、そ、そうだな」


 俺は焦って何か拙い事を言ってしまったのかと動揺してしまい、まだ枡田から何も聞かれてもいないのに理由を話し出してしまう。


「俺がこんな中途半端な気持ちで付き合えば相手を傷つけてしまうし、そんないい加減な事はしたくないんだ……まして大事な後輩にそんな事はしたくないんだよ」

「大事な後輩ですか……そうなんですね……」


 今の俺の正直な気持ちだったが、その理由は枡田にとっては意外な答えだったようだ。一瞬驚いた表情をして枡田の顔が少し紅くなったように見えた。


「本当は嬉しいよ、枡田みたいに綺麗な子から告白される事なんかもう二度ないかもしれないし……別に嫌いでもない、勿体ないって思われるかもな、アイツ馬鹿だなってね」

「ふふふ、何ですかそれは……」


 俺は少し緊張の糸が緩んだみたいで笑みを浮かべて話せた。やっと枡田の表情も緩んで笑みがこぼれていつものような明るい顔で空気が和んできた。


「分かりました……これからは先輩が私に惚れるように頑張ります……絶対に先輩を振り向かせますね」


 いきなりの決意表明をして枡田が俄然やる気モードになってしまい圧倒されかけた。とりあえずはこれまでのいつも通りの時間が過ごせるような気がして安心した。


 その束の間、甘えるような声で枡田が小さな紙袋を俺に渡してきた。


「せーんぱい、折角作ったからチョコ食べて下さい、今回は今から言うお願いで許してあげます」

「許すもなにも……それでお願いって?」


 俺が悪い事をしたみたいに言われてしまったが、今日はその願い事を聞いてあげることにした。しかし何故か枡田は少しだけ怒った口調になる。


「前にも言いましたが、私の名前を下の名前で呼んで下さい。先輩はこの前の試合の時だけ呼んでくれたけど、それ以外はずっと呼んでくれ無いから……」

「あぁ、その事か……」


 いつもより強い口調だが枡田は少し寂しげな表情をしたので本気みたいだ。俺はもっと難しいお願いかと想像していたので安心したが、やはり女子の下の名前で呼ぶのは抵抗がある。でもこの状況では俺が歩み寄ら無いといけない雰囲気だ。


「……分かった、そう呼ぶよ」

「やったーー、これで少し進歩したかな」


 枡田は嬉しうに満足気な顔をしている。


「それじゃ、早速呼んでみて下さい」


 イタズラぽく笑みを浮かべているが、呼ばざるをえない状況なので仕方がないと諦めるが、やはり恥ずかしくて小さな声になってしまった。


「え、恵里……」

「う〜ん、声が小さかったけど、まぁ今日のところはこれでいいかな」


 枡田はしてやったりという様子で俺の顔を見ていた。俺は恥ずかしさを誤魔化そうと落ち着いた口調で話しかける。


「そろそろ帰るか……もう暗くなったから家の近くまで送るよ」

「いいんですか? ありがとうございます」


 驚いた様子で真面目に答えたが、枡田の顔は凄く嬉しそうだ。そして二人で公園の出口に向かって歩き始めた。それから十五分くらい歩き、恵里の自宅近くまで来た。


「ここでいいですよ、今日は本当にありがとうございました」

「こっちこそ、チョコありがとうな、また明日」


 恵里は笑顔で礼儀正しくお辞儀をして、俺は手を振り道を別れた。


 (これで良かったのか、他のやり方があったのかも……)


 あれこれ頭で考えていたが、結局ハッキリとした答えが出てこないのまま、今俺が出来る最善の答えだろうという結論になった。

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