バッシュを買いに
冬休みも残りあと一日になった。クリスマスから年末の二十九日まで部活があり年明けは四日から始まった。
年末年始は家族で初詣に出かけたぐらいで殆ど家に引きこもり状態だった。
今日も午前中に練習があり午後から出かけようとしていた。練習の時、順司や裕二に一緒に行かないかと誘ってみたが、振られてしまい一人で行くことになった。
一度自宅に戻り昼食を食べて、クリスマス前に行ったスポーツ用品店に向かった。
今回の目的は新しいバッシュを買う事だ。今履いているバッシュが履けなくなった訳ではないが一年生から履いている。初めて買ったものなので色やデザインなど気にして買ったものではなかった。
バスケを始めて二年近くになり新しいのが欲しくなっていた。幸いな事に今年はいつもの年よりお年玉が多かったので、新しく買う事を決断した要因の一つでもあった。
スポーツ用品店のあるモールに到着した。平日だけど冬休みの最終日とあってそこそこ賑わっている。
俺は新しいバッシュを買うので若干いつもよりテンションは高めだ。軽い足取りでスポーツ用品店を目指して一番近いエスカレーターに向かうと、前方に笹野らしき姿が見えた。見間違うはずが無いのだが、隣に誰かがいるようだ。
歩くの止めて怪しまれないように近くの店を見るふりをして笹野の様子を伺う。隣にいるのは男子で間違いないが顔がよく分からない……
その時、男子の顔がこちらを向いたが俺に気付いた訳ではないが、思わず声が出てしまった。
「あっ、彼奴は……」
そうあの田山だった。俺はイラッとして腹がたったが、元々は何もしなかった俺が悪い訳だ……だんだんと頭の中が混乱してきた。
二人が楽しそうに会話する姿が見えて、俺は肩を落として進行方向を変えることにした。
「負け犬みたいだな……情けねぇ……」
俯いたまま呟き、元来た方向へ歩き始めた。遠回りになるが目的地には行くことが出来るが、さっきまでの気分は嘘のように暗くなる。
(やっぱり付き合っていたのか……)
更に落ち込み俺の周りには黒い霧でも発生しているかのような雰囲気だ。
重い足取りで飲食店街を通り過ぎようとしていると、背後から元気な明るい声で呼ばれる。
「あぁ〜、せんぱーい!」
聞き覚えのある声なので振り返ると無邪気そうな笑顔の枡田が一人でいる。
「おう、枡田じゃん」
後輩に落ち込んでいるところを見せるのは恥ずかしいので、無理にでも明るく返事をした。
「先輩‼︎ 忘れてますよ、下の名前で呼んでって言ったじゃないですかもう……」
膨れっ面をした枡田だったが、すぐに元に戻り嬉しそうな顔をしている。
「どうしてこんな所にいるのです一人で? ちなみに私は友達とランチを食べてました」
枡田の勢いに押されるように質問されたが、返事が思いつかない……でも黙ったままでは不自然なので、本来の目的を話した。
「バッシュを買おうと思ってね、でも考え事してたら方向を間違えてしまって反対側から行く事になったんだよ」
我ながらおかしな返事になってしまうが、何かを察したのか枡田はクスッと笑っている。
「変な先輩、私これから予定ないし、先輩に付いて行っていいですか?」
「……いいよ」
一瞬考えて、また変な噂が広がるかと想像したが、このまま暗い気持ちでバッシュを買うよりはマシだと思い返事をした。
「やったーー!」
枡田は嬉しそうな笑顔で俺の横へ並んで歩き始める。俺も少しだけ気持ちが明るくなりそうな気がした。
スポーツ用品店に行く短い間で冬休みの出来事を話しながら歩いた。到着すると、すぐにバッシュの売り場に向かう。この前、田渕と枡田と来た時に何足か良さそうな目星は付けていたのだ。
「先輩、これとかどうですか? このデザインいい感じじゃないですか〜」
枡田がなかなか良さそうなバッシュを持ってきたので迷ってしまい、俺が目星を付けていたのはどんな風かと尋ねてみる。
「俺が持っているのと、枡田が持ってきたのとどっちが良いかな?」
「うーん、そうですね……デザイン的には私のが良さそうですけど、機能性は先輩のが良さそうですね」
結構真剣に枡田は考えてくれていた。
「うん、実際に履いてみましょうか、私、店員さん呼んできますね」
何故か俺よりも枡田の方が手際良く、まるで自分のバッシュを買うかの様に張り切っている。直ぐに店員がやって来て実際に履いてみるとそれぞれ良さがあり甲乙つけがたい感じだ。
「どうしようかな……」
なかなか決定的なのが決め手が無い、見比べて悩んでいると少し離れたところから枡田の声がする。
「せんぱーい、これは、これっ……」
興奮気味に枡田が一足持って来たは、デザイン的にも機能性的にも俺が求めていたのに近いバッシュだった。
「よく見つけたなあ、どこにあったんだ? 見落としてたな……」
俺が驚いた反応をしていると枡田は少し自慢そうな顔をしている。店員に合うサイズを持って来てもらい再び履いてみる。
「いい感じですよ、先輩これにしましょうよ」
見つけてきた枡田は嬉しそな顔をしている。俺もかなり気に入ってしまい気持ちはほぼ決まりだが、金額を見ていなかった事に気がついた。
恐る恐る値札を見ると予算を若干オーバーしている。バッシュを脱いで腕を組む。
(買えないことはないが、ここは妥協して初めに見ていたバッシュから選ぶか、目の前にある予算オーバーのバッシュを選ぶか)
どうしようかと唸りながら悩んでいた。
「絶対これですよ! 先輩にはぴったりです、これですよ‼︎」
枡田は有無を言わさない様子で推してくる。これだけ推されたらもう選ぶしかない、男気をみせるしかない……
そして店員に伝える。
「それじゃ、これ下さい」
枡田が最後に持って来たバッシュに決めた。隣で笑顔の枡田がすごく嬉しそうに満足した表情だ。
「先輩はやっぱりカッコ良くないといけませんよ」
「なんだよそれ……別にバッシュぐらいで」
そう言われて少し恥ずかしかったので軽く冗談気味に誤魔化して、精算が終わり店を出る。
「何か飲むか?」
枡田は大きく頷き喜んだ。この前に寄ったフードコートに行く事にしたが、その途中で思わぬ人物に遭遇してしまう。
「……宮瀬君?」
枡田と会話しながら歩いていたので不意を突かれたが、その声の主が笹野だとすぐに分かった。かなり動揺したが隣に後輩の枡田がいる。ここは後輩の目があるから出来るだけ平静を装おうとした。
「おぉ〜、久しぶりだな……さ、笹野は買い物か?」
やはりいつも通りとはいかずに俺の動揺が伝わってしまったにか、急に枡田の態度が変わる。
「せんぱーい、のど渇いたから早く行きましょうよ〜」
何故か甘えた感じの口調で笹野との会話の間に入ってきて、俺の腕を強引に引っ張ってくる。そのまま俺は引きづられてしまい、困惑した顔で笹野を見る。
「じゃあ、またな……」
「うん……」
笹野の顔は寂しそうに見えた。俺は引きづられながら田山の姿が無いのに気がついたがどうしようも出来ないまま笹野のまえから離れた。
フードコートに着いたところで枡田が腕を離したが、枡田は怒ってるようにも拗ねているようにもみえる表情だった。
「何がいいんだよ、奢るからさあ」
機嫌を直そうと話かけると、一瞬でいつもの明るい表情に変わる。
「やったーー、ドーナツが食べたい!」
そう言ってドーナツ屋に向かって行った。その後はいつもと変わらない様子で枡田は何事なく、一時間くらい話して帰ることになった。
俺は笹野と枡田の表情が頭から離れずため息をつき悩みながら帰宅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます