弱い心と後輩

 笹野達と遊びに行って十日程過ぎて、いつものように放課後に部室で練習前に着替えていると慎吾と順司が入って来た。


「お疲れーー」


 普段と変わらない挨拶をすると慎吾が心配そうな顔でいつもと雰囲気が違う。


「練習前になんだけど宮瀬に言っておかないといけない事がある」

「えっ、なんなんだよ、改まって……」


 慎吾がため息を吐き、困ったような表情で順司と目を合わせて話し始める。


「それがな、面倒な事になったんだ……」

「面倒な事?」

「田山って知っているだろう」

「あぁ、学年イチのワルで難儀な奴か」


 クラスも違うしこれまでもほとんど俺との接点はない、なんでそんな奴の名前がでてくるんだ……


「その田山がどうやら笹野の事を気に入ったらしく、それで宮瀬の名前があがってるみたいなんだよ」

「はぁ……なんでだよ」


 俺の困惑した顔を見て慎吾が理解してくれる。


「目につかない様に、大人しくしておくしかないだろう」

「どのくらい間?」

「当分の間かな……俺達が上手いこと誤魔化しておくから、ほとぼりが覚めればなんとかなるだろう……」


 こんな時の慎吾は心強い、いろんなところにツテがあるのでこの手の揉め事はある程度はなんとか解決してくれる。

 順司も慎吾と同じ意見で、いろいろと根回をして騒ぎが大きくならない様にすると言ってくれた。


「ある程度は何とか出来るけど、慎吾の言う通りに大人しくするしかないな」

「分かったよ、ありがとう、当分大人しくするしかないな……」


 慎吾と順司はまだ着替えの途中だったが、着替え終わったので肩を落としながら先に部室を出た。


 今日の練習は全くと言って気合が入らない。


 (帰りたいな……やる気が出ない)


 だが文化祭が来週あるので、今週しか体育館が使えない。来週はまるっと一週間は練習が出来ないのだ。だからサボる事が出来なかった。


 ウォーミングアップから基礎的な練習まで終えて、一対一を始める。しかし調子が全く出ない。いつもなら外さないシュートが入らないし、ディフェンスも全然止められない最悪の状態でさらに気持ちが落ち込んでくる。


「田前、ちょっと休むから……」


 副キャプテンに練習の指示出しを頼み、俺は体育館の外に出た。

 まだ練習を始めて一時間も経ったない、このまま中途半端で帰るのも不信がられるし、ひとまず気分転換でもしようと体育館外の階段に座り込んだ。

 この位置から野球部やサッカー部が練習をしている様子が見える。


「はぁーー」


 大きな溜め息を吐き、うな垂れた。


 (こんなに凹んだ気分はなかなかないな……これからだったのにな……なんでこのタイミングなんだ)


 そのまま座り込み何も考えずに野球部の練習を眺めていた。


「先輩どうしたのですか、具合でもわるいのですか?」


 不意に声を掛けられ慌てて振り返ると、そこには女の子が立っている。


「えーっと」


 顔は見覚えがあるが名前が出てこない。俺が困っていた顔をしていたのだろう、見かねて女の子が名乗り出した。


「バスケ部の枡田です」

「あぁ……分かった一年の」

「そうですよ、もう名前ぐらい覚えて下さいよ!」


 少し膨れっ面をして怒ったような口調だったが、可愛らしい表情で笑っている。

 俺はやっとバスケ部男子の一年の名前を全員覚えたのに、女子部の一年まで覚えられる訳がないと思ったが、今は優しく返事をする。


「ごめんな、顔は見覚えがあったのだけど……」

「じゃあちゃんと顔と名前を覚えておいて下さいよ、それで何でこんな所に座り込んでいるのですか?」


 やはり聞いてきたか……確かに不自然だ、他の部員は練習をしているのだ。仕方ないのでここは適当に誤魔化して、変に悟られないよう表情が暗くならないように返事をする。


「あぁ、気分転換だよ、全然シュートが入らないし、上手くいかないからな」

「そうなんですか? でもすごく元気がなさそうでしたけど」

「そ、そうか……元気なさ気に見えたか、大丈夫だよそんなことはないぞ」


 よく見ているなと思い、とりあえず空元気を見せた。


「それなら良かった、あっ練習始まるみたいなのでそろそろ行きますねぇ、先輩も練習に戻ったら?」


 そう言って元気に笑顔で走って戻って行った。


(そろそろ戻るか……後輩の女の子に励ませれては、さすがにマズイな)


 そう思ってゆっくり立ち上がるが、やはり全く大丈夫じゃない気分だ。

 そのまま戻って練習を再開したが、サッパリだった。シュートは入らないし終いにはブロックまでされる始末で、パスも凡ミスばかりで全く話しにならなかった。

 反対側で練習している女子部で心配そうな顔をした後輩の顔がチラッと見えて、何か言いたそうな感じだった。

 散々な部活だったが、幸いなことに明日は外の練習日なのですでに休む事は決めていた。


 翌日、部活は休むと決めていたが、授業はサボれないので学校には行かないといけない。

 しかし笹野は隣のクラスなので遭遇する機会があるかもしれないが、どんな顔で会えばいいのだろうか、話しかけられたらどんな態度をとればいいのかとずっと悩んでいた。

 始業前のホームルームの時に後ろの席の大仏から話しかけられた。


「そんな顔して、どうしたの?」


 いつもなら「大きなお世話だ」と突っ込むのだが、今日はとてもそんな気分にはなれない。


「おーーい、大丈夫か?」


 俺がなかなか返事をしないので終いには心配される始末だったが、そんな状態のまま昼休みまでの時間を過ごした。

 しかし昼休みになり、今日は周りの友人達にはついていけそうないので、逃げるように教室から出て行き 、とりあえず一人になれそうな所はないか考えて思い出した。


「そうだ、三階の非常階段がある今日は天気も良いし」


 三階は主に一年生の教室がある階なのでそう簡単には知り合いには会わないだろうと考え移動した。

 案の定校舎の端という事もあり誰も居なかった。そこで腰を下ろして前を見ると遠くまで見渡すことができる。

 予想外に景色が良かったので少しだけ気持ちが晴れたような気がした。しかしそんな姿を見たという後輩がいたのは、翌日に知ることになる。

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