第2話 足音が聞こえる

足音が聞こえ始めたのは今から3ヶ月ほど前からです。


最初に足音が聞こえはじめたその日、僕は恵比寿ガーデンプレイスにいました。スターバックスのコーヒーを持って、ぼーっと外のベンチに座っていました。

いろんなことを思い出しながら、追いかけっ子をする子供や、年老いた老夫婦や、年の差カップルを眺めていました。


僕はスターバックスのコーヒーをベンチの手すりに置いて、少し携帯を触っていました。どれくらいそうしていたかは覚えていませんが、ふと気がつくと、僕は恵比寿のウェスティンホテルの中にいました。そして服装が変わっていて、僕はスーツを着ていました。一瞬僕は白昼夢でもみているのかと思いました。でも私は確かにウェスティンホテルの客室の廊下にいました。私の目の前にホテルマンがいて、私を部屋まで案内していました。私は歩いていました。ちなみに私はウェスティンホテルの中に入ったことは数回しかありません。


「こちらになります」とホテルマンが僕に云いました。

僕は部屋の中に入りました。そしてふと、「そうだ、今日は彼女の記念日だからウェスティンホテルに来たのだった」と思い出しました。

でも、そこには彼女はいませんでした。僕一人だけでした。でも今日が彼女の誕生日であることがわかっていました。

むしろ白昼夢をみていたのは、恵比寿ガーデンプレイスのベンチで座っていたことの方だったのだと思いました。


そして、奥の方から彼女の足音が聞こえてきました。

彼女は記念日なのでと、「まつえく」や、髪のセットを恵比寿の駅前のほうでしていたのでした。足音はこちらまで近づいてきます。そして彼女がドアを開けました。普段は来ないような白いワンピースの裾と、僕が初めて見るパンプスを履いていました。彼女が顔を見せようとした瞬間、僕はまた恵比寿のベンチに座っていました。


僕はまた、ガーデンプレイスにいるいろんな人達をみていました。


そして、ベンチの手すりに置いたはずのスターバックスのコーヒーがなくなっていました。そこには、丸形の結露の水あとだけがありました。


僕には恋人はいません。寂しすぎておかしくなったのか、しんどい妄想をしてしまったな、と思いました。

このような幻覚のような妄想...なんというべきかわかりませんが、このようなことを経験したのは、これが初めてでした。


雲が太陽に差し掛かって、辺り一面が突然暗くなりました。

そのときに、先程の妄想の中で聞こえた彼女の足音が聞こえました。

コツーン、コツーンという音です。雑踏の音は全て聞こえなくなり、その音だけが響いていました。

周りを見渡すと、それはまさに先程の幻覚の中にいた女性でした。ただし後ろ姿でした。その女性は跳ねるように、ガーデンプレイスの横にあるビルの中へ入っていきました。白いワンピースの裾がしっぽが跳ねるようにひょいっとなって、彼女はビルの中へ消えました。彼女の顔は見れませんでした。


僕は立ち上がって、彼女を追いかけました。急いで走って、ビルの中へ入りました。

しばらく探しましたが、その女性は見つけられませんでした。


そして、気がつくと、僕は右手にまた、スターバックスのカップを持っていました。

僕はそれを飲み干して、ビルの中にあるゴミ箱の中に、そのカップを捨てました。


その瞬間に、また僕はホテルの廊下に立っていました。

そして、正面の突き当りの右の方から、コツーン、コツーンという足音が響いてきました。私は混乱していました。どちらが現実なのか混乱していたのです。


結論から言えば、ホテルの中にいる私がおそらく幻覚の中にいる私でした。

しかし、私は今も毎日のように、そのホテルの中にいるのです。ふと気づくと、僕はホテルにいます。ある時は、仕事のミーティング中でした。そういうことが何度もあったので、僕はとても参っていました。現実で意識が飛んでるのはほんの数分です。何回か体験するうちに、夢の時間は現実よりも圧縮されていることに気が付きました。あるとき、30分ほどホテルの中を徘徊していました。それは現実では1分程度しか経過していませんでした。私はほぼ毎日、その足音を追い求めてホテルの中を探し回っていました。


*

「それで、今回相談したいことは、なんですか?」

と僕は云った。


「最近、そのホテルに行ける頻度が下っているのです。昔は毎日通っていたのですが、だんだんとそこに行けることが減って、今では一週間に一回ほどです。私は毎日ホテルに通って、あの女性を見つける必要があるのです。ここは催眠療法などもやっていると聞きました。なんとかできないでしょうか?」

と男は云った。


僕は、デスクの上にある、今朝買ったスターバックスのコーヒーを取った。

結露した水滴は、丸い形になっていた。

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