魔女ヨスガの遺言

 魔王討伐から数週間が過ぎた頃、勇者一行は港町ネセバルにたどり着いた。

「勇者様、よくお越し下さいました。町で一番の宿をご用意しております。そこで旅の疲れを癒して下さい。」

 町長が勇者一行を出迎えた。

「ご厚意に甘んじます。それと医者をお願いしたい。仲間の体調が優れないので。」

 勇者はそう答えると宿へと向かった。


 クレリックもウィッチも体調を崩していた。勇者は二人をベッドに寝かして医者を待つ。原因はおおよそ検討はついているのだが、藁をも掴むつもりでこの町の医者にかける事にした。

 宿の窓から町の景色を眺める。以前立ち寄った時には活気も少なく荒れ果てていたが、魔族の脅威が立ち去ったことで活気を取り戻していた。世界に平和が訪れたことがわかる。希望を抱いた人々の顔が陽光で照らされていた。


 ほどなくして医者がきた。複数の助手を連れてきており、大掛かりな診察に取りかかる。手持ちぶさたとなった勇者は町へと出かける事にした。

 装備の一新。野営に必要な道具の補給。交通網に関する情報収集。馬車の調達。勇者のやるべき事は多かった。

 武器屋へ入ると以前にはなかった装備品が多く飾られていた。

「いらっしゃい。冒険者かい?今時珍しいね。」

 店主が声をかけてきたが勇者は無視して一振りの剣を眺めていた。

「なかなかお目が高いね。その剣がなんなのかわかるのかい?」

「あぁ、わかるよ。退魔の剣か。一介の武器屋に置いてあるような品物ではないな。」

 勇者が答えた。魔族が蔓延っていた頃、退魔の剣は国宝として国が保管していた。魔族に対して絶対の効力を持つその剣は国家の切り札とも称された。

「魔族もいなくなって使い道も無くなったからね。国家の財政の足しにするために結構流れて来るようにはなったよ。まあ、観賞用しか使い道がないけどよ。趣味で買う奴はいるからな。」

 店主はそう語るが全うな使い道が無くなった訳ではない。

「これを貰おうか。」

 勇者は退魔の剣を買って宿へと戻る。


 勇者が宿へ帰ると医者が待っていた。

「お二人の容態ですが、まずクレリックの方は薬物中毒です。強力な回復薬を短期間に大量に使用したことが原因でしょう。長期入院して薬を抜けばある程度は回復できる見込みはあります。」

「そして、ウィッチの方は、大変申し上げ難いのですが、回復できる見込みはありません。魔力中毒があそこまで進んでしまうと…」

 勇者の予想通りの結果であった。クレリックは王国聖堂会に帰えせば何とかなるだろう。しかし、ウィッチはどうにもならない。約束を果たす時が来たのかもしれない。


「ヨスガ、起きているか。」

 勇者はウィッチに声をかけた。

「起きているよ。あいつらの出した睡眠薬で眠れるわけがない。」

 ウィッチはベッドから起き上がり勇者を見つめる。クレリックは隣のベッドですやすやと眠っている。

「約束を果たすのなら今夜かな。」

 勇者はウィッチから顔を反らし窓の外を見つめる。外は日が落ち暗闇に染まっていた。


 勇者とウィッチは町を出た。月明かりに照らされた草原には二人だけが立つ。両者は対面し睨み合う。

「ヨスガ、準備は良いか。」

「嗚呼。悪いね、私の最後に付き合わせてしまって。」

 勇者は肩の力を抜いて微笑んだ。

「寂しい事を言うなよ。仲間になった時の約束だろ。」

 ウィッチも朗らか表情を見せた。

「あの時はとても嬉しかったよ。魔女の里ですら扱いきれなかったこの私を、必要としてくれたのはお前達だけだった。」

 かつて、極限の魔女と呼ばれる女がいた。次代の魔王候補とすら噂された魔女がいた。魔女の里の者達は彼女を封印する事だけに心血を注いでいた。

「もうそろそろ、始めるか。」

「いつでもどうぞ。」

 勇者は剣を抜き、極限の魔女は魔力を解放した。勇者の鼓動は高鳴る。


「向こうで待っている…」

「ヨスガ、ありがとう。」

 この日、最後の魔女が亡くなった。

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