聖女クレタの憂鬱

 勇者とクレリックは馬車に揺られている。

「クレタは町に残って教会の向かえを待っていて良かったんだぞ。」

 勇者は馬を操りながら喋った。クレリックは答えない。荷台の上で眠っていた。

「次の町は、確か大きい教会があったな。」

 勇者は呟いた。道中は朗らかな陽気が続いている。

 

 教会都市フラニクルは中央に佇む教会を中心に栄えた街だ。勇者はその教会へと向かった。

「すまないがクレタを見て頂けないだろうか。」

 勇者は教会の牧師に話しかけた。

「あの聖女クレタ様ですか。もちろん、どうぞこちらへ。」

 勇者はクレリックを担ぎながら教会の奥へと進む。部屋に案内された勇者はクレリックを寝かせて目が覚めるのを待つ。クレリックの吐息だけが聞こえる。


「目が覚めたか。」

 勇者はクレリックに話しかけた。

「もう大丈夫。ありがとう。」

「ヨスガとの約束は果たしたよ。」

「そう…」

 クレリックは俯く。

「俺はちょっと街へ出掛けてくるよ。」 

「待って。私も行くから。」

 クレリックはベッドから這い出た。

「わかったから、無理はするなよ。」

 勇者はクレリックを支える。まだまだ本調子ではない。


 街は祭りのような賑わいがあった。魔王討伐以降の多くの街ではこのような催しが行われていた。

 勇者とクレリックは寄り添いながら街を散策する。二人は吟遊詩人の前で立ち止まった。

 吟遊詩人は琴を鳴らしながら勇者一行の物語を歌う。神の祝福を受けた勇者が仲間を集い魔王へと立ち向かう。そんな歌だった。


「嘘ばかりの歌だったね。神に祝福された勇者とか、魔女ではなく賢者になってたし。あれは私達の事だったのかな。」

 吟遊詩人の歌を聞き終わったクレリックは勇者にそう話しかけた。

「あんなものだろ。物語は都合よく脚色されるものだよ。」

 勇者はエールを飲みながらそう答えた。

「でも、流石に聖女様は有名だな。神の奇跡は真実だし脚色のしようがない。」

「止めてよ。気にしているのは知っているでしょ。」

「悪かったよ。」

 勇者とクレリックは公園のベンチに座り街の賑わいを眺める。この喧騒は夜が開けるまで終わりそうもなかった。

「クレタ。お前はここに残れよ。まだ体調だって戻ってないだろ。」

「そんな事言わないでよ。それにあなたの方が酷いでしょ。体も心も。」

 クレリックは知っていた。魔王討伐以降、勇者は一睡もしていない。

「俺の事は気にするな。もう平和になったんだし、わざわざ無理をする必要もないだろ。」

 勇者はクレリックの心情は理解できるも無視を決め込む。勇者の旅は既に終わっている。これ以上、誰かと共に旅をする事は叶わない。それは二人ともわかっている事ではあった。

「聖女様を教会に届けて俺の旅は終わり。それが教会からお前を連れ出す時にした約束だ。」

「わかってるよ、そんな事は。」

 勇者はここに残る選択肢も無くはなかった。しかし、戦いの後遺症がそれを許さない。だからこそ、彼はクレタと別れる決断をした。聖女クレタもその事は察しており、沈黙で答える事しかできない。

 街の賑わいは続く。ただ、勇者達の一角だけは静まり返っていた。

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