第26話 とけるもの もつれるもの

 昼を過ぎて十四時を回った頃だっただろうか。

 呂花おとか隼男はやおがちょうど現場の下見から戻った京一きょういちと、二御柱ふたみはしらの前で出会った時だった。やしろ前の道路に面した歩道を大声を上げながらこちらへ向かってくる男性が一人。

「誰だっ!どいつだっ!うちの子供を連れていきやがったのは!!」

 標準的な体格の男性で、どちらかと言えば痩せている印象の彼は脇目も振らずに三人のいる方へ猛烈な勢いで走ってくる。その後方から一人の女性が慌てて必死にあとを追ってくるのが見えた。

「あなたっ!待ってっ!」

 人目もはばからずに彼らは声を張り上げる。その尋常ならざる姿に人々も思わず道を譲って、側を通り過ぎる彼らを驚きの表情で見送った。

 周囲のざわめきにつられるようにそれを見た呂花は男性に思わず見入った。言葉で言い表せない奇妙な違和感。それが何かはすぐに分かった。

 男性の瞳がちらちらと揺れている気がしたのだ。

 瞳の色が左右で違うことは、珍しいがあり得ないことではないと思う。ただ呂花が奇妙だと思ったのは、その瞳の前に何かが重なっているように見えたからだ。しかもそれは、ばらばらに色の付いた半透明のまだら模様をした薄い膜のようにも見えた。

 呂花は視力が悪くても眼鏡しか使用したことがないからはっきりとは言えないが、一般的な色付きの接触光学素子コンタクトレンズでもないと思う。

染恈せんぼう

 京一の呟きに呂花は口元を引き結んだ。

 これも。

蠱魅やみ……)

「朝の、子供の父親か」

 隼男の言葉に呂花は彼を見た。京一も軽く隼男に目を向けた。

 京一は呂花達よりも先に出かけているので、万夜花たかやすはなで赤子が保護されたことを知らない。こちらへやってくる二人は、あの赤ちゃんの両親なのか。

 あと少しで男性が三人に到達するというところで、だが隼男も京一もその場から動くような素振りは無い。だからなのか、呂花も何となくその場を動く気にはならなかった。

 男性にはもちろん三人を避けようとする意志は見られず、呂花は動く気にはならなかったが彼がこちらに突っ込んでくるのだと思った。わずかに身構える。男性が走ってくるがわに立っていた京一の手元には現れた。そして微かな色を灯してが、多分

 京一の行動と同時に何故か男性は三人の横で急に向きを変えて二御柱の内側へと入っていく。

 呂花は驚いた。

 男性が三人の前で弾かれたように見えたのだ。

 男性はそのまま万夜花の敷地内に入り、そこでどうしたのだろう。つまずくような障害は見当たらなかったのに、何かに足をとられてよろめいた彼は地面に両手と両膝をついた。

「うわっ、わっ!」

 両手両膝をついた衝撃で彼の瞳から気味の悪い色をした半透明の薄膜が飛んだのが見える。同じ反動でその薄膜からはらはらと更に薄っぺらい何かが皮が剥がれるかのように散らばった。しかしそれは付近で散発的に上がった緑光と共に風に流され消えた。残ったのは地面に貼り付いた気味悪いまだら模様の薄膜だけ。

 男性は手と膝をついた衝撃に驚いたのか、痛みを感じたからなのか、目を張り裂けそうなほど開け広げたまま呆然と荒い息を吐き出している。

美里みさと

 隼男が二御柱の内側へ足を踏み入れながら、美里に知らせを送った。京一も彼のあとに続くように社の敷地内に入り、呂花もそれを追う。

「はあっ、はあっ、あ、あなた!」

 ようやく追いついてきた男性の妻らしき女性が、その側へと駆け寄った。

 社の内側からも隼男の連絡を受けた美里と奥部おくべの職員の一人、石北いしきたまことが参道を前から走ってくるのが見えた。

「大丈夫ですか」

 美里が女性の側に膝をついてかがみ込み、誠が女性の反対側から男性に近づくと同じように身を屈めてその体に軽く手をかけた。

 夫婦は気づいていない。男性にかけた誠の手元が微かに光っていることに。

 男性は地面を凝視したまま肩で呼吸を続けている。

「あ、あなたどうして……しっかりして」

 男性の妻は今にも泣き出しそうに眉根を寄せ、口元を震わせている。ひどく困惑しているようだ。

「ひとまず社務所へ」

 美里が促して隼男と京一に目を向けた。

 二人が頷くと、美里と誠は二人を連れて社務所へ向かう。地面に落ちた気味悪い薄膜は鈍い光を放つと二枚が重なり、形をやや広げて地上すれすれに浮かび上がった。


 するぅ。


 浮かび上がった薄膜はそのまま社務所へ向かう彼らに合わせ、その後方に続くような動きを見せる。

 京一が軽く前方に何かをほうるように右手を振った。

 薄膜が速度を抑える制動機ブレーキがかかったように急停止した。よく見ると、薄膜の進行方向手前に長方形の薄紙が刺さっている。

「染恈。下の中級の蠱魅だ」

 区分は思念体。そう隼男が言った。思念体は負の思念が集まったもの。

 蠱魅の意識は確かにはっきりしている。けれど何かの存在そのものが蠱魅になったものでは無い、ということは呂花にもわかる気がした。

 今までに二回。出会った蠱魅は本来の姿の、多分名残があった。そしてもう少し中身が濃いというのだろうか。もっとはっきりとした質量があった気がする。

 けれども目の前の姿には変貌前の名残も見えなければ、しっかりとした重量も感じなかった。

 薄膜は動きを止めたまま微動だにしない。

 その場にはまだら模様の薄膜から剥がれ落ちる残骸が積み重なっていく。

 色合いは不気味でまったく綺麗な色とは言いがたい。茶や暗い赤。いやに明るく濃い緑。あるいはどんよりとした紫など。他にも何とも言えない色が目に入ってきて、直感で近づいてはいけないものだと感じる。

 それを呂花が見ている横で隼男がただし、と続けた。

「これは本体じゃ。本体は場所にある」

 蠱魅の中には本体から分離させたものを付着させて負を増幅させ、そのまま他の存在を最終的に取り込んだり、別の蠱魅にしてしまうものも在る。染恈はその一つだった。染恈は淡い負の感情を元とするものが多く、本体の側を通りかかったそれに反応して該当する人や何かに本体から分離させたものを付着させる。ただもともとが淡い負であるので、該当者の気分が変わったり、心持ちが落ち着けば完全に憑かれる前に付着した分離体が離れることも少なくない。

 あるいは付着している間で自然に浄化される分離体は多かったりする。たとえ一定期間分離体が付着していてもそれほど強い蠱魅ではないため、見つけた精霊または陰人たちがその場で浄化することもよくある。分離体から負の供給が無くなって本体が浄化される場合も意外にある。

 万夜花に走り込んできた今の男性の場合、まだ憑かれるにはいたっていなかったものの、実はその一歩手前の状態だった。

「呂花。今から俺と京一が分離体を鎮める」

 呂花は隼男に顔を向けた。

「陣の内側にお前も入るが、動く必要は無い。ただ流れを見ていろ」

 頷くことも返事をすることもなく、呂花は隼男を見た。その表情は少しだけゆがんでいるように見えたかも知れない。

 隼男は返事すら返さない呂花に特に何も言わず、そのまま京一を見た。

「いいな」

「はい」

 京一からは静かな応答が返る。

「俺が続けて抑えておくから、あとは任せる」

 呂花にはその言葉の意味はわからない。ただ京一からはもう一つ静かな返事があった。

「わかりました」

 三人の後方から一組の参拝客が現れて彼らがその側を通り過ぎた。

 そこからほんの少しの間。

 どうしてなのか。呂花の体は感覚を拾う。

 社の境内は虫や鳥の発する声に音、風が地表をかすめて砂や土が軽く舞い、植物が揺れ動く音などだけが響く。

 人々の営みは遠くに感じられ、自然とはこれほど賑やかな音や振動、そして様々な明るさや温度に溢れているのかと呂花は思う。たった数分の時間は妙に長く感じられた。

 参拝客の彼らが階段に差し掛かるのが見えた。

 ちょうど緩やかな風がやんで束の間の静寂が訪れる。

 一拍おいて隼男が口を開いた。

「始める」

 その場の空気が一気に引き締まった。

「起陣」

 ふっ。ふっ。ふっ。

 音と同時に三人の周囲にはそれぞれ白色、黄色、青色の光が内側から順に円状に広がっていく。

 隔陣、縛陣、防御陣。それらは大きく三人とを囲い込んで落ち着いた。

 微かな動きの気配に気づいて呂花の体に少しだけ力が入る。

 どんなことが起ころうとしているのか。呂花にはわかる気がするけれど、

 二回ほど自分が行ったことと、彼らが今ここで行おうとしていることがということだけが呂花にはわかっている。でもどこが違うのかということは、わからない。

 陣の内側は今は昼の明かりを取り込んで明るい。そして万夜花の境内と同じ位置にあるのだが、薄膜が動きを止められ三人が立っている場所には何も無い。やはり違う空間なのだと呂花は思う。そこにあるはずの万夜花の境内のものが陣の内側には無いのだ。足元にある地表の感覚も何か違う。地表が削れるという感覚も無い。強いて言えば人工物に似ている気もする。けれどとも違うのではないかと呂花は思った。転送場は狭間を通ると言う話だったが、瞬間的だったから呂花にそれをはっきり言うことはできないのではあるが。陣が一時的なものだということを隼男は言っていたけれど、もしかしたらそれこそこれは一時的な仮設の空間なのだろうか。

 二人との姿の先に陣外にある景色を見つめながら、呂花はそんなことを思った。

 陰人であれば内側からであれ外側からであれ、その中も外も見える。呂花にも確かに。薄く重なり合う三つの光の向こうに万夜花の境内が見えている。けれど近くを通る参拝者達の目には映らない。まさかそこに人がいるとも思わず通り過ぎていく。

 京一が三つの円の中央に近い場所で対象と向かい合う形で立った。隼男が彼の左斜め後方に立っていて、右の二人よりやや離れた場所に呂花が立っている。

止符とめふを外します」

気糸きしに切り替える」

 京一に続いて隼男が言う。呂花にはやはり言葉がよくわからない。何かを外して別のものにするらしいことだけが今の会話の中で理解できた。

 京一がおもむろに人差し指と中指を揃えた右手を横一線に動かす。

しつ

 薄膜─染恈の分離体─の向こうに突き立った符が消えた。分離体は一瞬束縛を解かれたように見えたが、間をおかずに伸びてきた細い糸のようなものに囲い込まれて再び動きを封じられる。隼男が放ったらしい細い糸は直接分離体には触れておらず、周囲を編まれた籠のように囲んでいるだけだ。ほのかに白い光を宿していて、その様は明かりを灯した模様のように呂花には見えた。

 切り替えが完了したのを見届けると京一が開口する。

陽光ようこう一つ。くもりに差してかげりを晴らせ。流れし涙で負を溶かせ」

 ゆったりとした速度で彼は言葉を並べていく。

 ふとどこからともなく光が一つ、動けない分離体の真上に現れた。小さな光の粒は上空から一直線に対象を目指す。光がそっと分離体に触れると、変化はそこから現れた。

 一点に当たった光はゆっくりと分離体の全てに広がっていく。

 それを見ていた呂花は気づいた。

(……色が、溶けている……)

 広がる光は気味の悪いまだら模様の上をなぞっているようだ。そして光と分離体の間、いや分離体の表面に見える水らしき透明な流れがまだら模様を抱いて染みて色が薄まると、最後は文字通りにその色を失っていった。

 言霊で支えて術を起こす。こういうことなのか。

 口元だけ動かして、心の中で呂花は呟く。

───大丈夫。

 彼らが鎮めを完遂することは確かだ。呂花には無理でも彼らには確実にそれができる。

 呂花に今できることは、ここで彼らの鎮めを見ていること。それだけだ。

光晴泫溶こうせいげんよう。……浄化」

 陣の内側いっぱいに緑光は広がる。合わせるように色が落ちて今度こそ真透明になった分離体の薄膜姿は、少しずつ薄れて最後には虚空へと同化するように消えた。

(これが、浄化……)

 きっとこの流れが真っ当な鎮め方なのだろう。

 呂花は今ようやく冷静に鎮めというものを見た気がした。

「解陣」

 隼男が言うと波が引くように陣が一つ一つ消えていった。辺りには何事も無かったように元のままの景色が在り、そしてそこに三人が立っている。

 瞑目していた京一は半身ほどふり返ってはっとした。

(……違う)

 その気配と、黒い瞳に黒髪は変わらない。けれど長い黒髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけた小柄な女性の姿。

 自分の好敵手などと呼ばれたの姿ではない。

 呆然と立っている様子もまるで彼とは違う。

「今のがまあ、だいたい標準的な鎮めの形だな」

 隼男の声に呂花が彼を見て、京一も向き直った。




「あの、」

 占師式の行われたあの日、院司いんのつかさの執務室から戻る途中であき達三人を呼び止めたのは菊七咲ひなさき星社の陰人の救出に当たった特務の一人、汐音しおね春代はるよだった。

「すみません皆さん。……今、よろしいでしょうか」

「あなたは?」

 小夜子さよこよりは背は低いが、細身であるからかやや高いようにも見える。耳下までの短いわずかに茶色が入った黒髪で全体的にすっきりとした感じの女性だ。三十代の前半頃か。黒に少しだけ濃い茶色の混じった瞳で彼女は三人を見た。

「九番案件で陰人かげびとの救出に当たった、特務の者です」

 驚いた三人だったが、仕事が押している首占しゅせんの小夜子と次の予定が入っていて時間の空かないしんの二人はそのまま職場へと戻り、もともと記録符の確認を行うつもりだった著だけが話を聞くことになった。事務方に行って空いた小会議室を一つ借りると二人は該当の部屋へと向かう。

 鍵を開けて中へ入り履き物を脱いで部屋へ上がった二人は、一つだけ真ん中に据えてあった座卓に向かい合うように座った。

「すみません、洞司とうじ。式のあとでお疲れのところ」

「いいえ、構いません」

 詫びる春代に著は笑った。

 特務であり鎮め方に所属する彼女も多忙であるのは同じだ。むしろ日常的な労働量は著達より多いかも知れない。

「聴き取りの際に私が同席できなかったものですから」

 特務と話した時に責任者の喜田きだ英郎ひでおが一人で外に出ていると確かに言っていた。彼女のことだったのだろう。特務は平常時はだいたいが鎮方のいずれかの班に所属しており、通常の鎮めや巡視などのその仕事を担っている。もちろん何らかの非常事態が起こった際に支障が無いよう、そこは考慮して特務である彼らの予定は組まれている。だから九番案件発生時に院内にいた彼らが即対応に当たった。

「お話を伺いましょう」

 春代は著を見て、どこか考え込むように頷いた。思案するような彼女のその瞳は少しだけ揺れて見えた。

「概要は聞いていらっしゃいますよね」

「ええ」

 赤符せきふを受け取った菊七咲の社司が院に緊急の救助要請。知らせを受けた院が特務に出るよう命じた。

 救助に向かったのは特務二班四名。そして後続で数名他の班員が来る予定だったのだが、間に合わず鎮方の数人が補助として出た。

 星社の敷地内で狭間の入り口である狭間口はざまこうを開くが、当該の狭間を直接開くのは危険なので付近の別の狭間口を開いた。そして担当者の放った赤符を気綱きづな─施術者の気を強く練って寄り合わせた太く黄色い光を放つ綱状のもの─を巻き付けて菊七咲の社司に持たせ、気綱は速辿気矢そくてんきし─様々なものに付随する気配やその流れを追跡する術─を付して飛ばし、彼らを捜した。どうやら別の狭間にいるらしいことはすぐに判明した。場所の特定もできたため院の観測室に確認を取り彼らがいる狭間、ろ・ふ三の状態が現時点で安定していることを把握したところで英郎は院に人員の追加を要請した。今は安定していても油断はできない。まして四人の安否も不明だ。補助の職員に院との連絡を任せ、特務の四人はろ・ふ三の狭間へ菊七咲の担当者達の救出へと向かった。

 彼らがろ・ふ三へ飛んだ直後。

 狭間自体は安定していた。ただし中の様子はそうではなかった。狭間の内側は意外に広かった。

 急ぐ特務四人に迫る暌霧けいむ─人などの通りが多い場所や大勢が集まっていた場所のに発生しやすく、ある程度の負が短時間で一時的に溜まった場合に生じることが多い。実際の霧に紛れて現れ、そこに入り込んだあらゆるものを別の道に誘導したり同行者とはぐれさせたりする特徴を持つ。恐怖や不安を強く持っている者が遭遇すると更に惑わされて暌霧の黒い霧の中から出られなくなることも希にある。取り込まれることは少ない下の下級相当の蠱魅である─を護符と浄化符を発動させてやむなく突っ切ると、そこで見たものに彼らは衝撃を受けたと言った。

 四人はまとまって見つかったが、状況の変化は恐ろしく早かったと英郎は言った。

 津波のように真っ黒い蠱魅が大挙して押し寄せてくる光景があったのだ。まだいくらか距離があったため、彼らは急いで四人を救助して場を離れようとした。

 だが。

 特務二班の今回一番酷い負傷をした彼がすぐ近くの狭間側面が盛り上がったのを発見した。春代に抱えていた男性を預けると彼はすぐに術を放って緑光を走らせ、英郎に飛べと叫んだ。蠱魅が狭間の外側から流れ込んでくるのを防いで時間を稼ごうとしたのだ。状況を察した英郎もまたもう一人の特務最年長の男性職員に自分の抱えていた男性を預けると彼と春代に飛べと言って若い男性職員の側に駆け寄るが、ばりっという音と共に若い彼が押さえている側面が破れて蠱魅の群れが飛び出してきたのだという。春代ともう一人の男性職員は残っている手持ちの護符や浄化符などをで飛んだと言い、英郎もまた同様にして無理矢理若い彼を自分の方に引き寄せながら最後は術を放って飛んだのだと言った。

 話を聞きながら著も背筋が凍った。ただの三番案件がとんでもない事態へと話が及んでいる。

「……見たことの無い、ものでした」

 春代の顔は強ばっている。恐怖は想像を絶するものだろうと著は思う。

「気配は真っ黒で、迫ってくる強い圧迫感がありました」

 ふと著は春代を見つめ直した。

(真っ黒……圧迫感……)

 少しだけうつむいて、そして春代は顔を上げた。

「あの時、」

 一瞬だけ見えたもの。

「菊七咲の人を引き寄せながら慌てて何とか飛ぼうとして、」

 顔を上げたそのわずかな時間でそれは春代の視界に入った。

「小さな光を見たんです」

「え、」

(光?)

 思わず著が驚いた。

 そんな著に春代が頷く。

「何の光かは、わかりませんでしたが」

 破れた狭間側面の、蠱魅がなだれ込んできた方向のその反対側。春代達のいた場所から少しだけ離れた場所にそれは見えたのだと彼女は言った。

「……色は?」

 聞かれて少し考えた春代だがあっさり答えた。

「無色透明です」

 著は口元に手を当てる。

(透明……)

「でもあの真っ暗な中、明るく見えたので光だったことは間違いないだろうと」

 占師式の結果は九番案件の中身を示しているのか。手がかりは同時に謎を伴ってやってくる。

 著が春代に礼を言って二人は小会議室を出た。

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