第9話 鎮め

 一変した空気に呂花おとかは周囲に気を張りめぐらせるようにする。

、いる?)

 不快といえば不快だが、何か言い当たらない気がする。

社司しゃじ

 心配そうに隼男はやおが声を上げた。

「判断は任せるよ」

 呂花に目を向けたまま、水有なかなりはそう言った。

 危なければ手を出せということか。

 隼男は反対側にいる京一きょういちに目をやった。その意を察して京一が頷く。

 二人の張った一番外側の検査用のじんはまだそのままだ。

 その中に、呂花の周囲を漂う黒っぽい影が見えている。

 呂花を覆えるほどのは、表面のあちこちでボコボコとおうとつを繰り返していて形が定まらない。

 全体は半透明で、ところどころに赤や茶色の別の色が混ざった、まだら模様をしている。

 だが妙に生き物のように思えるのは、黄色い二つの光が何か、目のように見えるからかも知れなかった。

很幽こんゆう───」

 隼男がぽつりと言う。

 人や他の生き物達の欲望、憎しみ、恨み、ねたみ、そねみ、悲しみ、怒り、絶望───負の感情が気の滞るような場所に寄り集まって形をなした蠱魅やみの一種である。

 珍しいわけでもなく、強力というわけでもない、ごくごく低級の蠱魅だ。

 だが、それは陰人かげびとの常識であって、一般の人々に対処できるものかといえば、そうではない。

 いくら桐佑きりゅうの生まれ変わりだとしても、記憶の戻っていない呂花は普通の一般人となんら変わらない。

 今の検査で陰人の素質があることが証明されたとして、素人同然の呂花に対処させるのには無理がある。

 ただもしかすると、という思いが一同の中にあるのもまた、事実ではあった。

 感覚に翻弄されるように、呂花は必死で何かわからないその気配を探る。すでに呂花にとってこれが検査、単なる確認だという意識はなかった。今感じているのは確かな身の危険だけだ。

 気配を察して、身を避けて。何度か繰り返したところで呂花はとうとう一歩、後ずさった。

 ちら、と目の前を何かがかすめ通る。

 はっとするが遅い。

(しまっ……っ)

 時をわずかに外して呂花が很幽と接触した。

 顔に衝撃が走って左から体を床に叩きつけられる。

 反動で眼鏡が飛んだ。

「……っ!」

 いくつか息を呑む音がした。

 動こうとした隼男と京一の前で、呂花は襲いかかろうとしている很幽を横に転がるようにして避けた。

 片膝をついて素早く上半身を起こすと、両の手のひらを重ねるように交差させて前方に突き出す。

 気配が止まった気がした。

 肩で息をする呂花の右頰から合わせるように、ぽたり、ぽたりと赤いしずくが落ちる。

 周りの空気までが凍ったような錯覚を起こしながら、呂花は両手をそのままに、ゆっくりと立ち上がった。

交差掌縛こうさしょうばく

 美里みさとが小さく呟いた。

 交差掌縛とはその名のとおり、両の手のひらを交差させながら重ねて対象の動きを封じる、陰人達が使う縛術ばくじゅつの一つだ。

 通常よりも更に弱い術ではあるが、很幽程度なら効力は十分だ。 

 実際、動きを封じられて很幽をはぴくりともしない。

 浅かった呂花の呼吸が緩やかになる。

 目の前の圧迫感が薄れた。

 同時に再び呂花の前が開かれていく。

 そうして見えたものは、呂花に今までで一番ひどい衝撃を与えたかも知れなかった。

 その表情の変化に全員がはっとする。

「很幽が、

 しんが呟く。

「───っ!?」

 今自分の目の前にあるものは何だ。

 お化け、幽霊。そんな言葉が頭をよぎるが、まるで当てはまらない。

 少なくとも呂花の想像の範疇ではない。

 そんな生易しいものじゃない。もっと、何か得体の知れない。

(違う)

 自分が口にした言葉と思い浮かべた文字に、呂花は恐怖する。

「───……っ、い、」

 言葉がこぼれた。

 掲げた手から力が抜ける。一つ後ずさって、呂花の腕が宙から滑り落ちた。

 はっと隼男と京一が呂花の異変に気づく。

「……や───っ!!」

 突如叫んで呂花はその場にうずくまる。

 一同が驚き、両脇の隼男と京一が陣をいた。

 束縛を失った很幽は呂花を求めるように、ふらふらと近づいていく。

「待って」

 静かに、けれど強く制止する声がかかって、隼男と京一は動きを止めて水有をふり仰いだ。

「見て」

 言われて他も彼の指差す先を見た。そして驚く。

 薄く、呂花と很幽の周りを取り巻くように、淡く頼りなげな白い光が走っているのが全員の目に映る。

隔陣かくじん

 通常の空間と陰人達が鎮めを行う空間を隔てるために用いる陣のことである。

 言ったのは京一だ。

 声の聞こえた隼男が顔を上げて彼を見た。

「完全ではないですが」

 頭を抱えて座り込んだ呂花の目の前で、很幽が止まった。

 でこぼことした塊の中から一部を引き剥がす。その動作は音がしないのに、べり、と聞こえるようだった。

 引き剥がされた部分が差し伸べられて、呂花に触れる。

 他の誰もが顔色を変える中、一人水有だけが落ち着いた様子で呂花と很幽を見ている。

 呂花に触れた很幽の先が何ともいえない、枯れた葉っぱのようにくすんだ小さな光を発した。

 很幽は何をしようとしているのか。

 ふと何かに気づいたのか、呂花が顔を上げた。

「……え」

 かすれた声で呟き很幽を見る。

 困惑しきった目で很幽の黄色い二つの光を見上げていたが、急に口を引き結んで頷いた。

「……いや、うん。ごめん、なさい。大、丈夫。怖くない」

 その様子はまるで很幽と会話をしているように見える。

 それにこそ一同が驚愕する。

意識体いしきたい

 驚いて言ったのは哲平てっぺいだ。

 蠱魅には大きく分けて二種類ある。

 負の要素を含む思念だけが寄り集まって形をなした思念体しねんたいと、その存在そのものが蠱魅に昇華した、あるいは蠱魅にかれた存在が体ごと取り込まれてしまった意識体というのがそれだ。

 この很幽は後者だ。

 当然、その対処の仕方も意識体の方がより慎重さを求められる。

?」

 礼成まさなりが呟いた。少し離れて陣越しで、しかも很幽はこちらに背を向けているので、はっきりとわからない。

 ぼこぼことした塊の中にうっすらとそう、暗い影を纏う人の形があった。完全な人間の形ではないけれど、間違いなくそれは人であったのだと、陰人の彼らにはわかる。

 その很幽の中にある黄色い二つの光が今、呂花を見下ろしている。呂花はその二つの光を見つめ返してもう一度頷いた。

「……大丈夫。は、怖くない」

 そう言った呂花の表情に先ほどのような怯えた様子はなかった。

 瞳に生気が戻っている。

 何とか落ち着きを取り戻したのだろう。

「え?」

 今度は戸惑うように呂花が声を上げた。

 目の前のこの存在は、自分に何をとしているのか。

 呂花の見たことのない、この異様な姿になったこのは。

 呂花に何を言おうとしているのだろうか。

───助けて。

 届いた声に呂花はびくりとする。

 自分の言葉かと、一瞬思った。

 呂花の前には半透明なものの中に、暗い影を纏う崩れかかった人の姿が、ある。

 そのが呂花に訴えている。

 助ける、どうやって。

 呂花はここにいる人々のような人間ではない。

 自分に起こったことですらわからなくて、何をどうしたらいいのかもわからないのに。

 けれどその苦しさだけは、呂花にも伝わってくる。

(どうしたら、)

 もう嫌だと。限界だと。

 呂花に触れたその先から伝わってくる。

───早く、

 目を見開いて呂花は光を見上げる。

 何でそんな。

 消すだなんて。

 黄色い光が揺らいで見える。

 まるで、泣いているみたいだ。

(何か……、)

 考えたって何も浮かばないのに。

 それでも焦る気持ちで呂花はを考えようとする。

 ただ何故か外の彼らのことは頭に浮かばなかった。

 思案する呂花の前で很幽の半透明の体がぼこっ、と跳ねた。

 全員がはっとする。

───嫌だ……っ!

 呂花は思わずに両手を伸ばす。

 どうしてそうしたのかは、わからない。

 でも、と呂花は思う。

 違う。

(消すんじゃ、……!)

 もう一度動き出そうとした很幽の体が、止まった。

 動きを止めた彼にほっとした呂花は、気を緩めかけて、でもそれはできなかった。

 自分の彼に触れた手元に、小さな光が灯ったからだ。

 驚いた呂花は息を吸い込む。

「っ!」

 ふと彼の声が聞こえた。

───そのまま、

 很幽から呂花に伸びた先が、更に鈍い光を放った。

 そのまま、何をやれというのか。

 どうすれば良いというのか。

 困惑する呂花に、彼が言った。

───手に力を入れて。

 言われるまま手に力を入れてみる。

 ふっと呂花の手元の光が、一斉に広がって很幽を包んだ。

 呂花自身に嫌な感じも恐怖もないが、彼にとってこれが、本当に良いことなのかどうか。

 ただ何かが自分の中から彼に向けて流れていくのだけが、わかった。

 声が再び聞こえて、呂花は思わず答える。

「これ?大丈夫。痛くないから」

 他の人々には呂花と很幽の話の中身まではわからない。

 おそらくは頰の傷のことを言っているのだろう。

「あなたは?」

 眉根を寄せ、声を落として心配そうに尋ねた呂花は、しばらく黙って很幽を見上げていたが、届いた声に頷いた。

「わかった」

 何を話しているのか。

 呂花の様子を全員が静かに見守っている。

 呂花は瞬いて很幽を見ると一言言って、笑った。

 口ではそう言いつつも、内心は本当に大丈夫なのか呂花は心配でならない。

 だって、彼は、と言ったのに。

 呂花が思う間にも隔陣の内側から光がこぼれるほど強く発光して、ゆっくりと潮が引くように収縮していく。

 很幽の姿がその光とともに薄れていく気がして、呂花はあ、と思う。

(待って……!)

 消したいんじゃない、助けたいのに。

 黄色い二つの光が小さく揺らめいた。

 はっきり見えない彼の顔が、微笑んでいるように見えた。

───笑って……。

 はっとして思わず泣きそうになりながらも、呂花は唇の両端を上げるようにする。

 呂花の脳裏に彼のは確かに届く。

───ありがとう……。

 消えていく很幽を泣きそうな顔で、それでもその姿が消えるまで、呂花は笑って見つめていた。

 本当にこれで良いのだろうか。

 很幽が消えると同時に、隔陣内に渦を外へ放つような風が吹いた。

 それが収まると、辺りには很幽の姿も暗闇も、そして呂花の隔陣もすべてが消え去っていた。

 呂花は何を思うでもなく、静かにもう一度まぶたを閉じて開く。

 開くと同時に、どうやって起こったのか。

 呂花を中心として広間全体に緑の光が広がった。

 そして微かな風とともにふわりと跳ねて、光は唐突に消失した。

した」

 まどかがぽつりとこぼす。

「……っ」

 光が消えると同時に呂花は両手で口元を押さえた。

「……っ!!」

 座り込んだ床に左手をつくようにして、全身で荒い息を繰り返す。口元に残っていた右手をずらして左の胸元をかきむしるように服ごとつかんだ。心臓に手が触れたなら、そのまま潰すほど握りしめたかも知れない。

 彼の姿が見えた時、一緒にものは、何だったのか。

 あまりに突然で、あまりに早すぎて頭も体も心も、ついていけない。

「おい、大丈夫か」

 側に来た隼男が屈むようにして上から声をかけるが、呂花には聞こえてなどいない。

 胸が苦しい。息ができない。

 これは感情なのか。

 涙が止まらない。でも。

 これは呂花のものじゃない。

 どうして彼は苦しんだのか。

 何で、あれほどが、あんな姿になっていたのか。

 助けてと言ったのに。

 自分は、しまったのか。

 辛い、苦しい思いをして、あんな姿になって苦しんで。

 最後に、呂花が消してしまったのか。

(私は……っ)

 恐怖だけではない。この感情は何か。感情、そんなものじゃない。自分の薄っぺらい中身に、これが当てはまる何かはない。

 自分が全部壊れると思うくらい、それは内で暴れ狂う。

 やり過ごそうと、襲ってくるに耐えようとして、息と涙が体の外へとあふれ出ていく。

「……っはあっ、はぁっ、は……っ」

 あまりの呂花の様子に誰もが驚く。

「まどか」

 水有が静かに促し、慌てて名を呼ばれたまどかが、はい、と立ち上がった。

 彼女は呂花に駆け寄るとその右側に屈み込み、肩に自分の左手をかける。そして右手を軽く呂花の前にかざすようにした。

 ぽっと淡い光が浮かぶ。

 顔にあった呂花の傷が消えて、光が止んだ。

 続けて呂花の肩に置いた手をまどかはずらして軽く背中に当てた。

「息を吸って」

 声は聞こえるが、体がいうことをきいてくれない。

 それでも呂花は何とか息を吸い込んだ。

「───っ」

「……ゆっくり、吐いて」

「はっ、……はぁ……はぁ……」

 ぼたぼたと涙か汗か、呂花の顔を滑り落ちたそれは床を濡らす。

 ようやく体に意識が行き渡って、右手で服をつかんだまま呂花は上体を起こした。

「……大丈夫かい?」

 焦点が合ったのがわかって、まどかが呂花をのぞき込むように確認する。

 まだ少しあえぎながらも呂花は小さく頷いた。

「今のが、」

 呼吸の落ち着きかけた呂花は、そのとおる声に顔を上げる。

だよ」

 響く水有の声は、呂花を凍り付かせた。

(そんな)

 床から放した手を、呂花は見る。

「残念ながら、君が今の蠱魅を鎮めた。それも誰の助けもなく一人で。これ以上ない最良の結果だね」

(嘘だ)

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 全部嘘だ。

 自分はいまだに夢を見ているのだ。

 今までに起こったことは全部夢だ。ずっと呂花は悪夢を見続けている。

 そうに決まっている。

 だって今まで一度だって自分にあんなものが、あのような存在が、見えたことなどない。

 ふと誰かが側に来る気配があって、差し出された物に呂花は驚いた。

 それを差し出したのは京一で、差し出されたのは。

(眼鏡……)

 一瞬らちもない考えが頭をよぎった。

 そんなはずはない。

 呂花は生まれつきの近視なのだから。

 呆然としたまま座り込んでいる呂花は一拍おいてそれを受け取る。

 悪夢から覚める手立てはないのか。

 自分には今見えないはずのものが見えた。

 そして、何よりも。

(私は、いったい、今、何をした?)

 水有は呂花が蠱魅を鎮めたと言った。

 それは何をすることなのか。

(私は……少年かれを……)

 消したのか。助けを求めたあの少年を、消してしまったのか。

「呂花。認めたくなくとも、認めざるを得ないこともある。君は少なくとも、陰人であることは認めるしかない。今の結果は、君自身が証明した事実なのだからね」

 すべての陣は完全に消えたはずなのに、呂花の目の前も頭の中も、真っ暗な闇が覆っている。

「それから。君がここに戻らなければならない最大の理由。今からそれを説明するつもりだったのだけれど。少し休んでからの方が良いかな」

 これ以上、何があるというのか。

 審、と水有が呼ぶ。

「はい」

 審が水有に向き直る。

「説明は君に任せるよ」

「承知いたしました」

 言って審は軽く頭を下げた。



 あの日現地は薄曇りで、昼を過ぎる前に雨が降り出した。

 京一は英橋ひらばし颿朱里ほあかり星社近くで気配を初めて捉えた。

 後日、英橋全域を数日かけて捜したけれど、まったく途切れたようにその気配すら見つけられなかった。

 いん経由で回ってきたの案件で晴上はれのぼり に行ったのは本当に偶然だ。この時の京一は桐佑の捜索について何も考えてはいなかった。

 依頼元の陰人と合流するつもりで目的地へ向かって歩いていただけだ。

 ただ、何故か自分は目的地に飛ば

 何となく歩く気になって、少し離れた場所から歩いて現地に向かっていた。

 それだけだった。

 それでも。

 捜していた気配には嫌でも気づく。

 前方から近づいてくる気配に思わず京一は顔を上げた。

 自分の目の前まで来てすれ違っていったその姿に、言葉にできないほど強い衝撃を受けた。

 動けなかった。

 間違いだと思った。

 自分が気配を捉え間違えたのだと。

 けれどその前に後ろに。

 入れ替わり立ち替わり、ふわり、ふわりと現れては消える存在達が、遊ぶように周囲をかすめ、めぐり、去って行く。

 更には姿が去った後。

 淡い緑光が閃いて流れたのを、京一は見たのだ。

 桐佑だと直感は告げているが、目にした姿は桐佑とはあまりにかけ離れていた。

 声をかけることなどできなかった。

 そして何かに引っ張られるように、社の入口に向かったあの時。二御柱の前で立ちつくしていたのは、すれ違ったその姿と同じ。

 気配も間違えるはずのない、のものだった。

 初めて会話をした時も、審とまどかに促されて広間を出て行く様子を見ても、同じ人間だと京一には到底思えなかった。

 水有と興輔を広間に残し、それぞれの仕事に戻る途中、誰に言うともなく隼男がぽつりと呟いた。

「しかし、まるで信じられないな。本当にあれが桐佑なのか?」

「まるで別人だぜ。俺なんて京一が一緒にいても気づかなかったんだから」

 五人の一番前を歩きながら哲平が言う。

 確信を持ってここまで連れてきた京一自身、わずかな不安が拭えない。

 気配は間違いない。

 けれど、哲平の言うように、まるで違う人間だ。

「隼男、支部に行ってきます」

 部屋がいくつもある境部さかいべ本舎ほんしゃまで戻って来ると、京一は彼らから離れた。

「……あいつも、信じられねーんじゃねーの?」

 去って行く背中を見ながら、哲平がもう一度言った。

「哲平、私達も早く行かないと。まだ紅八くやの件終わってない。それに社務所、誰か来てる」

「んあ、ああ」

 どこか感情を感じさせない美里の声に哲平が頷いた。

「……記憶が無いのは予想できただろうが。好敵手がまさか性別まで変わって、あれほど様子が違えば、さすがに戸惑うか」

 二人が行ってしまうと、その方向に目をやったまま、隼男が息をつく。

 その横でふっと笑ったのはてるだ。

「あんなな鎮めをするのは桐佑しかいない」

 彼女は更に言う。

術言じゅつごとは無い上に、手を上げただけで蠱魅をそのまま浄化だぞ?」

 それに、と礼成が続けた。

言呪げんしゅ

静かなその言葉に隼男と照が彼を見た。

 言呪とは言葉を発しながらその言葉に術を重ねるものである。

 何の術をかけていたのかといえば、心吐と書いてそのまま〈しんと〉とも〈うちはかせ〉などとも言う、相手の本音を言わせる術である。ただし、相手の内側などに入り込む術は絶対ではない。それに元来が滅多に使うことのない術だ。

 今回の場合、おそらく水有は桐佑の記憶が出てこないかと試してみたのだろう。

 だが呂花はそのすべてを無意識のうちに跳ね返していた。

 確かにその姿、様子はまったく違う。

 それでも。

 がどれほどとかけ離れていようとも。

 呂花自身がどう思おうとも。

 そのは自分たちにとって間違いなく桐佑なのだ。

 当面は様子を見るしかない、ともう一度隼男が複雑な面持ちで呟いた。

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