第10話
「きゃっ」
小さな塊が俺の胸元に着地する。どうやら、頭のようだ。微かにフローラルな良い香りがした。
「すみません。あ、危ないですよ」
慌てて体制を立て直そうとしたため、相手がバランスを崩しているのが分かった。俺はその時妙に冷静で、相手の背中をそっと支えて何とか二人で転ぶという悲惨な事故を防ぐことができた。人は不思議と相手が慌てていると、自分は妙に冷静になるものだ。
照明がつき、視界が突然明るくなる。
目の前にいたのは、椿咲課長だった。普段ではありえないくらい、距離が近い。
「椿咲課長!? どうしたんですか。こんな遅くに」
渡辺と白石さんも駆け寄る。
椿咲課長は心なしか少し焦った様子で顔も赤い。
「その、誰かが閉館のスイッチを押したみたいで、慌てて管理人室に電話をしたのよ。それで、そういえばあなたたちが会議室にまだ残っていたことを思い出して、様子を見に来たの」
話し始めると、落ち着いてきたのか、徐々にいつものテキパキとした課長に戻ってきた。
「課長、ありがとうございます~。すごく怖かったです~」
白石さんが、友達のように飛びつく。本当に怖かったようで、泣きそうな顔をしている。椿咲課長が白石さんの頭をなでる。小動物を可愛がるような眼差しだ。
白石さんは甘え声を出しながらも大きな瞳を忙しそうに動かしていた。どうやら俺と椿咲課長を交互に見ているようだ。
「大丈夫? 怪我はない? それと、どうなの進捗は。帰れそう?」
白石さんだからなのか、いつもより優しい。さすが事務所の最強癒やしキャラだ。
「まだ三千部ほどあります~」
渡辺が泣きそうな声で応える。こちらは図体がでかいせいか、可愛くない。俺は諦めて白石さんに告げた。
「もう遅いし、白石さんは帰って良いよ。手伝ってくれてありがとう」
「え、でも。こんな中途半端な状態では帰れません。最後まで手伝わせてください」
白石さんは本当に優しい。
「私も手伝うわ。さっさと終わらせましょう」
「え、課長!?」
驚く俺たちの反応を待たず、課長は作業を始めた。説明すら必要ない様子で、手を動かし始める。
「何ぼーっとしているのよ。終電、逃すわよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「まさか終電に間に合うとは」
つり革を確保した渡辺は驚きと達成感で興奮していた。終電は混雑していた。白石さんと椿課長も今頃反対方向の電車に乗っているだろう。
椿咲課長の作業スピードは尋常ではなかった。俺たちの二倍、いや三倍のスピードだったかもしれない。紙が手に吸い付いているのではないかと思えるほど、鮮やかな手裁きだった。パンフレットを折る、そろえる、入れる。単純な作業なのに、ここまで差がつくことに理解ができない。
滑らかに動く五本の指に思わず見とれていると、椿咲課長は照れながら怒った。
猛烈なスピードアップの末、俺たちの作業は終電に間に合う時間ぴったりに終わった。渡辺が呟く。
「なあ、まさか椿咲課長は終電の時間を見込んで現れたんじゃないよな?だとするとハイスペックすぎるよな!? 」
「まさか・・・」
まさか、魔王に助けられるとは。
◇◆◇◆◇◆◇◆
帰宅すると、例のごとくパソコンの電源を入れてしまった。。
なんとなく、同じRPGゲームをプレイした人達のコメントを見る。クリアした人たちのネタバレコメントだ。すると驚きのコメントが並んでいた。
>エンディングは二つ。魔王も仲間にできる。
>どうやって?
>倒して点滅している時に白魔法。
>魔王から姫になったときは驚いたわ。ある意味王道だけど。
>カエルの王様。美女と野獣。的な?
>姫だけどな。しかも強すぎ。
>ツバキって女っぽい名前だと思ってたわ。
>主人公、尻に敷かれる??
驚いた俺はゲームを起動した。何度も聞いたレトロなタイトル音楽が流れる。
メニュー画面を呼び出し、パーティーを見ると、何故か魔王であったはずのツバキが姫としてメンバーに加入していた。これがコメント欄で話題になっていたもう一つのエンディングというやつか。
髪の毛の色は魔王の時と同じだが、美しい姫として見事に生まれ変わっていた。ただ、よく見るとステータスがずば抜けて高い。さすが元魔王といったとことか。しかし、もう一つのエンディングを引き出すという白魔法を使う操作はしていないはずだ。無意識に使っていたのか? それともバグか?
そういえば、現実でも白石さんが椿咲課長に抱きついた後、急に椿咲課長が優しくなったような気がする。白石さんの癒やしという白魔法が椿課長に効いたのかな。
現実とゲームが交差している??
・・・まさかな。
パソコンの電源を落とし、俺は眠りについた。
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