代償

 結晶は割れた。身体も、元に戻った。

 カリンは、誰かに強引に起こされて目を開けた。幅広の紐のようなものが身体に巻かれていく。

 魔力が紐に吸い取られていくのを感じた。


 タモンと数人の研究員達がカリンとルッダを拘束していた。タモンの手には銃があった。銃口がこちらに向いている。


「素晴らしいものを見せてもらった!」

 タモンは先ほどの乱闘も忘れたかのように上機嫌だった。興奮している。

 封印が解けた。そして、入れ替わりをこの目ではっきりと見た。命の操作を、またしても見せつけてくれた。

 素晴らしい。

 全くもって素晴らしい。

 カリンの前に屈んでガフガフと喋る。

「そいつはね、魔力を封じる特殊な紐でね。もう十分カリンちゃんの力は見せてもらったから。これ以上は、余計なことしてほしくないんだよ。」

 タモンはカリンの方を向いたまま、ルッダに銃を向けた。彼女の両の太腿を躊躇いなく撃ち抜く。

 拘束されたルッダが苦痛で叫び、がっくりと項垂れた。


「やめろ!何てことを!ルッダ!ルッダ!」

 カリンはタモンを詰るが、押さえつけられていて動けない。ルッダに駆け寄りたいのに。

「もしね、また変なこと考えられちゃいけないからね。ちゃんとわかって貰おうと思ってさ」


 タモンが話し終わる前に、彼の上に影ができる。

 見えていたかのように、その影にも冷静に銃声を浴びせる。影は後ろに吹き飛んだ。揉んどり打つ。

 影はオジーだった。

「お前…お前!…よく…よくもルッダを……!」

 オジーは肩で息をしながら態勢を整える。

 もう一度、飛びかかる気だ。

 カリンがタモンに叫ぶ。

「やめろ!」

 タモンは今度こそオジーに向き直り、眉間に向かって引き金を引いた。

 オジーの頭を弾丸が貫いたーーはずだった。


 パンという音と共に銃弾はオジーの目の前でぴたりと止まり、落ちた。

 

「え」

 タモンは、自分の身に何が起きたのか一瞬わからなかった。遅れて、痛みがきた。右手を見る。

「あ…ああ…ああああああああああああああ!!!!!!」

 手首から先が無かった。銃ごと、吹き飛んでいた。彼は傷口を押さえて膝をついた。


「…やめろっつってんだろ。」

 カリンは吐き捨てて立ち上がった。研究員達は壁まで弾かれ、紐が、焼き切れて灰のように落ちた。


 絶叫するタモンを見てパニックになった研究員が、我先にと逃げ出していく。


「カリン…」

 ルッダがよろよろと近付いてくる。太腿の傷は塞がりかけていた。

「ルッダ…ルッダ…!」

 涙が溢れそうだった。やっと、これでやっと。


 だが。

 カリンとルッダは同時に気がついた。


「何か」が近づいてくる気配がする。

 とてつもない「何か」が。


 ああ、そうだ。

 まだではないか。

 命を操るのは、あまりにも大それた術だ。

 その代償が、まだ。


「オジー!逃げろ!」

 弾かれたようにカリンが叫ぶ。

 オジーは目まぐるしく変わる状況についていけず、肩の傷口を押さえて呆然としていたが、見知らぬ少女に名前を呼ばれてハッとする。

 逃げなければならない、のだろう。

 でも。

 ルッダが。


 駄目だ。

 間に合わない。


 来る。


 音が消えて、空気が震えた。


 次の瞬間、大きな力のうねりが、研究所を丸呑みにした。





 呑まれる寸前、ルッダはカリン達を守ろうと魔力を解放したが、二度目の奇跡は起きなかった。

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