暴走

 ルッダは妹想いだった。


 辛そうな妹を見ていられなかった。

 研究所に来てから、確かにカリンが弱っていくペースはゆっくりになったように思う。しかし、回復はしていない。治療してくれるのではなかったのか。

 だが、どうして良いかわからなかった。

 本を読んでみても、一向に答えは見つからない。

 そんな時、子供の頃に夢中になって読んだ絵物語をふと思い出した。

 運動が得意で男勝りの姉と、勉強が得意で大人しい妹の双子が、魔法の腕輪を付けることで事件を解決していく冒険劇。


 子供じみた発想だった。

 正式な儀式ではないため、タモンの部下が魔術を調べても、わからないのも当たり前の話だった。

 そもそも、成功するはずがなかった。

 魔術道具を揃えるでもなく、呪文を唱えるでもない。

 ただ、その無茶な方法を実現できるだけの規格外の魔力があった。「命を操る力」。カリンならできる。私の力も加えれば、叶うはずだ。

 黒水晶の腕輪は、雑貨屋で買った安物である。

 何の呪力もこめられていない。

 作品の腕輪に「見立てた」だけだった。

 それがあるだけで、できるという確信が強くなった。


 簡単な、取り決めをした。

 腕輪をはめたら、お互いの命が入れ替わる。

 お互いが、相手の真実の名前を呼んだら解除される。

 

 そう、まるでオママゴトのような約束をした。


 カリンは、ルッダが冗談を言っていると思っていた。だから最初は面白がって、やり方についてアイデアを出したりもした。

 だが、本気と知って恐ろしくなった。

 そんな子供のおまじないが成功するわけがない。

 それに、二人共、下手に強い魔力を持っているだけに、どんな作用が現れるのか、わからない。カリンは特に、魔力のコントロールが未熟だった。知識も技術も無かった。


 ルッダはここに来てから勉強し、練習し、色々なものを意のままに操れるようになっていた。

 生来の魔力の強さはややカリンに劣るものの、それでもエルフの中でも常軌を逸したものであった。

 だから、私が主導権を握って、カリンの魔力を少し借りれば良い。私の魔力をカリンの魔力に作用させれば、私が操ることができるはずだ。

 これは素晴らしい考えのように思えた。

 魔力のコントロールができるようになるほど、ルッダの暴走は加速していった。近視眼的な考えから抜け出せなくなっていった。


 ある日、タモン達がこの研究所でカリンに何をしているかを、知ってしまった。

 カリンを治療するどころか、その魔力を搾取し、金儲けをしている。

 許せなかった。もう我慢の限界だった。

 カリンに、元気な肉体を与えてあげたかったのに。

 ただ、それだけだったのに。


「おいで!逃げよう!」

 ルッダはカリンを連れて逃げようとした。

「どうして?嫌だ!」

「私達、騙されていたの、治療なんて嘘だった!」

「そんなことない、そんなこと…」

 カリンが首を振る。泣いている。

 ルッダは最近、おかしい。私の話をちゃんと聞いてくれない。

「こんなところ、逃げなきゃダメだよ」

 ルッダがカリンの腕に強引に黒い腕輪をはめる。魔力を集中させた。

 カリンの魔力が、勝手に腕輪に流れて行く。

「何すんの、本気!?」

「逃げて、必ず。」

 同じ腕輪をルッダは自分の腕にも装着し、魔力をこめる。

「そんなことできない!」

 ルッダの口が動く。

「約束は覚えているよね。名前を呼ぶの。」

 腕輪が、きつく締まる。

 視界が暗くなる。


 気絶していたのは一瞬だけだったように思う。

 顔を上げると、タモン達がいつの間にか部屋に入ってきていた。

 ルッダは、自分の手を見る。

 白く、細い、カリンの手だった。


「何をしてやがる!」

 タモンの怒鳴り声が響いた。

「逃げようったってそうはいかねえからな!」

 ルッダの本当の身体が、タモンに持ち上げられている。

 顔を掴まれている。床に叩きつけられる。


 ダメ、カリンを傷つけないで

 カリンを守らなきゃ

 カリン、身体が

 カリン


 力一杯叫ぶ。

「やめて!」

 魔力を解放する。

 カリンを、守らなきゃ。

 

 


 何かが弾けた気がした。

 瞬く間に、カリンの本当の身体が結晶に覆われていく。

 それは、混乱したルッダが起こした、起こってはいけない奇跡だった。

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