解放
ルッダは朝食を済ませて家を出た。
今日の監視もオジーだった。昨日の剣呑なやり取りが無かったかのように、明るく話しかけてくる。
「おはようさん。よく眠れたかー」
ルッダは頷く。
オジーは、ルッダの隣にいるのが気に入っていた。
ルッダは、こちらの話を無視しているようでいて、ちゃんと聴いている。
それに、エルフだというのに、森で虫や獣に出くわすと、微かではあったが、まるで初めて見たかのような驚いた表情をするのが面白かった。
それは、他の隊員達のように離れてではなく、隣に立っているからこそ読み取れる変化だった。
ルッダの感情をもっと引き出してみたくて、いつもオジーはあれこれと話しかける。
話しているうちに、研究所の前に来た。
二人とも、驚いた。
タモンが、部下達を引き連れて待っていたのだ。
「…何の用だよ?」
ルッダが訝しげに聞く。
ニヤニヤ顔のタモンが答える。
「おはよう。良い天気だな。こんな日は、花も綺麗に咲くだろうね。」
右手の指輪をタモンが操作して、何やら呟いた。
すると。
グジュリ
不快な音を立てて、ルッダの顔の緑色の瘤が、小さく破裂した。
中から、赤黒い花が顔を出す。
「うわあ!」
オジーが驚いた声を出した。
「何…だ…これは」
ルッダは自分の顔に咲いた花を掴む。
「おっと、動くなよ、ルッダ。」
タモンが命令する。もう、これでルッダは思いのままだ。
ルッダはそのまま動かなかった。
タモンは満足そうに頷いて、ルッダの方へ歩き出す。
だが。
オジーの目には、ルッダが笑ったように見えた。彼にしかわからないほどの、僅かな表情の変化。
一呼吸おいて、ルッダは自分の顔から花をゆっくりと引き抜いた。
ブチブチという耳障りな音と、激痛。
「うああああああああああ!!!!!!!」
血が吹き出る。肉片が絡み付いた根まで、むしりとる。
タモンが驚いて怒鳴った。
「何をしている!」
支配は完了したはずだ。何故命令が通じないのか。慌てて駆け寄ろうとする。
オジーがタモンの前に立ちはだかった。
「ルッダに触んな!」
タモンの部下達が、オジーに飛びかかってきた。
オジーはその太い腕で凪ぎ払う。何人かがそれだけで吹き飛ばされた。回転する勢いのまま、さらに二人蹴り飛ばす。
両手で一人ずつ掴む。二人をぶつけて、タモンに投げつける。
タモンは避けることも出来ずに、部下達の下敷きになった。
一瞬の出来事だった。
オジーはタモンの襟首を掴み、殴りかかろうとした。
「やめろオジー!」
「でもよルッダ!許せないだろ、こいつに…!」
顔の傷の話をしようとして、昨夜のことを思い出し、オジーは言葉を失う。
「…わーったよ。」
渋々、タモンを地面に落とした。とっくに気絶している。
そして、ふと気づく。ルッダが、初めて自分の名前を呼んだことに。
ルッダは肩で息をしていた。出血は止まっているようだが、かなり辛そうだった。
「医者に行こうぜ。」オジーが身体を支える。
「いや…大丈夫だ…薬なら…ここにも置いてある。」
「んなら、俺が取ってきてやる。場所だけ教えてくれ。」
ルッダはオジーの顔を見上げて、力無く微笑んだ。
「…ありがとう。」
「お、おぉ…」
ルッダの笑顔に面食らってしまった。
「オジー…頼みが…あるんだ。」
ルッダは、一人で巨大な結晶の前にいた。オジーに、ここで待たせて欲しいと言って連れてきてもらった。オジーは初めて見る大きな結晶にいくらか驚いていたが、薬を探してくるから動くなよ、と足早に出て行った。
頭がふらつく。立っているのもやっとだった。急がないといけない。
右手で結晶に触れる。やはりそうだ。確信に変わる。
息を整える。声に魔力をのせて、ゆっくりと話しかける。部屋中に、澄んだ声が響き渡る。
「私の声が、聞こえる?」
注意深く観察する。結晶の中の少女は、呼びかけに反応するようにぴくりと動いた
「ああ、届いているんだね。良かった。」
少女は恐る恐る瞼を開け
こちらを向くと、驚いたように見開いた。
「元に、戻る時間だよ。」
右手に魔力を集中させる。顔の傷が痛む。それでも。
結晶に一筋のヒビが入り、そこから一気に広がっていった。
さらに力をこめる。頭が割れそうに痛かった。もう少し。
パキ、と音がしてからは早かった。
結晶はみるみるうちに崩れ、中にいた少女を吐き出した。
両手で抱き止める。息を吸い込む。
少女が口を開くよりも早く、力をこめて彼女の名前を呼んだ。
「ルッダ。」
結晶の中から出て来た少女が叫んだ。
「逃げて!カリン!」
二人の黒水晶の腕輪が散った。
視界が暗くなる。意識を手放す寸前、数人の足音と話し声が聞こえた気がした。
双子は気を失った。
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