狙い

 タモンの目的は最初から、カリンの方だった。ルッダの「観察」を終え、一人で煙草を吹かしている。


 ルッダは確かに有能な隊員ではあったが、それだけだった。

 カリンの存在は、異質なものだった。


 その強い魔力は、周囲の植物を活性化させ成長を促進する。

 難病の薬の材料となる植物は、貴重だった。高く売れる。

 栽培の難しい栄養価の高い野菜も。

 美しく珍しいため高値で取引される花も。

 意のままに、増やすことができた。

 だが、それらは些細な効能だった。金が儲かることは素晴らしいの一言に尽きるが、カリンの良さはそれだけではない。


 強い魔力で火や水を操ることができるのは知っている。しかし、命そのものに干渉する力は、お伽噺以外で聞いたことがなかった。

 カリンの近くにある植物は、驚異的なスピードで成長する。研究所の周りの木々は、斬り倒したそばから伸びていき、次の日には元の大きさにまでなっている。

 異常である。

 今は、植物にしか作用しないが。

 意図的に、動物や我々にも作用させることができるなら。

 成長を促進させるだけでなく、老化を抑えることができるとしたら。

 研究する価値があった。

 当初、カリンが衰弱し続けていることだけが気がかりだったが、研究所に来てから、その進行はとても遅くなり、ほとんど止まっているように見えた。研究が進めば、カリンは回復するのではないかと思われた。もう少しだったのに。


 あの日、カリンは結晶に覆われた。

 その時点では、死んだのではないかと思われた。だが、そうではなかった。


 調査をして判明したことがある。

 結晶の中のカリンは生きている。

 変わらず魔力を放出し続けている。生命活動自体は、驚くほどゆっくりと行われている。髪も爪も、ほとんど伸びていないのだ。

 これこそが、「命を操る力」ではないか。

 生命の営みを極端に低下させ、老化を遅らせることができる。

 タモンは、自分の見立てが正しかったことを喜んだ。


 これは、カリンの力だ。

 


 結晶は異様に硬く、いまだに傷一つつけることができない。

 研究員達が様々な方法で中のカリンへの呼びかけを試みてみたが、反応は得られなかった。

 それでもタモンは諦めていなかった。

 何とか、ルッダを利用できないか。

 

 ルッダは、心を閉ざしてしまった。

 研究所でタモンに殴られ、ただ、泣いていた。「どうして」と。ルッダにも、カリンの本心はわからないらしかった。

 黒い腕輪を調査してからは、ルッダを泳がせ、交代で監視をつけて見張らせた。

 しばらくは消沈していたようだが、次第に以前と変わらない行動をとるようになった。

 家に居るときは本を読み、外に出たかと思えば遠くまで行き、魔術の練習をしていた。時には川を氾濫させたりして。

 機が熟すまでは、放っておくつもりだった。

 そして、その機会が、やっと訪れた。


 タモンは右手の指輪を見る。

 仕掛けのある指輪だった。台座の部分に、ある魔術を施された植物の種が仕込まれている。

 傷口に植えることで、宿主のエネルギーを吸い上げながら成長する、寄生花。

 身体の中に根を張って宿主の中でゆっくりと成長し、花が咲く頃には術者が脳を支配できるようになる。

 植え付けた直後に取り出していれば無事で済んだだろうが、気付かれることなく、無事に発芽した。特に、顔や頭で発芽してしまえば、取り出すことは至難の技だ。無事では済まない。

 植物を操る魔術に長けているのは、エルフだけでは無い。タモンの一族の一部にだけ伝わる、他人を操る秘術である。


 事件が起こった時に、ルッダに植え付けた。元々いつかはそうする予定だった。カリンを利用するための人質に。タイミングを見計らっていたところだった。

 従順になったところで、結晶の中に誘導の魔声で話しかけさせ、カリンに揺さぶりをかける計画をしている。

 

 ただ、あそこまで醜く化膿するのは、初めて見る現象だったので気になってはいた。そのせいなのか、成長が予定よりも大分遅れており、内心焦っていたところだった。

 だが、今日、ついに蕾をつけているのを確認できた。

 開花が近い。

 やっとだ。

 タモンはガフッと鼻を鳴らした。

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