結晶

 背の高い雑草、乱雑に並んでいる木々の奥に、研究所はあった。元は白い建物だったが、今は蔦がびっしりと覆っている。

 草むらを魔術でかき分け、木々を手折り、研究所の扉に辿り着く。

「んじゃー後でなー」オジーがひらひらと手を振って、倒した木々を手慣れた様子でまとめあげる。監視員は中には入れない決まりとなっている。

 どこかに廃材置き場があるのだろうか。いつもルッダが研究所を出る頃には、すっかり片付いているのだ。


 四角い箱のような大きな建物。

 入り口から一番遠い最奥に、大きな部屋がある。中央に、巨大な透明の塊があった。塊の中に、眠っているように瞼を閉じた少女がいる。

 少女の名前はカリン。

 


 ルッダは今日、初めて笑った。ほんの少し。

「遅くなってごめん。今日は、西の方の小さい森に行ったよ。湖で、水の魔術の練習をしたんだ。大分、上達してきた。きっともうすぐ見せてあげられるから。」

 右手で塊に触れる。直接は触れられないが、それでも心が少し温かくなった。

 そして、手触りを確かめる。ああ。やはり。


 水晶に似た巨大な結晶に包まれたカリンは、もう二年ほどこの状態だ。

 結晶の裏側に大きな装置が取り付けられ、周囲の機械と繋がっている。

 この部屋には、ルッダとカリン以外は誰もいない。研究員はモニターで別の部屋から観ているのだろう。


 衰弱していたカリンの身体。

 この結晶の中でも、そうなのだろうか。

 肉体の衰えは進行していないように見える。その代わり成長もしていない。

 色素の薄い艶やかな髪が肩に降りている。

 白い肌。

 薄紅い唇。

 細い腕。左手に、黒水晶を連ねた腕輪を着けている。ルッダとお揃いである。

 双子とはいえ似ても似つかない二人の、数少ないお揃いが、この腕輪だった。


 研究所を出ると、オジーが胡座をかいて待っていた。少し眠そうだ。

 座っていても、立っているルッダよりオジーの頭の方が高い位置にある。大きな男だ。

「ご苦労さん。早かったんじゃねーの。」オジーはあくび混じりに言って、よっこらしょと立ち上がった。


 家に帰る道のりで、やはりオジーはあれこれと話しかけてきた。最近は研究所前の片付けが楽になった、慣れてくるもんだな、それにそもそも草が減ってきた気がするんだよなあ。

 …そして、少し黙ったかと思うと

「なあ、前から気になってたんだけどよ…それ…大丈夫なのか?」

 珍しく真面目なトーンで聞いてくる。

 ルッダは自分の左手を見て、顔を触る。研究所を出てから、また痛みがぶり返している。

「エルフはケガがすぐ治るって聞いてたけど、それは全然だろ。つか、それ、何で」

 オジーはそれ以上、言葉を続けられなかった。

 ルッダはいつの間にか立ち止まっていた。怒りとも憎悪ともつかない感情を全身から発して。

 身体中の筋肉を緊張させている。呼吸が浅い。オジーを見据えている。

 一瞬、心臓を抉られる自分のイメージが浮かんで、オジーは息をのんだ。

 素早さでルッダに負ける気はしない。力だって。だが。

 汗が吹き出していた。無意識に、庇うように自分の左胸に手をやっていた。

「…悪かった。」声を絞り出した。

 ルッダの身体の緊張が解けたのがわかった。

 ホッとする。

 決して、ルッダを不快にさせたり、傷つけたりする気はなかったのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る