第22話

「まず、名乗りのポーズ、そして決めの技を決めましょう」


 郷里がそう言うと、ハナとトキが声を上げた。


「そういうカタチから入るの?」

「司令官、それはうちらがだいぶ前に通りすぎた道なのだよ」


 二人の顔を見て、なにか諦めたような表情でタエが立ち上がって言った。


「決めようって話もあったんですけど、でも実際に非現実的なんです。名乗りはしなければならないと決められているわけではありませんし、怪獣が襲ってきて一刻を争うっていう時には難しいと思います」

「あとね、正直恥ずかしすぎるんだよ。怪獣は全然こっちの話なんて聞いてくれないからね」


 ハナがそう言うと、メンバーは一様に同意するように頷いた。


 郷里はその様子を見て、パソコンを操作してスライドのページを進める。


「ではこちらのデータを見てください。名乗りのポーズをしているチームとしていないチームとの勝率です」

「デ、データなんてあるの?」


 ハナが半笑いの表情のまま固まる。


「はい。ここ二年分のデータをまとめました。これによると、名乗りのポーズを毎回しているチームの勝率の方が高くなってます。社会科学によればアピールだけではなく、士気を高める効果が見込まれます。また、怪獣の個性は一律ではありませんが、毎回同じ行動を繰り返すことで自分たちのペースを作り、戦うことができます。一流のプロ野球選手は打席に立つ前に一連の同じ動作をすることで気持ちを作るという話もあります。さて、資料の次のページですが、名乗りにもパターンが有ります」


 メンバーが資料をめくる。


 そこには統計図と解析結果があり、さらに紙面が真っ黒になるほど、多岐にわたる名乗りのパターンが網羅されている。


 それを見てハナが天井を仰いで声を上げた。


「うわぁ、これ全部調べたの!」

「全部調べました」

「なんでここまで……」

「これによると、勝率の高いチームが採用しているのが形容、アピール、名前の3つのパターンでポーズを変えるものです。一人あたり時間にして2秒から3秒。これが五人で最後に締めて25秒以内というものです。もっとも母数が多いからこそ、データとして豊富という点もあります。もちろんカラフルマリーズもこのパターンです」


 資料のページを捲り、戻り、また捲り、眉根を寄せて熟読しているタエが視線だけを向けて尋ねてきた。


「一人2秒は短くないですか?」

「いえ、実際に測ってみるとそうでもありません。こちらを見てください。こちらは名乗りが最長のチームなのですが、一人6秒あります」


 スライドにはスーパーヒロインの名乗りの動画が流れる。

 艶やかな格好をしたスーパーヒロインが、ポーズというよりダンスを踊りながら名乗る姿。


「我が守護は月、時に狂気を呼ぶ黄金。踵を鳴らして舞う輪舞曲。パフ・カージナルス一番槍、月華柚!」

「私は風の伝え手、届ける報せはあなたを惑わす。囁き歌う狂騒曲。パフ・カージナルス二番手、風貴藍!」

「ミーの武器はロケットね! ドンドンバンバン撃ちまくれぇ~。いざ凱旋の交響曲を奏で。パフ・カージナルス秘密兵器、ミサキ=ハイネバウンシュテン・サラ!」


 三人目の名乗りが終わった所でハナが声を上げた。


「長すぎ!」

「確かに長く感じますね」


 タエの感想を聞いて、郷里は動画をスキップさせた。


「そしてカラフルマリーズです」


『カラフルマリーズ』の名乗りのシーンが流れ始める。

 もはや多くの人にとって知られているそのシーンではあるが、メンバーは食い入るようにスライドを見つめていた。


「いやぁ、まとまってる。さすがすぎ!」

「覚えやすいですね」


 キヌが得心がいった表情でそうつぶやくと郷里が答えた。


「そうです。覚えやすく、そして真似しやすいのです。かと言って単純すぎてもいけません。真似したくなる程度の複雑さを持ってます」


 郷里がそう言うとトキは早くも椅子の上で腕を振り回していた。


「うちは最初からやったほうがいいと思ってたんだよ」

「どうされるかは最終的に諸君らの判断に委ねます。どのような結論を出しても小官が責任を取ります」


 郷里がそういった瞬間にかぶせるようにキヌとハナの声が飛んできた。


「やります」

「やるやる」


 他のメンバーの反応を見ると、ウメは静かに立ち上がり、後ろを向く。


 誰もがウメの発言に注目する。


「美人のウメ!」


 ウメは一言そう言うと、腰を回転して振り返り腕を伸ばしてポーズを決めた。


「やる価値はあると思います。司令官、ありがとうございます」


 タエがそう言うと、郷里はゆっくりと頷き、パソコンを操作した。


「では次はこちらのデータを見てください」

「またデータ!」

「お! ハナチャの爆笑駄洒落コーナーだ。データと出たを掛けたわけだね」

「掛けてないから!」


 トキとハナのやりとりを無視して郷里は話を進めた。


「これはカラフルマリーズにおける各メンバーの攻撃回数です」

「偏ってますね」


 スライドと手元の資料を交互に見ながらタエが感想を述べる。


「見て見て、オレンジマギーの3回じゃん。ピンクデイジーは14回だって。働かなすぎ」


 ハナは資料を見ながら楽しそうに笑顔を見せる。


 先ほどの名乗りのポーズで全員の意見が一致したことで、会議を進めやすい空気を作っていた。


「はい! うちはその楽な役やりたいです!」


 トキが両手を挙手して机に乗り上げた。


 キヌは食い入るように資料を見ながら、その端になにかメモをとっている。


「そうです。オレンジマギーは完全にサポートです。オレンジマギーの能力が空間の重力を操作するものなので実際に攻撃をしていないわけではありません。しかし、ピンクデイジーは御存知の通り肉体強化系です」


 スライドにピンクデイジーのポーズを決める写真が大きく映しだされた。


「あれはね、もう神様だね。すごすぎるよ」

「はい。その脚力はスーパーヒロインの中でも随一と言われています。しかし彼女の仕事はバックアップです。崩れかけたムードを仕切り直せるのは彼女だけですから」


 キヌが顔を上げてなにか言いかけた。


 郷里が視線を向けると、キヌは瞬きをパチパチとさせて俯いて資料を睨み続ける。


 それでも郷里がキヌの様子をうかがっていると、チラチラと顔を上げてこちらを伺いながら、キヌはようやく声を出した。


「どうしてはじめから自分で戦わないんでしょう」

「どうしてだと思われますか?」


 キヌの疑問に郷里は問いかけで返した。


 キヌは押し黙ってまた資料に目を落とす。


 トキが飽きてきたのか伸びをしながら言った。


「面倒くさいからじゃないかな。うちは天才だから気持ちがよく分かるよ」

「トキ、全然わかってなさすぎると思うよ」

「じゃ、なんなのさ」

「これは諸君らが考え、答えをだすべきだと思います」


 郷里の言葉に、キヌは俯いた。

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