第21話

 『ラブ・ストライクズ栄光の道 昇竜編』


 そう題されたスライドの前で郷里ごうりはポインターを片手に語り始めた。


 ラブ・ストライクズのメンバーはこれから何が行われるのかと不安げな表情を作っている。


 郷里がこれから行うのは、ラブ・ストライクズというチームに対するテコ入れだった。

 着任した時は、どうやって彼女たちを活用するか、その最適な方法を考えていた。

 しかし、実際に彼女たちとふれあい、たった一度の現場を経ただけで郷里の心は変わっていた。

 彼女たちは郷里が操れる駒ではない。


 自分の頭の中で組み立てた戦略で全て思い通りに行くというのは傲慢だった。

 なにより、彼女たちの意志と行動は郷里の予想を超え、尊敬すら抱いてしまうポテンシャルを発揮していた。

 惜しいことにそのポテンシャルが十分に発揮できない状況が多いのが問題だった。


 郷里の目指すべき場所は初めから変わっていない。

 ただ、そのためのアプローチとして、彼女たちに敬意を払うことこそが最適だと判断したのだ。


 テコ入れと言っても、今までの彼女たちの戦いを否定するものであってはならない。


 そもそもスーパーヒロインに対して郷里は造詣が深いわけではなかった。

 世の中にはスーパーヒロインオタクと言われる人はたくさんいる。

 あらゆるチームの情報を常にチェックし続け、過去の重要な場面を鮮やかに語る者。

 プロフィールから人間関係まで、本人ですら曖昧な情報すら抑えている者。

 独自のアイドル論やヒーロー論を熱く述べる者。

 しかし、郷里にはそれほどの熱量も知識も持ちえていない。


 そんな付け焼き刃のアドバイスが、今まで曲がりなりにもスーパーヒロインとして活動してきた彼女たちに通じるとは思えない。

 むしろ誇りを傷つけてしまうことだろう。


 だからこれは郷里にとっても戦いだった。

 出来る限り時間を割いて調べ、学び、司令官の立場として自分ができることを真摯にぶつける。

 伝わらなければ負けだ。

 傷つけてしまっても負けだ。


 これは司令官という職務に任官した以上、避けるべきではない戦いなのだ。


 まず郷里が出したのは、人気実力ナンバーワンチームである『カラフルマリーズ』のデータだった。


 戦闘開始から戦闘終了までの時間。

 その間に、各メンバーがどれだけの攻撃をしているか。

 各メンバーの趣味や生年月日まで詳しく書かれていた。


「これを見てどうしたらよいのですか? まさか真似をしなさいということでしょうか」


 各々に配られた資料のコピー紙を先の方まで勢い良くめくりタエがそう聞いた。

 綺麗に切りそろえた髪を、指で耳にかけこちらを見据える。


 今まで『ラブ・ストライクズ』のリーダーとしてやってきた彼女から、こういう言葉が出るのは当然だろう。

 しかし、タエの協力なくしては、この変革はなしえない。


 郷里はタエに向き合い答えた。


「個人を真似ろということではありません。しかし、ここにあるのは人気を勝ち取り、維持し続けているチームのデータです。大いに参考にすべきだと思います」

「でもさぁ、あたしたちは量産品じゃないんだよ。むしろ個性こそが大事なわけじゃん」


 ハナも気に食わなそうに唇を尖らせて言った。


 ウメは無表情だったが、キヌは困惑したように太めの眉を下げている。


 トキは勢い余って資料の紙をやぶいてしまい、わざとらしい笑顔で愛嬌を振りまいていた。


 概ね予想通りの反応だったが、ここで引き下がる訳にはいかない。


「小官もそう思います。諸君らには個性があります。ですから真似した所で同じにはならないでしょう。だから真似してください」

「いやいや、カラフルマリーズは別格すぎだから。もう次元が違いすぎるよ。ねぇ?」


 乾いた笑いをしながら、ハナは周りの者に同意を求める。


「小官はそうは思いません。この中で、ラブ・ストライクズはカラフルマリーズより絶対に劣っていると考えているものは挙手してください」


 郷里がそう言ってラブ・ストライクズのメンバーの顔を見る。


 それぞれのメンバーは、顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべた。

 しばらくたっても誰も手を上げることはなかった。


 遠慮もある、そして敬意もある、それ故にカラフルマリーズを高い位置に置いてしまう。

 しかし、本音を言えば負けているなんて認めたくはないのだ。


 誰だって勝ちたい。

 そして彼女たちはそれに値するだけの努力をしている。

 口では言わなくても、彼女たちの意志は強く、固いのだ。


 彼女たちの静かな決意を見て、郷里はその思いを確信した。


「まず、名乗りのポーズ、そして決めの技を決めましょう」

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