第20話

「白銀のシャドウドールズが解散、再編成になったらしいわ」


 タエがそう言うと司令官室のみんなは一様に苦い顔をした。


「ハナちゃん、仲の良い人いましたよね?」

「うん。知ってた。っていうか、聞いてた。せっかく最近は頑張ってたのに」


 キヌが尋ねるとハナは無念そうにそうつぶやいた。


 スーパーヒロインは趣味や遊びではないので、結果を出さなければ解散ということもありうる。

 再編成で新しいチームに入ることもあるし、そのままスーパーヒロインはやめて裏方に周る人もいる。


 白銀のシャドウドールズは現場で何度か顔を合わせたこともあるし、ラブ・ストライクズとは同じくらいの評価のチームだったはずだ。


 タエの印象では、それほどダメな印象もなかった。

 それでも現実は無情だ。


 無関係の人たちは「努力が足りなかったんだ」なんて訳知り顔で言うだろう。

 そんなに単純な話じゃない。

 頑張ったって、必死に努力したって結果につながらないことはある。

 結果が出なければ焦ってどんどん迷走してしまう。

 それはまるで自分のことのようにリアルな重圧としてのしかかってきた。


「みんな、もっと真剣にやりましょう」

「そうだね。頑張らなきゃねー」


 ハナがネイルに複雑な模様をつけながらこっちを見ないで答えた。


「やってないでしょ!」


 タエはハナの机を思いっきり叩いた。

 衝撃でマニキュアの瓶が倒れてラメの入った黄色い塗料が広がる。


 ソファに寝ていたトキが飛び上がって正座をした。


 ハナはマニキュアの瓶を片付け、机をティッシュで拭いた。

 マニキュアは拭くたびに伸びて机を黄色く染め、破れたティッシュが醜くこびりつく。


「もうタエ~。これ安いやつだったからいいけど、物に当たるのはよくなさすぎるよ」

「だったらみんなは全力でやってるって言えるの? キヌは? トキは? 胸を張ってそう言えるの?」

「タエ、いい加減にして」


 ハナがタエの腕を掴んだ。


 手加減されてるのがわかる程度の締め付けだったけど、ハナの目は射るような鋭さだった。


「だって勝たなきゃしょうがないじゃない! このままでいいの!?」

「だったらどうしろっていうの? そうやって怒鳴れば勝てるの?」

「みんながもっと言うことを聞いてれば……」

「なにそれ? あたしたちはタエの理想のために手足となって動けってこと?」

「そうは言ってないでしょ。でも私は勝つために考えてるのよ」

「あそう。思い通りにならないのはあたしたちのせいなのね。あたしたちが足を引っ張ってるんだ。じゃ、一人でやればいいじゃない」


 ハナは大きな声は出さなかった。


 まるでタエが感情的になってるのをあざ笑うように落ち着いた口調で反論する。


 それが余計にタエの気持ちを逆立てた。


 そんなことを言いたかったわけじゃないのだ。

 みんなと離れたくない。

 ラブ・ストライクズで一緒にいたいから。

 そう思って言い出したのに、なんで正反対のことになってしまったのか。


 キヌはタエとハナのやりとりに怯えたのかトキの隣に移動して縮こまっていた。


 悔しさ、やるせなさ、上手くいかなさに涙が出てくる。

 だけど、ここで泣くわけにはいかない。


 突然タエの視界が白く包まれた。

 驚いてよく見ると、目の前にティッシュペーパーが広がって浮いていた。


 ウメがこっちを見て目を細める。


 タエは目の前のティッシュを顔に押し付け、涙を拭い、鼻を拭く。

 拭いた端からさらに目の前にティッシュペーパーが現れる。


「うぷっ。やめ……なんなの、もうっ!」


 拭っても拭ってもティッシュペーパーが顔に張り付き、ついに窒息しそうになって顔の前のティッシュを全部丸めて叩き落とした。


「タエさん、気をつけないとダメよ。ブスになってるわ」

「どうせ私なんか……」

「スーパーヒロインは別に勝たなくたっていいのよ。人気があってチヤホヤされていれば活動は継続されるわ。そのために一番ダメなのは、それ。ブスになることよ」


 ウメは両手をピストルのような形にしてタエの顔を指し示した。


「じゃぁどうすればいいっていうんですか。ウメさんは何か考えがあるんですか?」

「ないわよ」


 ウメの即答に思わずタエは言葉が止まってしまった。


 そこまで自信満々でいながら、よくそんな答えが言える。

 驚きと同時に怒りが湧いてくる。


「ないなら黙ってて下さい。私はこれでも考えて……」

「それがダメなんじゃない。だって可愛げがないもの。何でもかんでも自分で考えて自分で解決しようとして。そんなの可愛くありません」

「可愛げなんてどうでもいいでしょ!」

「どうでもよくないわよ。むしろ可愛げこそ重要よ。可愛ければ応援してもらえるんだから。そのためにはなんにもわかりませんって顔で、周りの人に頼るくらいの可愛げがなければね。ラブ・ストライクズがピンチです、みんな助けてくださいってタエさんが瞳をウルウルさせれば全部解決する話なのよ」

「そんなの……」


 できるわけなかった。


 タエは戦って勝ち取るためにスーパーヒロインになったのだから。

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