第19話

 郷里ごうりが立ち上がり顔を歪ませて怒鳴った。


「ハナさん!」

「あ、しまった! 司令官、ごめん」

「ま、まさか。二人はそんな……」


 キヌは自分の頭の奥に思考が吸い込まれていき、足元が不安定になる。


 郷里はキヌの言葉に答えず、険しい顔をして黙り込んでいた。


「違うの、キヌちゃん。あたしはなぜか気づいたらロッカーの中にいただけで」

「司令官が攫って監禁したんですか!」


 キヌの脳裏に、キングコングが女性を手のひらに収め、巨大な塔を登っていく映像が思い浮かんだ。


 郷里は眉にシワを寄せたまま何も答えない。


「なんで何も言ってくれないんですか。やっぱりやましいことがあったんですか!」


 キヌは郷里に近づき、シャツの胸元をつかむ。

 胸元と言っても身長差があるために、キヌの頭の上、両手を掲げるような格好になった。


 シャツの胸元がはだけてボタンがはじけたが、郷里は何も言わなかった。


「落ち着きたまえ。何もなかったよ、うちが保証する」


 部屋の隅に立っていた赤く目の光るボルトの飛び出たオランウータンがそう答えた。


「え? なんでオランウータンが」

「うちだよ、うち」


 オランウータンは首をクルクルと回して取り外す。そこにはトキの顔があった。


「トキさん、いつの間に」


 郷里も息を吸い込み驚きの声を上げる。


「うちはただ司令官の部屋に勝手に忍び込んで、遊んでもらおうとメカウータンになりすましていただけだよ。そうしたら司令官とハナチャが入って話をし始めたから、出るに出られずメカウータンの中で短い生涯を終える覚悟をしていただけのことよ」


 顔はトキで身体は毛むくじゃらのきぐるみのまま、トキはそう説明した。


「司令官室にメカウータンのぬいぐるみがあるのは不自然すぎだと思ったよ!」


 ハナも驚いたのか戸惑ったのか、大きな声で怒鳴る。


「キヌチャ、司令官がなにも言わないのは、ハナチャがキヌチャと同じように悩みを打ち明けてたからだよ」

「あ……」

「そっか、司令官。言っても良かったのに」


 ハナがごはんをおあずけにされた子犬のような表情で言った。


 郷里はゆっくりと顔を上げる。


「いえ、すみません」

「ごめんなさい。私」


 キヌは謝りながら両手を郷里の胸元から放す。


 ボタンが飛び、はだけたシャツの奥から分厚い筋肉が覗いた。


「あたしも、なんか人が来たからテンパりすぎて、思わずロッカーに隠れちゃった。やましいことはホント、これっぽっちもなかったの。でも、キヌちゃんの話聞いててさ、こりゃ黙って聞いてちゃ悪すぎると思って飛び出しちゃったよ」

「うちも、メカウータンとしてやり過ごそうと思ってたのに、天才だし人格者だからついつい正体をばらしてしまった」


 ハナとトキの、理解できない行動には驚いたけど、でもそこにいたのはキヌが一緒に戦って、信頼して、憧れ、助けてもらっていたチームメイトの姿だった。


 なんだか眼の奥が熱くなる。


 ハナが髪の毛先をいじりながらポツリと言った。


「あたし、わかるんだ。キヌちゃんの気持ち」

「え、だってハナちゃんは力だって強いし、足も早いし」

「そりゃ、うちらの中ではね。でも肉体強化系なんて能力の中では一番ありふれたものだし。うちのチームではここにいる三人がそうじゃん? それに肉体強化系を突き詰めた人はもっとすごいよ」

「うちは肉体強化系じゃなくて天才系だよ。頭脳派だし」


 トキがそう主張する。


 トキはキヌと同じ程度の能力だけど、その発想の豊かさやポジティブさ、そしてなによりも年が一番下というこれからの可能性を考えたら、やっぱりキヌは劣等感を抱いてしまう。


 毛むくじゃらのオランウータンのきぐるみから頭だけを出してる姿は、頭脳派とは思えないけど、意外性を感じさせる。


「天才系なんて聞いたことないけど、確かにトキは違うかもね。肉体強化系なんてのはさ、能力がなんなのかよくわかってないから適当に割り振られたりするじゃん。時間操作系のすごい人だって、特殊すぎて気づかずに肉体強化系に分類されてたって話も聞くし。だからキヌはひょっとしたらもっと違う能力なのかもしれない。でもあたしはさ、完全に肉体強化系だよ。そしてその割には大して強くもない」

「でも私は、他に思い当たるような能力がなにもないんです。いる意味が無いんです」


 キヌは自分でも思っているより大きな声がでたことに驚いた。

 そしてその大きな声が感情の波を増幅し、勝手に涙が溢れてくる。


 そんなキヌの取り乱した姿に引いたのか、みんな押し黙ってしまった。


 ひときわ野太い、低い郷里の声が響いた。


「諸君らは、自分がスーパーヒロインだと知った時、どう思われましたか?」

「あたしは凄い嬉しかったよ。自分は特別な存在なんだって。アイドルになれるんだって。本当に嬉しかった。でも、実際にスーパーヒロインとして活動してみると、一番ありふれた肉体強化系で、しかも普通くらいの強さ。全然特別なんかじゃなかったんだけどね」


 ハナが少し無理矢理な笑顔で頭を掻きながらそう答える。


「うちは天才だったから、なるべくしてなったって感じ。天才のうちには、みんな気持ちはちょっとしかわからないな。天才じゃない人は大変だな~って思うよ」

「私、すごく嬉しかったんです。周りの人は『大変だよ』って心配してくれたけど、全然そんなの気になりませんでした。だからどんなに辛くても、苦しくても、スーパーヒロインを辞めたいって思ったことはないんです。でも、続けるためにはやっぱりもっと強くならなきゃいけないから」


 三人の言葉を聞いて、しばらく考え込んだ末に郷里が口を開いた。


「お三方は特別だと思います。いいえ、ラブ・ストライクズは特別な存在だと小官は思っております。しかし、本人がそう自覚できないのだとしたら、これは司令官である小官の責任です」


 郷里はそう言って頭を下げた。

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