第18話

 十三星とみほしキヌの眼の前にあるのは、見慣れている自動のシャッターではなく、古めかしい重そうな木の扉だった。


「失礼します」と声をかけドアをゆっくりと開ける。


 部屋はまるで昔の映画に出てくる偉人の書斎のような印象だった。

 毛足の長いじゅうたん。

 天井まである書棚。

 大きな木製の机。

 革張りのソファ。

 ロッカーにコート掛け。

 高価そうな花瓶や彫像。


 そして部屋の真ん中には、キヌを迎えるように郷里ごうりが直立不動していた。


「すす、すみません。お忙しいところ! ご、そ、相談がありましてきました」

「わかりました。それでは時間を作りましょう」

「あの、お忙しかったですよね。でも、あの」


 郷里は部屋の中を見渡しキヌを見据えると言った。


「緊急を要するお話でしょうか」

「すみません、でも、本当にどうでもいい話なので、疲れてるようならまた別の日に。でも、その、私」

「キヌさん」

「はい」

「どうぞこちらに」

「すみません、ありがとうございます」


 キヌはそう言って頭を下げ、ソファに座った。


 作戦司令室にあるトキが寝っ転がってるソファに比べると固くてリラックス用という感じではなかった。


 郷里と向かい合ったまま微妙な間が流れる。

 郷里はキヌをじっと見据える。

 鋭い目つき、太い眉、がっしりとした鼻、厚い唇。

 神話の英雄を思い出させるような質実剛健な造形。


 キヌは思わず目を伏せ、コーヒーテーブルのモザイク模様を見てしまう。


 郷里はキヌの話を待っている。

 当たり前だ。自分の方から相談があるとやってきたのだから。

 だけど最初の一言がなかなか出てこない。


 キヌはぎゅっと目をつむり、唇を固く結び、いろいろな思いを飲み込んで声を出した。


「あの」

「はい」

「いえ、あの……」


 最大限に出した勇気も消耗してしまい、言葉はそこで途切れてしまう。


 郷里は何も言わず、ただキヌを見つめていた。


 その、どっしりとした安定感にキヌは不意に温かみを感じた。


 せっかくここまで勇気を出してきたのに、自分のことばっかり考えてるのが恥ずかしくなった。

 きっと郷里はキヌが何を言っても怒らない。

 バカにしない。

 笑わない。


「すみません。私、あの。強くなりたいんです。私は能力が低くて、いつもみんなの足を引っ張ってしまって。本当はみんな、私のこともう呆れてるんじゃないかと」

「大事な話ですね。少し考えさせてもらえますか。また別の時間にでも」

「やっぱり、司令官もそう考えてるんですね」

「そんなことはありません。キヌさんの力はラブ・ストライクズにとって重要な戦力です」

「司令官がそう言ってくれるのは、本当に嬉しいんです。でも、自分のことは自分が一番良くわかります。特に、目の前で見るみんなの力は本当にすごくて、私はいつもなにもできなくて。頑張っても頑張っても全然かなわなくて。私……」


 キヌの声が震え、湿っぽくなった時、キヌの背後のロッカーが勢い良く開いた。


「話は聞かせてもらった! キヌちゃん、そんなことないよ!」

「ハナちゃん。なんでそんなところから?」


 ロッカーから飛び出て格好いいポーズを決めたのはハナだった。

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