第23話
トキは横たわったまま、指先を動かすことすらできなかった。
「みんな、ごめんね。うち、もうここで終わりみたい。あとは……託す……」
そう言って首を支えていた力を抜き、がっくりと項垂れる。
閉じてゆくまぶたによって視界が狭まり、全てが終わろうとしていた。
それでもトキに悔いはなかった。
たとえ他人からどう思われようと、自分は全力を尽くした。
その誇りだけは誰も穢すことが出来ないのだ。
「はぁ~、あたしももうダメ……」
そう言いながらハナがトキの顔の前に倒れる。
「いらっしゃい、ハナチャ」
「こんなのキツすぎる。まだ怪獣と戦ってるほうが楽だよ」
ハナがスポーツドリンクを傾けて一気に飲むと、しずくが胸元にぽつぽつと落ちた。
板張りの広い部屋。
壁の一面は鏡張りになっている。
ここはスーパーヒロインたちのトレーニング施設だった。
ラブ・ストライクズのメンバーはトレーニングウェアに身を包み、ダンスレッスンをしていた。
「しっかし、よく続くよ。ウメチャは超人だし、タエチャは完璧主義者だからわかるとしても、キヌチャまでずっと踊りっぱなしだよ」
「本当だよね。気持ちはわかるけど、無理しすぎも心配だよ」
「え、うちはあんまり気持ちわからないけど。こんなん頑張ったって勝てるわけじゃないのに。名乗りのポーズだよ? 別になくても誰も文句言ったりしないのにさ。天才にとってこういう汗をかくような努力はなじめないんだよねー」
「あはは。トキはもう結構自分のできてるからね」
「うん。うち、天才だから」
「そっか。あたしはもうちょっとだな。さ、続きやろ」
「えっ! あっ……」
ハナはトキを置いてみんなの元に戻ってまたリズムのカウントを取り始めた。
メンバーの中から自然に提案された自主トレーニングだった。
だから、いつもならタエが注意してくるはずなのに、こうしてトキが一人で休んでいても何も言われない。
「はぁ……天才だけど、もうちょっとやろう」
そう独り言を言ってトキは立ち上がりみんなの元へ加わった。
さらに特訓は続き、メンバーの言葉はなく、弾む息と汗だけが室内を支配した頃、ドアがノックされ郷里が入ってきた。
「司れ……か……プビュハッ」
ハナが声をかけながら吹き出し後ろを向いて震え始めた。
郷里は、なぜかトレーニングウェアをきっちりと着込んでいたのだ。
しかもそのトレーニングウェアがタイツ的な、ピッチリ、モッコリ、ムッチリ、ガッチリという、郷里の人間離れした筋肉質な身体の凹凸を余すことなく表していた。
「司令官。やる気満々だね。よし、うちがみっちりしごいてあげるから覚悟しなさい。ハイ、ワンツー!」
トキが手拍子をすると、その脇でキヌが倒れた。
「キヌ!」
ウメに抱えられたキヌにタエが駆け寄る。
それを見て、ハナはトキと郷里のところに来た。
「司令官、ちょっと見ないであげて。こっち来てこっち」
「キヌさんはどうなされたのですか?」
郷里は険しい表情でハナを問い詰める。
「違うの。ちょっとのぼせちゃっただけ。あたしたち今までずっと練習してたからね」
そう言ってハナは押し出すように郷里を部屋の端まで連れて行った。
トキが振り返ってよく見ると、キヌは鼻の穴にティッシュの栓を詰めて横たわっていた。
「そうですか。それなら今のうちに。実はハナさんにお渡ししたいものがありまして。こちらなんですが」
そう言って郷里はハナに袋に入った小箱を渡す。
ハナは満面の笑みでそれを開きながら言った。
「うわぁ~! なになに~? すごい嬉しすぎ! お、これは何かな? これは……ん? ほほ~。え~……あー、すごくいい……ですね」
箱を開くごとにハナの表情が曇り、やがて苦笑いとともに中に入っていたメガネを取り出した。
「ハナチャにすごい似あうよ。レトロなデザインで」
「あー、なんか二周半くらいして逆にいいのか悪いのか判断に迷いすぎる感じだよね」
そのメガネはティアドロップ型で、ハナがかけるとパンダの縁取りのようだった。
「横についているダイヤルでズームができ、長距離まで見通すことが出来ます」
「え? 長距離はあたしにはいらないよ。針の穴を通すパンチしかしないんだから」
「ハナさん、遠距離支援攻撃をしてみませんか?」
「え、え、遠距離? だってあたし、肉体強化系だよ? 宝の持ち腐れじゃない」
「いいえ。データによりますとハナさんの強化ポイントは動体視力、的確な身体バランス、繊細な照準技術、どれも遠距離支援攻撃に向いています」
「ちょちょっと、そのあたしのデータってどこまで司令官知ってるの? 体重とかスリーサイズとかも?」
「もちろんです。それでですね……」
「それでですじゃなーい! なにシレッと流そうとしてるの。ビックリさせすぎだよ」
「特に問題はありませんでした」
「問題ないけど、問題ありすぎだよ! 乙女の一大事だよ」
「まぁまぁ、ハナチャ。そんなの今までの司令官全員知ってることだよ」
「そうだけど……うぅ。気持ちの整理がつかなすぎる」
ハナはそう言ってメガネをまじまじと見つめる。
「いらないならうちがもらってあげるよ!」
「いらないとは言ってないでしょ!」
ハナはむきになってそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます