第16話
「連携もうまくいったし、あたしなんだか自信出てきちゃった」
「あんまり調子に乗り過ぎないようにね。ハナはいつも装備間違えるから」
タエがハナに釘を差す。
しかし、そんなタエの小言も気にならないくらいハナの機嫌はよかった。
「もう間違えませんー! あたしのはリボンついてるもん。一番可愛いのがあたしの」
装備を格納した箱についた、ハナのパーソナルカラーである黄色いリボンの形を直す。
キヌも自分の装備を取り出して顔の前に出す。
「それ、私のにもシールついてましたけど、ハナちゃんがつけてくれたんですか?」
「ウメちゃん。……じゃない?」
ハナが尋ねると、ウメはみんなの顔を見回して首を振った。
「ということは、タエ? なかなか可愛いことするじゃない」
「私じゃない。私のには、これがついてたわ」
タエの装備には蝶のストラップがついていた。
「トキじゃないよね。鼻くそついてたならともかく」
「うち、鼻くそなんてつけたことないよ!」
「じゃ、誰? なにこれー。謎が謎呼ぶミステリーリボンじゃん!」
ハナは装備を高々と掲げて叫ぶ。
そのポーズのまま、目だけでみんなの様子をうかがう。
作戦司令室の中に、白々しい空気が流れる。
「あの……それってたぶん……」
「まぁ、普通に考えたらそうよね。リボンとか、シールとか、マスコットっていうのも。ちょっとおじさんすぎる発想だもん」
ハナがそう言うとトキがガバっと身体を起こして言った。
「うちじゃないよ!」
「わかってるよ! もう、その疑惑の件は終わったから。今更、誰もトキの仕業だなんて思ってないよ」
「え……じゃ、一体犯人は誰?」
「司令官に決まりすぎてるでしょ」
ハナは自分でそう叫びながら、なぜだか顔が赤くなってしまった。
「ははぁ~ん。うちは最初からそうじゃないかと思ってた」
「絶対思ってなかったくせに。自分ではこういうの選ばないけど、司令官が選んだと思うと、悪くないよね」
「ハナチャ、それはバの字ってことよ」
「いやぁ、バの字とは違うよ~。でもさ、逆に司令官のこと嫌いな人いるの?」
ハナがそう言って周りを見回すと、他の者達は不自然に目をそらす。
順番に顔を伺い、最後にタエをじっと見つめると、タエは追求に屈するように言った。
「私も、信頼に値する司令官だとは思ってるわ」
「二人で一緒に歩いていたら親子か、援助交際だと思われるでしょうね」
ウメがそう一言言うと、どこか空気が沈み込んだ。
空気の重さを意に介さないトキだけが元気に言う。
「ウメチャ、別に恋人ってことじゃないよ。もっとバの字ってのは、人類愛みたいな広い意味なのだ。あ、人類じゃないのか」
「人類だよ!」
「そこはグレーゾーンです!」
ハナがつっこむと、すかさずキヌが主張した。
鼻息を荒くして拳を握りしめるキヌの姿を見てハナは思わず笑ってしまった。
「じゃ、キヌは司令官が人間だったら嫌いなわけ?」
「……人間の男性とはお付き合いしたことないから」
「なんでお付き合い前提なの。もっと司令官とスーパーヒロインの師弟関係というか、職場での同士とか、そういう意味で好きっていうのはいいでしょ」
「でしたら、人間でもバの字です」
俯いたキヌの顔が真っ赤になると、みんなはそれを見て微笑ましく笑い声を立てる。
「どうしましょう、なんかそんなこと言ってたら意識してきちゃいました。顔見たら照れちゃうかも」
「いやぁ、顔見たら残念ながらゴリラだからね。百年の恋も冷めるよ」
ハナはキヌの机の上にあるゴリラの写真振り返ってみた。
「二百万年前なら、人もゴリラも一緒の種族だよ。二百万年の恋は冷めないよ」
「トキ、難しいこと知ってるね」
「うん。天才だから」
自動ドアが動作音を鳴らして開き、郷里が入ってくる。
「諸君。取材対応など、お疲れ様でした」
ビッと背筋を真っ直ぐにして敬礼する。
メンバーも立ち上がって敬礼を返す。
直立して並ぶと、郷里の大きさが際立って見える。
一番背の高いハナですら、郷里の胸のあたりまでしかない。
「うん、安定してゴリラだね」
「ちょっと美化されてたけど、目の前で見ると目が覚めるね。なんか目がシパシパしてきた」
郷里を目の前にしてトキが激しくまばたきを繰り返す。
ハナもいつの間にか目が潤んでしまい、自分のその不思議な反応に驚いた。
ウメが鼻をつまみ、鼻声になって一言言った。
「刺激臭が襲ってきたわ」
ハナは涙目になりながら郷里の背後に回りこむ。
更に強く、眼の奥を刺激するような匂いがして、部屋の中に漂っていた花の香りをすべて打ち消していた。
「ちょっと、司令官。匂いが。なんだか近寄りがたすぎるんですけど」
「司令官、見せて。なにこれ? クッサァ~!」
郷里のシャツをトキが無造作にまくり上げる。
その広い背中には、白い布がビッチリと貼られていた。
「それは湿布です」
背中を丸めたまま郷里は野太い声で答えた。
「湿布!? 擦り傷なのに?」
言われてみると湿布にしか見えないけど、背中一面に貼られてるとは思わない。
しかも、湿布の白い布が、ところどころ滲んだ血でピンク色に染まっている。
「自分なりに治療をしてみました」
「ダメですよ。なんで湿布なんですか。大雑把にもほどがあります」
「炎症を起こしちゃいますよぅ」
タエとキヌが、ハナとトキを突き飛ばすようにして郷里の背中に張り付く。
そのまま悲鳴を上げながら、背中一面にあった湿布を剥がし始めた。
「あ、大丈夫です。自分でできますから」
郷里は顔を歪めて目尻を下げ、もじもじと背中をくねらせて抵抗する。
巨体のごつい男が焦っている姿は、面白く、不思議だけど母性本能が刺激される。
「自分で出来てないでしょ。いいからあたしたちに任せて」
ハナはそう言ってタエとキヌに加わって湿布を剥がす。
ウメはその湿布を集め、トキは意味もなく郷里の脇腹をくすぐっていた。
「あの、もう大丈夫です……治りました」
「治るわけ無いでしょ。まったく、あたしたちがいないと何も出来ないんだから」
無意識のうちにそんな言葉が出てしまい、なんだかハナは大きな子供を持った母親みたいだった。
「は、はいい。申し訳ありません……あっ」
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