第14話
「トキ、行くわよ」
タエが扇子を交差させて素早く横に滑らせる。
バスの潰れた天井がまっすぐに切断され、人が通れるほどの空間が生まれた。
わずかにバスは傾いたが、トキは躊躇せずに中に飛びこんだ。
郷里とハナがワイヤーを引っ張りバランスを失ったバスを支えてくれてる。
「うちが来たからにはもう大丈夫。なんせ、うちまだ一度も死んだことがないし、うちが生まれてから一度も地球は異星人に滅ぼされたことがないんだから」
トキはそう言って、バスの中に取り残されていた市民をタエに受け渡す。
四人の市民が運びだされ、救護班の元へと連れて行かれた。
「ふぅ、もう中には誰もいないよ」
そう言ってトキが戻ろうとした瞬間にバスがガクンと傾く。
バランスを崩したトキの手をタエが素早く取った。
「ウメさん、これからビルの外に出ているバスの一部を切断して落とすから注意して」
タエが通信で話しかけると、はっきりとしたウメの声が返ってくる。
「固定しなくていいのね。無茶な注文を言われた時にはどうしようかと思ったわ」
あのあくどい笑顔でこっちが困るようなことを言うウメが目に浮かぶ。
郷里、ハナにトキを加えた三人はビルに移動し外側からワイヤーでバスを支える。
その姿をタエは確認して素早く扇子を動かした。
一振り、二振り、三振り。
切断できる領域に限界があるため、三度に渡り能力を使う。
三回目の切断をすると、バスは一気に傾き、ズルズルとビルの外へ落ちていった。
予定していた任務を完了し、全員が安堵の息を吐いた瞬間、バスの後部に引きずられたワイヤーがタエの足に絡みついた。
「やっ……」
悲鳴にもならない声を漏らしたタエは、そのままバスに引きずられるように床を滑り、窓の外に放り出された。
「タエチャ!」
「タエー!」
「ウメさん、緊急事態です。バスにタエさんが引きずられて落下しています」
郷里がそう叫ぶとウメの声がすぐに返ってきた。
「あらそう? 無駄にならなくてよかったわ」
バスの切断された後部は、ビルの壁に沿うように落下し、空中でに何かにぶつかっって止まった。
崩れた壁面から覗き込むと、空中にバスが浮かんでいる。
よく見ると、バスの下には車や鉄柱、瓦礫が積み上がり、一本の柱のように地面から伸びてバスを支えていた。
「さすがウメチャ!」
「お褒めにあずかり嬉しいわね。ざっとこんなもの、と言いたいところだけど、瓦礫が崩れそうで長くは持たないわ」
ウメの能力は複雑でよくわからないけれど、大きい物や重い物はダメだと聞いたことがある。
きっとこの柱も、柱全体を止めているのではなく、それぞれの部分の一部を固定して積み上げてあるのだろう。
その一つ一つのパーツが壊れてしまったら、ウメには全体を支えることなどできない。
トキは駆け出し、空中のバスに向かってジャンプした。
バスに着地すると、タエの身体を抱えて引っ張り上げる。
ワイヤーはタエの足に食い込み無理に引っ張れば怪我をしそうだ。
ワイヤーの先はバスが切断された出っ張りに引っかかっている。
力任せに引きちぎろうとしたが、さすがエレベーターのワイヤーだけあって、腕力だけではどうにもならなかった。
「タエチャ、切ってよ」
「扇子がないの……」
タエはそんなことはわかってるとでも言うように激しく首を振る。
「いけぇ、ドリルロケットパンチキャノン!」
ハナの叫び声が聞こえ、ドリルパンチが飛んできて、バスの小さな出っ張りを貫いた。
それによりワイヤーがはずれ、緩んだワイヤーからタエの足を引っこ抜く。
トキはタエを抱いたまま、バスを蹴りあげてビルに舞い戻った。
バスを支えていた瓦礫が砕け、バランスを失った柱は崩壊し、バスはそのまま重力に引かれて落下した。
「ふぅ、天才だったからできた~」
トキが息を吐きながらそう言うと、タエが立ち上がりトキを思い切り抱きしめてきた。
不思議なもので、タエの身体から恐怖が伝わってきたのか、今更になってトキは飛び出したことを思い出して怖くなった。
「ウメさん、無事タエさんは確保しました。ありがとうございました」
「お礼はシュークリームがいいわ。ちょっと高いやつ」
郷里とウメが通信を交わすと、大きな地響きが響いた。
「さぁ、我々も急いで避難しましょう」
郷里は周囲を見渡し、逃げ遅れたものがないか確認しながらそう言った。
「タエチャ、走れる?」
トキが尋ねるとタエは照れくさそうに頬を赤らめて頷く。
「大丈夫。司令官、ありが……司令官? 背中!」
顔を上げたタエは、目を見開き、青ざめて声を上げた。
「はい? なんでしょう?」
郷里が振り返ると、その背中は服がボロボロに破れ、皮膚が傷だらけで血まみれだった。
「ギャー! スプラッタ! バケラッタ!」
トキは思わずビルが崩れそうなほどの悲鳴を上げてしまった。
郷里が背中を確認する。
その手のひらにはビッチョリと血が付いていた。
「ワイヤーで擦りむいただけです。とにかく急ぎましょう。最後まで気を抜かずに」
郷里はまったく痛みなど感じないかのようにそう言った。
タエもハナも引きつった顔で固まっていた。
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