第13話

 二次災害を防ぐために、ビル内の電気は全て消されていた。


 当然、エレベーターも使えない。


 トキは一気に七階まで階段で駆け上がった。

 着いたところで、後ろを振り返るとハナとタエが結構すぐ後ろにいてショックだった。

 トキは全力でぶっちぎってやったつもりだったからだ。


 階段の奥底から獣の唸り声が響いたかと思い、よく見たら全力でついてきた郷里だった。

 シャツは汗を吸い濃い色に変わってしまって、息を切らしながら鬼瓦みたいな顔で郷里は階段を登り切った。


 男のくせになかなかやるじゃん、とトキは感心してほっぺが持ち上がってしまった。


 現場は思ったよりもメチャクチャな光景だった。

 ひしゃげたバスがビルに頭から突っ込んでいる。

 ビルの下から見上げた時よりも、近さのせいか危なっかしい感じに見える。

 バスの運転席があったはずの空間はすでになく、ポッカリと穴が開いていた。


 そのバスの前で手をこまねいていた救護班が一斉にトキたちを見て声を上げた。


「スーパーヒロインだ」

「確か、何とかラブズとか言う」

「ラブ・ストライクズだよ! 皆さんご存知、ラブ・ストライクズが来たからにはもう大丈夫! ラブ・ストライクズに清き一票をお願いします!」


 救護班の曖昧な反応に、先陣を切ってトキは声を上げる。


 別に人気チームになりたいわけじゃない。

 そんな風になって忙しくなるくらいなら今のほうが全然いい。

 だけど、なめられるのは絶対に嫌だった。


「ここで一部天井が崩落して、バスの車体が潰れてしまっているのです。奥には生存者がまだいて声もします」


 救護班の責任者らしい人が、郷里に状況を報告する。


「これから、救助を開始します。離れていてください。要救助者がでてきたらすぐに対応してください」

「しかし」

「大丈夫です。彼女たちを、『ラブ・ストライクズ』を信じてください」


 郷里の言葉に救護班は素直に従い距離をとった。


 郷里のそんな一言で、トキはずいぶんと気分が良くなっていた。

 トキは前面の窓の部分が大きく開いたところからバスにピョンと飛び乗る。


「トキ!」


 タエが怖い顔をして睨んできた。


 でもバスはなんともなかった。

 しばらく様子を伺った後、ハナとタエがゆっくりと足を踏み入れてきた。


 大丈夫だったんなら睨まれ損じゃないか、とトキが反論しようとしたが、そのすぐ後に郷里が乗り込んだ瞬間、バスがギギギと鉄の歪む音を立てた。


「司令官はダメー! このバスは男子禁制なんだから」


 トキはそう言って腕でバツを作って睨んだ。


「慎重に、でもなるべく早く手で取り除いていきましょう」

「今日のネイル気合入りすぎてるのになぁ~」


 タエの言葉に不平を漏らしながらも、ハナは率先してバスのシートを取り外す。


 この手の地味な仕事はトキは大嫌いだった。

 華やかで目立つならやる気もでる。

 しかし、ただ重いものを運ぶだけという疲れて汚れるだけで誰も褒めてくれないようなことやる意味がわからない。

 それでもトキの身体を動かすのは、このバスの奥には怪我した人がいて、不安に押しつぶされそうになっているからだ。

 トキは自分の気持に蓋をして、無言で手を動かした。


「んもう、一気にいっちゃお」


 ハナは装備品を展開してドリルグローブを装着する。


 その姿にタエが声を上げる。


「ハナ、乱暴にしないで」

「心配無用よ。あたしのドリルパンチは針の穴を通す正確さが売り。ここか! ここか! そしてここだぁ!」


 見た目が大雑把なドリルパンチにもかかわらず、的確に負荷のかからない部分を壊していく。


 ハナは手先が器用だし、なんだかんだ言って繊細なのだ。

 髪をセットしてくれる時はハナが一番難しいやつをやってくれるし、ネイルをお願いした時だって文句を言いながらすごい丁寧なやつをやってくれた。

 技術は繊細なのに、性格はというとものすごく雑。

 装備品もしょっちゅう間違える。


「ハナチャ、珍しく武器間違えずに持ってきたじゃん」

「もう間違えないよ、これにはハナちゃん印がついているのだ」


 そう言ってハナはドリルグローブでファイティングポーズをとる。


 バスの内部から瓦礫をあらかた取り除くと、車体が歪んで向こう側と断絶している隙間が見えるようになった。


 トキはその隙間に手を突っ込んだが、このままでは通れそうもない。


「おーい、中の人、大丈夫? ラブ・ストライクズが来たからにはもう安心だよー」


 そう声をかけたが返事がない。


 隙間から中を覗くと、グッタリとしたおじさんが顔に髪の毛を張り付かせて泣きそうな顔をしていた。


「怪我はない? 無事なら円周率を百桁まで言ってみてよ」


 トキがそう尋ねると後ろからハナが肩を掴んでトキと交代して中を覗きこむ。


「そんなの気力体力元気ハツラツな人でも言えないよ」

「天才ならみんな言えるよ。あぁ、ごめんごめん。ハナチャは凡人だったね」

「バカにしすぎ! あたしだって本気出せば円周率くらい最後まで言えるよ」


 ハナが感情をぶつけるようにドリルパンチを打ち込むと、金属が軋む音が鳴りバスが傾いた。


 タエとハナとトキは息を止めてバスが止まるのを待つ。

 バスが安定したのを確認してトキはヒソヒソ声で言った。


「今のやばかった。落ちたかと思ったよ」

「ゴメン、今ので広げてたところ潰れちゃった」


 ハナがすっぱい梅干しを食べたような顔をして謝ると、タエが二振りの扇子を広げて前に出た。


「いいわ、私が入口のところを切断する。そうしたら中に飛び込んで一気にやるしかないわ」

「一気って、そんなの作戦じゃないよ」


 タエはいつも作戦に行き詰まるとメンバーの頑張りに任せるような指示を出す。


 そりゃ、やるしかない時はしょうがないけど、普段から頑張ってやってるのに、それ以上に頑張れって言われてもどうしようもない。


 トキがそう思っていると郷里が顔を出した。


「諸君、大丈夫ですか?」

「司令官、もう帰りたい気持ちでいっぱいだよ」

「これをバスの車体に括りつけて支えてください」

「なにこれ? どこから持ってきたの?」

「エレベーターのワイヤーです。切れていたのを確保してきました。その間に、小官が気合で突入します」

「司令官まで気合って。心構えじゃん。作戦のワードじゃないじゃん」


 司令官が金属で編み込んだ太いワイヤーを渡すと、タエがわずかに息を漏らして言った。


「司令官、助かります。こんな重いのよく普通の人が持ってこられましたね」

「若干体力には自信があるつもりです」


 バスの車体にワイヤーを結びつけ外側に固定する。

 そのワイヤーをハナが抑える中、郷里はバスの奥まで進んだ。

 一歩ごとに車体から不気味な金属音が鳴り、ビルの壁が細かく崩れる。


「あーもう、わかったよ。うちが行くよ。司令官より全然軽いし、一番この中で小さいし」


 トキは投げやりな気分でそう言った。


「運もいいしね」


 ハナがそう付け加える。


「そうだと思ってたけど、こんな危ないことしなきゃいけないなんて、うちの運も尽きたよ」


 郷里はバスの入口まで戻ると、膝をつき、トキの目線にまで頭を下げた。


「トキさん。命をかけて支えますので、よろしくお願いします」


 郷里の顔面はトキの3倍くらいあってで巨大で固そうだった。


 こんなメンバーや郷里しか見てないところで命をかけるなんて本当にバカバカしい。

 だけど、中にいる人たちは怪我をしてるかもしれない。

 痛いのにずっと我慢してるのかもしれない。

 そう思うと、放っておくわけにはいかなかった。

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