第5話

 郷里ごうりは改めてメンバーを見渡し言った。


利信としのびウメさん」

「はい」


 郷里から一番離れた場所に座るウメが微動だにせずに答えた。

 髪が長く、地毛なのかパーマを当てているのかわからないが、ボリュームを持って大きく揺れている。

 そのせいだろうか他の子よりも大人っぽく見える。

 表情も落ち着いている。

 というより、こちらをじっと見つめたまま固まっている。


 郷里は逆に自分の方が視線に耐えられずに手元の資料に目を移す。


「能力は空間干渉系。年齢は18歳。空間に物質を固定させることができる。武器は、ボインブラジャ……」


 そこまで言って、郷里は口を閉じた。


 微妙な沈黙が作戦司令室を支配する。


 ウメの顔を見る、そして自然にその視線は下へと下る。

 なるほど、確かに特筆すべき項目ではあるが。


「……これは一体どういう武器なのでしょうか?」

「どれのことでしょう? もう一度お願いします」


 ウメはまったく表情を動かすことなく、冷たく問い返してきた。


「その、こちらに記載してあることです」

「こちらのどの項目のことでしょうか? 詳しく復唱をお願いします」


 郷里の資料には『ボインブラジャー』と記載されている。


 動揺を気取られないように顔面に力を込めるが、頬がヒクヒクと引きつってしまう。


「その……ボ、ボインと書いてある部分です」


 微妙な沈黙が作戦司令室を支配する。


 まるで郷里のせいで空気が悪くなったようだ。


 しかし、それは誤解であって、手元の資料には確かに『ボインブラジャー』と記入されている。


 この窮地をどう解決すべきか、司令官としての腕の見せどころか。

 そう考えてると、向かって右側に座るトキが勢い良く立ち上がった。


「説明しよう! ボインブラジャーとは、すべての人類を癒やす偉大なる愛に満ちた人類最終兵器のことである」

「トキ、あなたが書き換えたのね」


 タエが厳しい声を出す。


「だって特定の人種にとってはウメチャの胸こそが最大の武器でしょ」


 郷里はトキとタエの激しいやりとりをよそに、自分のせいではなかったことに安堵していた。


 するとそこにハナが立ち上がって対面を指さす。


「でもそれを言うならキヌちゃんも負けてません!」

「わたしぃ~!?」

「そうです。キヌちゃんはとてもいいものを持ってます。たまにむかつくくらいです」

「違います。私のはただのデブなんです」

「デブならあたしの方がやばいから。まじで太ももとかやばすぎるから」

「そんなことないです。ハナちゃんは女の子らしくていつも憧れます」

「そう~? えへへ」


 あっという間に作戦司令室の中は女の子のおしゃべりでいっぱいになってしまう。


 郷里はその勢いに気圧され、ただ見守るしかなかった。


「ウメチャもキヌチャも甲乙つけがたいですな。ここはひとつ、司令官にジャッジしてもらいましょう」


 トキが郷里に期待するような笑みを送る。


「トォ~キィ~。いい加減にしなさいよ」


 タエが低い声を出して威嚇する。


「いやん、怒らないでよ。うちは、司令官に和んでもらおうと、あえてウメチャとキヌチャに犠牲になってもらっただけじゃん」

「人を犠牲にしてんじゃないの」


 タエにたしなめられたトキは、それほど落ち込むわけでもなく、企むような笑顔で郷里と目が合うと舌をペロッと出した。


「ウッホン、では、改めて。ウメさんの武器ですが」

「司令官はどうお考えですか?」


 ウメは立ち上がると胸を張ってそう聞いてきた。


 郷里は言葉がでなくなり「キュー」という喉から絞り出るような変な音が出たまま固まってしまう。

 まるで言葉に詰まって動揺する郷里を翻弄するような嫋やかな笑みを浮かべている。


 一筋縄ではいかない。

 悪意のようなものは感じないが、郷里が半端な覚悟で望むなら、すぐに丸裸にしてやるとでも言わんばかりの言動だ。


 最年長というのもあるのだろう、他の女の子もウメの言動には感嘆の表情を浮かべていた。


 空間干渉系や時間操作系の能力者は希少で、そのせいか変わり者が多いと言われている。


 そう思っているとトキが横から口を出した。


「ウメチャは武器がないから、うちが気を利かせたの! 胸が最大の武器ってことでいいよね?」

「ええ。今後の司令官のお考えに期待したいと思います」


 そう言ってウメは頭を下げた。


 本心がどこにあるのかまったくわからない。

 しかし、わからないでは司令官は務まらない。

 感情の起伏や表情がわかりにくいだけで、どこかにはあるはずだ。

 ただ、慣れない郷里にはそれが読み取れないだけのこと。

 時間をかけてウメの笑みの奥に込められた思いを読み取れるようにならなくてはならない。


「わかりました。最大、と」

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