第3話

 新しい司令官が来る。

 そのことにナーバスになっている菊天きくてんタエはラブ・ストライクズの緊張感のなさに歯噛みしていた。


「放任してくれた方があたしはやりやすいな。色々言われてたらストレスで肌荒れすぎちゃうよ」


 ハナはタブレットの自撮りカメラを鏡替わりにして、目の下を引っ張ってのぞきこむ。


 怪獣に踏み潰されたダメージはほとんどなかった。

 スーパーヒロインは、その固有の能力とは別に身体能力が高くなっている。

 耐久力も、治癒力も、一般の人間とは比べ物にならない上に、装備しているスーツも、最先端の技術が注ぎ込まれたものだ。


 とは言え、その場ではダメージで動けなくなることもあるし、無茶をすれば怪我をしたり命を落とすことだってありうる。

 ただ、そうなる前に殆どの場合は救援のスーパーヒロインのチームが控えている。


 負けたら終わり。

 次のチームに交代になるだけだ。


 言ってしまえば、ラブ・ストライクズみたいな不人気チームは前座、やられ役の立場なのだ。


 どんなチームもはじめから負けようと思って戦ってるわけではない。

 負ければ当然悔しい。


『スーパーヒロインは最強で負け知らずとなりゃ、見てる方も飽きてくる』


 以前、司令官になったおじいさんがそう言って慰めてくれたことを思い出す。


 きっとそういう役回りも必要なのだろう。

 それでも、勝つことを諦めたくない。


 しかし、どこから手を付ければいいのか、霧の中で迷っている。


 タエはどこかで、ラブ・ストライクズを進化させてくれるようなきっかけを望んでいた。


「次に来る司令官もそういう人がいいですね」


 キヌはそう言って他のメンバーの同意を求めるように顔を見回した。


 メンバーの中では、一番気を使うタイプなのだ。

 他のメンバーが割とマイペースなタイプなのでキヌはいつも顔色をうかがいオドオドしている。

 自己主張をせずに振り回されるキヌが可哀想になり、タエは自然と味方してしまうことが多い。


 メンバーはやっぱりキヌの言葉には同意せずに「う~ん」なんて唸り声を上げていた。


「確かに口やかましいおっさんにスーパーヒロインの司令は務まらないけどさ。男尊女卑の時代じゃないんだから」

「トキ、難しい言葉知ってるね」

「うん。天才だから。でも、あんないてもいなくてもいい人は、うち嫌だな」


 ハナにそう答えながらトキはソファに寝転ぶ。

 足で靴を強引に脱ぎ、うつ伏せになった


 ウメが立ち上がり、黙ってトキの靴をソファの前に綺麗に揃えてまた椅子に座る。


「やる気出すならイケメンがよくない? その人のために頑張って戦っちゃう! ってのならアリかな」


 ハナが明るい声を出した。

 いつも手入れをしている複雑に編みこんだ髪が揺れる。


 スーパーヒロインをアイドル扱いするメディアは多い。

 ラブ・ストライクズで最もアイドル的なタイプはハナだろう。

 女であること、そして常に見られるということに関して手を抜いていない。

 戦闘においてはタエは指示を出す立場だけど、日常に関してはハナから女子力が足りないと注意される立場だ。


 もちろん、なんのために戦うか、なんて人それぞれだと思う。

 だけど、誰もハナに対して何も言わないので、しかたなくタエは口を開いた。


「司令官とスーパーヒロインの色恋沙汰は絶対にご法度でしょ。そんなのバレたらただじゃすまないわよ」

「別に恋愛ってわけじゃないよ。ただ、頑張りたくなるような好青年だったらいいってだけじゃん」


 タエの注意にうんざりした表情でハナは唇を尖らせて答えた。


「美少年は?」


 ウメがポツリとそれだけ言うと、一斉に視線が集まった。


「わかる! ウメちゃんがすごく良すぎること言った。実は飛び級ですべてをクリアした超天才児で。金髪でクリクリお目々の子なの。頭は切れるけど、精神的にはまだ子供であたしが面倒を見てあげないと泣き出しちゃうようなタイプの子ってことだよね」


 ハナが一気にそう言うとウメはコクリと頷いてまた一言だけ言う。


「半ズボンね」


 ハナは満面の笑みで「わかるーわかりすぎるー」と言いながら一気に機嫌を直す。


「えー、面倒くさい。もう、全部やってくれる人がいいよ。食事の世話もスケジュール管理も、欲しいもの全部買ってくれる人」


 トキはそう言ってソファのクッションに顔を突っ伏す。


「できれば優しい人がいいですよね」

「出た出た。優しいって具体的にどういうこと? 男の優しさなんてほとんどがやらしさだってネットに書いてあったよ」


 キヌの言葉にハナが自慢気に言い返す。


 ハナの勢いに押されキヌは肩をすぼめて小さくなった。


 仲は悪くない。

 むしろキヌはハナのことを慕ってるくらいだと思う。

 だけど、ズケズケと物を言うハナと、気を回しすぎてもじもじしているキヌを見ていると、たまに心配になる。


「どんな人であっても、私たちにとっては司令官であってそれ以上でも以下でもないのよ。過剰に期待してガッカリするより、スーパーヒロインとしての活動のことを考えましょう」


 タエがそう言うとメンバーはそれぞれ返事をして話題を切り上げた。


 そうしているうちに新しい司令官が着任する連絡が入った。

 入室のランプが灯り自動ドアが制御音を鳴らして開く。


 ドアの高さギリギリの巨体がそこに現れた。


「本日より司令官として着任した郷里ごうり羅王らおうです。諸君、よろしくお願いします」


 野太い声でそう名乗り、郷里は踵を鳴らし、手のひらで風を切り敬礼をする。


 身長は2mくらい。

 体重も100kgはあるだろう、分厚く筋肉質な身体。

 大きいサイズの制服が、茹でたソーセージのようにパツンパツンになっていた。

 眉は太く黒く、髪は短く刈り込み、先端の尖ったソフトモヒカン。


 人類のパラメーターを体力方面に全部振ったらできあがるような見た目だった。


 タエはしばらくその外見に圧倒されていたが、ハッと気づいてみんなを並ばせる。

 横一列に並ぶ際、すれ違いざまにトキが小さい声で呟いた。


「……ゴリラ?」

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