第2話
菊天タエは、先日の戦いで大敗したラブ・ストライクズのメンバーと共に、作戦司令室で新しい司令官の着任を待っていた。
作戦司令室と言っても、若い女の子が集まって時間を過ごす部屋だけあって私物が多く持ち込まれ、談話室と言った感じだ。
女の花園と言えば聞こえはいいけど、つまりまったく緊張感がない。
もうちょっとシャキッとした方がいいとは思いつつも、敗戦の直後ということもあり、タエは強く言うのをためらっていた。
「首の皮一枚でした。大ピンチでしたよ」
キヌが胸の前で両腕を震わせながら言った。
「クビといえば、司令官いなくなっちゃったね」
トキが寄り目で口を開け、無邪気に手のひらを首の前で振る。
そんなクビを意味するジェスチャーや言動はちょっと馬鹿にしてるようにも見える。
でもメンバーの中で最年少、まだまだ子供っぽさが抜け切らないトキの発言なので仕方がない。
決して悪意があるわけではないのだ。
サイドを短く刈り込んだツーブロックで後ろから見ると白い細い首も男の子のように見える。
「でも司令官がクビになるのは前から決まってたらしいよ。あたしたちのせいじゃないから大丈夫」
ハナはリクライニングする椅子に深く身を預け、タブレットを見つめたまま軽やかに指でスワイプして言った。
一応、任務上の重要な機密などを扱うこともあり、室内の様子はモニターできるようになっているけど、今さら誰もそんなことは気にせず、あけすけな会話がなされている。
格好は全員支給された制服だ。
この制服というのが、世間では密かに人気があり同世代の女の子の間では憧れになっているらしい。
デザインはミッション系の高校のようなシックなものだけど、ベージュとグレーのシンプルな色使いがなかなか気が利いている。
それに学校と違ってアレンジが自由なので各自様々なスカーフやカーディガンなどを使ってオリジナリティを創り出している。
ラブ・ストライクズの中で一番スカート丈の短いのはハナだ。
ハナの背後に、キヌが回りこんでタブレットを覗き込む。
ハナはそれに気づいてキヌを確認すると愛想よく笑いタブレットに視線を戻した。
ほとんどのページに目を留めることなくハナは勢い良くスワイプを続ける。
キヌはハナに声をかけた。
「なんか書いてあります?」
「デコデコネイルは男ウケ悪いって。大きなお世話すぎだよね」
「スーパーヒロイン関係のニュースはないんですか?」
「あたし、そういうの見ないから。どうせ人気あるチームしか書かれてないし」
「ラブ・ストライクズも前に書かれてましたよ」
「ホント? どんなの?」
ハナはタブレットから目を外し、首を伸ばして後ろにいたキヌを見た。
「崖っぷちチーム特集ってやつです。字だけの。写真が一枚もないやつでした」
「キヌちゃん。その情報を聞いて、あたしはなんて言えばいいわけ?」
「ヒヨヨッ、ごめんなさい。今度はカラーの情報探します」
キヌは獣に狙われた亀のように首をすくめる。
タエはだらけたムードの作戦司令室を見渡した。
リクライニングした椅子に背中を預ける形でタブレットを睨んでいるハナ。
そのハナの後ろからタブレットを覗きこむキヌ。
トキは机に顎を乗せて寝るような形でだらしなく座り、その向かいでウメはジェンガを物理的にありえないバランスでものすごく高く積み上げている。
「ぶゃっくしょぉーい!」
トキが人前であることを一切気にかけない豪快なくしゃみをすると、ウメの目の前のジェンガが無残に崩れた。
「お大事にね」
ウメはジェンガが崩れたことなどには微塵も感情を揺さぶられないという笑顔を作った。
ただ、ウメの笑顔は口元だけで、白目がちな半月型の目は全く笑っていない。
「うちのせいじゃないよ。この部屋のビールスのせいだから!」
「そうね、全く気にしてないわ」
そう笑いながらウメはトキのおでこの上にジェンガを置く。
「ウメチャ、怒ってない?」
「怒ってないわよ」
「うそ、怒ってるでしょ?」
「怒ってるわけないじゃない」
「確実に怒ってるよね?」
「私は生まれてから一度も怒ったことなんてないのよ」
そう言いながらすでにジェンガはトキのおでこの上で50cmほどの高さにまで積み上がっていた。
さらにその上にジュースが波々と注がれたグラスを置こうとした瞬間。
「ごめんなさーい! うちが悪かったです」
「あら? もう降参? ここからが面白くなるところだったのに」
そう言ってウメはジェンガの塔をトキのおでこから机に移動させる。
タエはそんな自由なやりとりをみて、ここは自分がリーダーとして気を引き締めなきゃいけない、といつものように短く息を吐き、背筋を伸ばす。
「今日に後任の司令官が来るそうよ。私たちにとっては誰でも一緒だけど、気持ちを切り替えましょう」
「連敗街道まっしぐらのうちらの担当じゃ、司令官になる人もお気の毒だよ」
トキはまるで他人ごとのようにそう言ってお尻を掻いた。
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