第35話

 トキを抱えて怪獣の背中から飛び降りるキヌ。


 それを見ながらタエは扇子を握る手に力を込める。


 ここは自分が決め無くてはならない。

 郷里も見ていてくれている。


 宙に浮いた瓦礫から怪獣の背中へと飛び降りる。

 目指す場所は一点。


 タエは扇子を重ねあわせ、怪獣の弱点へと照準を合わせた。


 その刹那、怪獣が大きくのけぞり咆哮を上げた。

 耳をつんざく咆哮とともに怪獣の背中から高温の蒸気が吹き出した。

 突然の予想外の行動に足を踏ん張ったが、左手の扇子が吹き飛んでしまった。


 また……。

 タエの脳裏に嫌な記憶が蘇る。


 しかし、その記憶を塗り替えるものが湧き上がった。

 ラブ・ストライクズ、みんなの顔だ。


 そして、郷里の顔だった。


「ダヱザン!」


 牡牛を踏み潰したような野太い声が響く。


 そこには畳んだ扇子を口に咥え、怪獣の尻尾にしがみついた郷里がいた。


 信じられなかった。

 スーパーヒロインですらない、ただの人間の男が怪獣に乗るだなんて。


 なんでそこまでするのか、そう思ったけれど、その答えをタエは知っている。


 胸が苦しくなる。


 タエに扇子を届けようと郷里は必死の形相で怪獣の背を登ってくる。

 よく見ると服は破れ腕から血が流れている。


 タエも郷里に手を伸ばしたその時、またしても怪獣が咆哮と蒸気を吹き出した。


 目の前で、郷里の顔が湯気に包まれて消えた。


「司令官!」


 タエのその絶叫に答えはなかった。


 蒸気が消えると、そこには怪獣の背中があるだけだった。


 見回すと、郷里をお姫様抱っこしたキヌが、ウメの作った空中の階段を駆けていた。


 タエは下唇をキュッと噛みしめる。


 郷里が届けようとした扇子はもうない。

 右手に一本だけ残った扇子を投げ捨てた。

 自分の切断する能力はイメージから生まれている。

 扇子はただのイメージの補助だ。

 ずっと制御出来なかった力を扇子が助けてくれた。

 イメージの力、それは信じる心と言ってもいい。


 タエは信じられなかったのだ、自分にそんな力があるだなんて。

 でも、今は信じる。

 知っているから。

 愚直に、ただ自分たちの力を、勝利を信じてくれた人を。


 タエは拝むように手のひらを合わせる。


 両手の間に熱が帯びる。

 息を止め、一点を狙う。


 そして切り裂くように両手を擦り合わせ離した。

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