第33話

 タエは巨大な怪獣を回りこむように、倒壊しかけたビルの上に登った。


 トキが器用に尻尾の攻撃を避け、怪獣の足元から尻尾の付け根に辿り着くのが見えた。


 長い尻尾の攻撃は厄介ではある。

 しかし、足が短く重心が低いため、尻尾の付け根は動きが少ない。


 タエが怪獣の動きを読んで飛び込もうとした時、肩に手がかかった。

 振り返るとそこにいたのはキヌだった。


「キヌ、あなたはウメさんと……」

「ウメさんの判断です」


 キヌは険しい表情でそう言う。


「私一人だと、また失敗するからって?」

「そんなこと、私たちが考えてると思ってるんですか?」

「ううん。思ってないわ」


 タエはそう言って笑った。


 キヌはその言葉に驚いたみたいで、しばらく間を開けてから柔らかく表情をゆるめた。


 ちょっと意地悪な皮肉だったかも知れない。

 だけど、ほんのちょっとだけ本音も入っていた。


 トキやハナみたいに冗談で緊張をほぐすことはタエは得意ではない。

 むしろ自分がいつも一杯一杯になって余裕が無いのだ。

 だけど、そこまで自分を追い詰めなくていい。

 もし自分が失敗したところで必ずメンバーが助けてくれる。

 頼っていい。


「キヌ、あなたの力、私に貸して」

「もちろんです!」


 タエはキヌとともに怪獣の首元めがけて飛び込んだ。


 二枚の扇が開き、それを横薙ぎに払う。

 物理的に切り裂くのではない。

 イメージとして平面を分離するのだ。

 そのために扇がイメージの助力となる。


 キヌの手が背中に柔らかくかかり、いつもよりも大きい平面の手応えがかかる。


 怪獣の首を切り裂き、背中を蹴り飛ばして地面に着地する。

 荒れた足場によりよろめいたが、キヌが抱きとめてくれた。


 首が切り離されたはずの怪獣はわずかに動きを鈍くした。

 しかしそれもわずかのことで、大きくもがくと切断された面から泡が膨れるように首が再生した。


 タエは下唇を噛みしめる。


 やっぱり、それほど簡単な敵ではない。

 どこに弱点があるのかもわからない。


 怪獣が首をもたげてタエとキヌを確認すると、大きく回転し、先が二股に別れた尻尾でタエたちを薙ぎ払おうとした。


 しかし、その動きの直前に黒い流星のような物体が怪獣の身体を襲う。


 ハナが爆発する怪獣を攻撃して、その身体を集結させたのだ。


 ウメはハナの正面に立ち空間に瓦礫をまき散らして固定し、怪獣の身体が迫るのを防いでいた。


 巨大な怪獣はそんな一時の勝利の喜びも許さなかった。

 大きく鋭いウロコのついた尻尾を振り回し、暴れる。


 近くにいたタエとキヌとトキはそれに追われるように後退しながら距離を取る。


 わずかに逃げ遅れたキヌが怪獣のしっぽに弾かれ姿勢を崩した。


 タエは一瞬躊躇したものの、キヌの表情には不安を告げるものはないように見えた。


 大丈夫、そう信じてタエは怪獣の側のビルを切り刻む。


 空中に固定した足場を跳び、ウメが怪獣の真上に舞い上がる。


 そう、ウメが来てくれるのはわかっていた。

 何も言わなくても、タエがすることを見ていてくれると確信していた。


 ウメの力によって一列の槍のように並んだビルの瓦礫が怪獣の頭上に降りかかる。

 豪快な物量による攻撃だった。

 もうもうと立ち込める砂煙の中から、怪獣の角が伸び、空中にいたウメを跳ね飛ばした。


 タエは怪獣の足元に取り付き、足を止めて扇をなぎ払い切り刻む。


 ハナはその傷を狙い、ドリルパンチを連打する。


 しかし、二人共怪獣が振り回した尻尾により薙ぎ払われて地面を転がる。


 瓦礫の中を滑るハナとタエをトキが抱きとめた。


 巨大な怪獣は大きく肩を怒らせ足を踏みしめる。

 そのたびに地面が揺れ、大気が振動する。


 どこまでも巨大なその暴力の塊は、拭っても拭っても染みこむように頭の中に恐怖を与える。


 トキに担がれながらキヌが肩を抑えてうずくまっている場所に連れてこられた。

 ちょうど怪獣の死角となってはいるが、安全というほど離れているわけでもない。


 いつもなら、諦めているような場面でも、キヌの表情はまだ光が残っている。


 ハナもまるで受けた攻撃など知らないといった顔でこっちを見る。


 トキは振り返らずにウメを探しに怪獣の方に向かった。


「危ないっ!」


 トキが怪獣の足に踏まれそうになったのを見てタエは思わず声を上げた。


 トキはそれの足を避け、地面を蹴って高くジャンプする。

 しかし、宙に浮いたところを怪獣の手によって叩き落とされた。


 地面に叩きつけられ、バウンドして倒れるトキ。


 タエは駆け寄ろうと思ったが、足の痛みで一歩目が踏み出せない。


 そうしているうちに、トキはすぐに立ち上がり、再び走り始めた。

 そこに狙っていたように怪獣の尻尾が落ちる。


「トキィーッ!」


 タエは動けず、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。


 怪獣の尻尾が持ち上がると、地面には何もなかった。


「あそこ! 尻尾のところ」


 ハナに言われて怪獣の尻尾を見ると、そこにはトキがしがみついていた。


 怪獣はそれに気づいているのかわからないが、大きく尻尾を振り回す。


 トキは勢いに手を離してしまい、宙を舞い崩れかけたビルに激突する。


 さらに怪獣が忌々しげにトキのぶつかったビルに頭を突っ込む。

 ビルが地響きを立てて崩れ落ちた。


 タエは思わず目を瞑ってしまった。

 もうこんなのは見ていられなかった。

 何も出来ず、傷ついていく仲間を見たくなかった。


「ウメさんです」


 もうもうと煙る瓦礫の中から、トキがウメを背負って這い出てきた。


 スーツはところどころ破け、傷が見える。

 顔にも煤や泥がこびりついて薄汚れていた。


 全力でこちらに向かっているところを怪獣が大きく咆哮し、その衝撃波でトキは足を取られて転ぶ。

 背中にいたウメも転がり、地面を滑った。


 それでもトキはすぐに立ち上がり、ウメを再び担ぐ。


 怪獣は赤黒く光る目でトキを見下ろし、禍々しい威圧感を与える。


「降参なんてしないから! もう負けないって決めたんだから!」


 そう言ってトキは駆け出した。


 タエは涙が出そうになった。


 立ち上がり、足を確認する。

 痛みはある。

 だけど動く。

 それなら痛みよりも大切なモノに意識を集中させればいい。


「ゾウさんが!」


 突然隣でキヌがわけのわからないことを叫んだ。


 視線を移すと、その先にはこちらに向かって走ってくる象がいた。

 いつもなら巨大に感じるはずの象すらも、目の前の怪獣の持つ恐怖からしてみたら、小動物のようにしか思えない。


「フレー! フレー! ラブ・ストライクズ!」


 象がそう叫ぶ。


 いや、象が叫んだわけではない。

 象の上に何かが乗っていた。


 それは、遠目にはゴリラにしか見えなかった。

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