第32話

 目の前にいるのは大きな獣。


 郷里は両足を広げ、腕を前に出し、重心を低くして様子を見る。

 野生動物というような獰猛さは感じない。

 しかし、明らかにこちらを意識してあえて無視しているような凄みを感じる。


 市街地でコンクリートに囲まれ、アスファルトの地面の上で、こんな相手に行く手を阻まれるとは。


 座っている状態なのに郷里とさほど頭の高さは変わらない。


 茶色い毛に覆われたオランウータンだった。


 郷里はかつてオランウータンの力は人間の何倍もあると聞いたことがある。


 オランウータンは突然立ち上がり、郷里に向かって両手を振りかぶり掴みかかってきた。


「セイッ!」


 郷里はオランウータンと肩をつかみ合って力比べの状態になる。


 オランウータンの握力はすごく、郷里の肩がちぎりとられそうだった。

 しかし、郷里もここで引く訳にはいかない。

 上体を屈め、バランスを崩したところで一気に力を込めて押す。

 オランウータンは無表情だったが、体勢的にはこちらが有利だ。


 郷里は足をかけるが、オランウータンは足が短く重心が低いために倒すまでには至らなかった。


 オランウータンは腕の力だけで郷里を押し返す。

 背中が弓状に反り、足の踏ん張りが効かなくなる。


「小官は、この先に行かなくてはならないのです!」


 そう叫ぶと、郷里は足、背中、肩、腕、すべての力を総動員してオランウータンを押し返す。


 ついにその勢いのままオランウータンを押し倒した。


「……そなたは、なにやっておられるのでしょうか?」


 声をかけられ郷里が振り返ると、そこにいたのはカラフルマリーズのバイオレットケイトだった。

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