第29話

 その出撃は、今までと何も変わらなかった。


 明日には新しい司令官が着任する。

 それは決定している。

 だけど誰もそれには触れない。

 そして郷里の話も誰もしない。


 まるで今までと変わらぬように振る舞うことで、郷里がすぐ側にいるのを信じようとしているようだった。


 ハナはそう意識して輸送機の中でもいつものように雑談をしている。


「トキ、本当にクズでいいの?」

「ハナチャはわかってないなぁ。あえて、なんだよ。あえて。うちがクズ担当ってなると、見てる人はどうして? って思うわけ。それで興味を惹かれて見てみたら、こんなに可愛い美少女が言ってる。それはきっと周りにいる怖い女どもに無理やり言わされてるに違いない。可哀想! 応援しなきゃ! となるわけよ。これが天才シンデレラ作戦よ」

「なにそれ! あたしたちが悪者ってことになるじゃん」

「嫌なら譲るよ。クズ」

「ギニニニ……。それはやだ!」

「なーらしょーがないじゃーん!」

「さすがラブ・ストライクズの黒幕。ずる賢いこと考えさせたら右に出るものはいない」


 ハナは自分でそう言ったあとに、はっと気づいてちょっと後悔した。


 黒幕という言い方も郷里が提案したものだ。

 わずかでもみんなの心の中に郷里のことが湧き上がってしまったのではないか。


 しかし、他のメンバーの顔を見回すと、それぞれはハナとトキのしょうもないやりとりに笑っているだけで特に悲壮感が出るようなことはなかった。


 通信が入ってタエが応答をする。


 それは現場に他のチームが先に到着し、戦闘を開始したというものだった。

 このようなバッティングはそれなりにあって、むしろ一つの怪獣の個体に対して複数のスーパーヒロインチームの招集がかかることで戦略的に余裕をもたせている。


 前回は郷里の指示で怪我人の救護に当たったが、今回はそういった直前の指示もなく、バックアップとして現場で控えることになった。


「でもまぁ、よりによって先についたのがカラフルマリーズじゃね。あたしたちの出番もないな」

「そう言わないの。私たちにもすべきことはあるわよ。どんな時でもね。怪獣を倒すだけがスーパーヒロインの仕事じゃないわ」


 タエが髪を耳にかけて言うのを聞いてハナは思わずニヤけてしまった。


 あの時以来、タエは少し変わった。

 どこがと言われてもうまく言えないけど、なんだかずっと今までより側にいる感じがした。


「でもカラフルマリーズが負けるような相手ならうちらだけじゃキビチイよ」

「そんなことないです。私たちだって勝てます。むしろ、そういう相手に勝ってかなきゃいけないんです!」


 キヌが目をキリリとさせる。

 少したれた目と、太めの眉、小さく肉厚な唇。

 そんな柔らかさを感じさせる顔が、決意の表情を作ると抱きしめたくなる可愛さがある。


「馬が楽しそうに駆けてるわね」

「うま?」


 ウメがポツリと言ったのをハナは聞き返した。


 ウメは窓の外を半月型の目でじっと見ている。


「待って。動物園が破壊されて動物が逃げてるらしいわ」


 タエが状況報告のログをたどってみんなに伝える。


「えぇっ!? 動物たちが。それこそ一大事ですよ」


 キヌの顔色が変わり、地球最大のピンチのような声を出した。


 トキは黒幕らしく、ツリ目の少年のようにニヤリと笑った。


「やること出来たね。よぉし、うちらの動物捌きを見せて、超本部をあっと言わせてやろう!」

「言うかな、それで」


 首を傾げてはいるものの、ハナはこれから起きることにワクワクし始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る