第28話

 その知らせは、静かに、淡々とした言葉で伝えられた。


「……後任の司令官は明後日に着任予定です」


 スピーカーから流れる通信は一方通行のもので、こちらが聞き返したり、反論するような余地はどこにもない。


 反論以前に、ウメがそれぞれメンバーの状態を確認したところ、誰もが言葉を失っていた。


 郷里の更迭。


 先の一戦は郷里の強引な推薦によりラブ・ストライクズが担当することになったのだという。

 それに対しての無様な敗戦。

 当然考えられた事態ではある。


 司令官とスーパーヒロインとの関係は、あくまで任務上の関わりにすぎない。


 愛情はおろか、友情も、信頼すらなくても支障がきたすようなことはない。

 今までに何度か変わった司令官に対しても、みんなドライで、名前すら思い出せない者もいる。

 だから、ここまで衝撃を受けているメンバーを見るのはウメも初めてだった。


 自分の感情はどうなのだろう?

 ウメは自分にそう問うてみる。


 寂しいとか、悲しいというよりも、自分たちのパフォーマンスをあそこまで引き出してくれる人は、今後出会うことはないだろうという悔いるような気持ちだった。


「敗戦の責任をとって、ということらしいわ」


 タエがうつむき、肩を震わせながらそう言う。

 拳は太ももの上で固く握りしめられ、全身にやり場のない力が込められているのがわかる。


 あのあと、泣きじゃくるタエをみんなは受け入れた。


 全てを背負い、身が持たなくなりそうだったタエを全員が労った。


 初めから誰も責めようなどとは思っていない。

 全員が彼女を許したいと思っていた。

 しかし、彼女自身が許されることを拒んでいたのだ。

 そのタエが、許されることを受け入れた。


 甘えることを、嘆くことを、醜態を晒すことを自分自身に許した。


 タエは変わった。

 それだけでも、あの敗戦の価値はあったといえる。


 しかし、その代償は、ラブ・ストライクズにとっては大きすぎるものだった。


「本当にそれだけなの? 他にも色々責任取り過ぎてそうだけど、司令官まじめだからさ」


 ハナの言葉に、ウメは先日の更衣室での一件を思い出した。


 確かに、こちらがどれだけ気にしていないと言おうと、本人は生真面目に責任を取りたがりそうだ。


 もちろん、原因は一つだけではなく、人気の低迷も査定の一つではあるだろう。

 ただ、無用に長く続ける司令官も存在するわけで、誰がどう判断したのかは結局わからないことなのかもしれない。


「だって、司令官だよ? やだ、うちもう他の司令官じゃやだ」


 トキだけが状況を受け入れることを拒否して喚き立てる。


 タエが苦しそうにトキに言った。


「トキ、わがままを言わないで」

「やだやだ! 絶対やだ!」

「トキ! いい加減にして!」

「やだ……」


 抗議をしてどうにかなるものでもない、それをみんなは理解している。


 スーパーヒロインは遊びではない。

 人々の人生がかかっていて、大きなお金も動いている。

 いくらスーパーヒロインと言っても、数人が声を上げてどうにかなるものでもない。


 むしろ多感な少女たちを主体とする組織では、そう言った我儘を聞き入れていては運営は立ち行かなくなる。


 それを理解している。

 痛いほど理解している。

 だから、それぞれが自分に言い聞かせようとしている。

 我慢して、心の奥に沈め、重石をする。


 しかし、そんな蓋を、トキの幼く真っ直ぐな感情がこじ開けてしまう。


「司令官、知ってたのかな」


 ハナがポツリとそう漏らした。


 誰もそれに答えない。


 キヌはずっと机につっぷしてしゃくりあげている。


 その問いかけが消えてしまうのが惜しくて、ウメは答えた。


「知っていたはずよ。黙っているなんて人が悪いわね」

「知っていたのに、あたしたちと離れることわかってたのに、キヌのこととかあんなに一生懸命だったんだ」

「置き土産を置いて格好つけたかったのね」


 一際大きくキヌが嗚咽を漏らす。


「それでも私たちは戦うべきだと思う。司令官なら、そう願ったはずよ」


 タエが思いを断ち切るように立ち上がりそう言った。


「うち、もうやだよ……」

「文句を言ったってしょうがないじゃない。私たちは人気下位をウロウロしてるようなチームよ。それがわがまま言っても聞いてくれるわけないじゃない。他にもスーパーヒロインはいるの。有能な司令官はそっちに行くでしょう」

「そうね。有能な司令官は人気のあるチームに行くものよ」


 ウメはそう言ってみんなの顔を見回す。


 言わんとしていることは一瞬で全員に伝わった。

 同じ苦難を味わい、同じ希望を見出してる仲間だ。

 この一体感は心強い。

 希望にすがるような言葉ではない。

 自分たちにできる、そして自分たちのすべき唯一の道なのだ。


 キヌは手のひらでぐいっと目元を拭った。


「そうです。勝てばいいんです。実力を示せばいいんです。そして司令官を私たちの手で取り戻せばいいんです。私、絶対に、絶対に、もう負けません」

「あたしも勝つ!」

「うちは……うちもやる!」


 ハナとトキも共に立ち上がった。


 ウメは微笑んで、タエを見る。


 タエは眉に力を込めて、ゆっくりと頷いた。

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