第27話
郷里は身体中にしっとりと汗をかきながら基地内を彷徨っていた。
走り回ったせいだけではない。
興奮により、自然に体温が上がってしまう。
一刻も早くラブ・ストライクズに。
そう思い、居ても立ってもいられなかったのだ。
通路を曲がると、その先にはトキが退屈そうに廊下の壁にもたれかかっていた。
「トキさん、皆さんがどこにいるか知っていますか?」
「どうしたの司令官。そこだよ、その部屋の中」
トキは郷里の剣幕に興味を持ったのか、目の前のドアを指して擦り寄ってきた。
郷里は勢い良くドアを開けると、大きな声で告げた。
「諸君、重要な事がわかりました!」
突然現れた郷里に驚いたのか、ラブ・ストライクズのメンバーはただ呆然と郷里を見る。
そして郷里も呆然と彼女たちを見る。
ラブ・ストライクズのメンバーは、下着姿だった。
地球の自転が止まってしまったかのような間が流れた。
あまりに唐突に起こった遭遇劇に、お互いに何が何やらわからなくなっていたのかもしれない。
ひょっとして、ここは更衣室。
そして今まさに着替え中。
脳がそう判断するやいなや、郷里は頭を深く下げて180度反転する。
「申し訳ありませんでした!」
そう叫びながら部屋から出ようと思ったのだが。
あまりの異常事態に力の制御が効かず、思いっきり握りこんだドアノブがちぎれて取れた。
「のわゎー!」
自分の手のひらの中に転がる小さなドアノブ。
ドアには、郷里の指が入らないくらいの穴が空き、ドアを開けるという極めて単純な機構が、もうどうしようもなくミッション・インポッシブルに思えてくる。
それでも郷里は、身体からドアにぶち当たってなんとかこの場から出ようとした。
肩からドアにぶつかるが、不審者に破られたら困る更衣室だけあって建付けは万全だ。
だったらなんでドアノブだけこんなにもろいのだ、と嘆きつつも、郷里は体当たりを繰り返す。
体当たりとともに頭を打ち付け、興奮しているのか、動揺しているのか、頭が痛いのか、自分でもなんだかよくわからなくなっている。
そもそも、どうして自分はドアにぶつかっているのか、とパニックを起こしすぎて行動がゲシュタルト崩壊をしていた。
その時、背後から声がかかる。
「司令官、やめて!」
「大丈夫ですから。それ以上やったら死んじゃいます」
振り返るとそこには、服を着替え終えたラブ・ストライクズのメンバーが心配そうにこっちを見ている。
そうだ、ここは更衣室だ。
たった数秒前の出来事を思い出し、なるべく自分を落ち着けるべく大きく息を吸う。
「みんな、早いのね」
郷里が限界まで息を吸い込んだ時、開いたロッカーの扉の影から、下着姿のままのウメが現れた。
「ノーン!」
郷里はそのままのけぞって倒れた。
「司令官、一体何があったんですか?」
倒れてしばらく意識を失っていたが、数秒だったのかもしれない。
郷里の視界には、取り囲むように覗きこむラブ・ストライクズのメンバーの顔が並んでいた。
素早く立ち上がり、居住まいを正し、背筋を伸ばす。
「大変申し訳無いことをしました。この件におきましてはいずれしかるべき処置を受けたいと思います」
「それより、重要な事ってなんなんですか?」
タエがそう問いかけてきた。
怒っているような雰囲気は表情にでていない。
「はい。それにつきましても、後ほど、改めて報告いたしたいと思います」
郷里がそう答えると、「えー!」という不平の声が飛んできた。
「あとでもいいのなら、裸の見せ損ね」
ウメが口元だけに笑みを浮かべて言う。
「裸じゃないよ。ギリギリ薄布一枚つけてる状態だったよ!」
「ハナさん。世の中の男というのは、裸よりもむしろわずかに隠して恥じらいを見せてる姿にこそ興奮するものなのよ」
ウメのその言葉を聞いて、みんなの非難の視線が郷里に集中する。
「グゥ……」
言葉にならないうめき声だけが郷里の喉から絞り出される。
「ほらほらー。司令官、おとなしくはいちゃいなよ~」
トキが無責任にそう急き立てる。
郷里は観念して告げた。
「キヌさんのことです」
「私ですか? え、でも、私は本当にそんなんじゃなくて、お肉とかも余ってて、全然興奮するようなものじゃなくて……」
「キヌさんの能力に見当がついたのです」
「の、能力? え? 私の?」
「はい。動画を編集してきました。みなさん見てください。例えばこの逆転の場面」
ハナが素早い動きで怪獣を翻弄しながら的確なパンチを与えてついに怪獣をよろめかせていた。
「いやぁ、こん時すごい調子が良かったんだよね」
「そうです。ちなみにこれが普段のハナさんです」
「え? これ普段? 違うよ。普段はもうちょっといい。これダメな時だよ」
「そして他にもウメさんの場面。ここも絶体絶命のピンチを切り抜けてます」
ウメが即席の落とし穴で怪獣を落とす場面が流れた。
「おー、さすがウメチャ。ずる賢いですなぁ」
「天才様に褒めてもらえて嬉しいわ。でもこれはたまたまよ。たまたま調子が良くて、美しかっただけ」
「ウメさんは他にも多くの場面で逆転の足がかりとなっています。この場面も」
「そうね、美しいわね。たまたま調子が良くて、いつもどおり美しいわ」
「もちろん、タエさんの場面もあります。トキさんのは、残念ながら今のところは確認できてません」
「なんでよ! うちだって大活躍してるじゃん」
「もちろんです。トキさんは天才なのでたまたままぐれで調子がいいということはなく、常に完璧ですから」
「んもう! そうだと思ったよ。司令官、うちのパンツも見せてあげようか?」
郷里は大きな咳払いをしてその話題を払拭した。
「あの、私のは……」
キヌが遠慮がちに郷里の顔を覗き込む。
郷里は、眉根を寄せて首を傾げた。
「私もないんですね。確かにいい場面なんて思い当たりません。みんなみたいに活躍できたことはないし。いつだって私はダメなんです」
「違います。これはすべてキヌさんの名場面なんです」
「え?」
興奮して先走り、異常な状況に追いつめられていたために言葉が足りなかったらしい。
理解していると思って解説をしていたが、そもそもの説明が伝わってなかった。
「キヌさんは肉体強化系ではありません。極めて特異な精神感応系だと思われます。この手の能力は怪獣に直接効果がないために発見され難いのです。キヌさんの能力は、能力増幅。ごく近くに他のスーパーヒロインがいた場合、その人物の能力が飛躍的に増幅するようなのです」
キヌだけでなく他のメンバーも驚き、そしてどこか納得しつつ動画を見返して思い返している。
「そう言えば、私も思い当たるフシがあります」
「あたしも!」
タエとハナがそう言う。
「それって、私自身には強化されるような力はないってことですか?」
キヌがすがるような目で郷里を見つめる。
「キヌさん自身には影響はないと思われます。しかしラブ・ストライクズの一番の魅力は華麗な逆転劇。そのきっかけとなっていたのは、常にキヌさんがサポートをしていた方です」
戸惑うキヌに対して声を上げたのはハナだった。
「キヌちゃん、すごいよ! あたしずっとキヌちゃんと一緒にいたい!」
「えー。ずるい! キヌチャはうちと一緒だよ。そうすれば二倍天才でこの世のあらゆる問題が解決しちゃう可能性が高いんだよ」
「これからの作戦は、キヌを中心に考えましょう。確かに、ラブ・ストライクズの要ですね」
タエがそう言ってキヌの手を取る。
「あの、私。あの、司令官。ありがとうございます。私、今日の事忘れません」
「え……。いえ、今日のことは誠に申し訳なく……」
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