第26話

 タエは一人で中庭に座り込んでいた。


 芝生の青さが目に痛く、湿った感触がスカートを濡らす。

 ただ動けず、そこで何を見るでもなく座っていた。


 誰にも会いたくない、そんなはずなのに、まるで誰かに見つけてほしいとでもいうように、こんな風に中庭に座っている。


 そんな自分が嫌だった。


 きっとハナならツンデレなんていって笑うだろう。


 でもタエにはそんなキャラを演じているつもりはない。


 ただ、自分自身がコントロール出来ない。

 自分の意志と、理想と、感情と、行動が一致しない。

 本当は誰かに当たり散らしたいのかもしれない、だけどそんなことをしていい理由もない。

 そんな思考がグルグル回る中、重くのしかかるのは失敗したという事実だけだった。


 芝生に深緑の大きな影が広がる。


「タエさん、皆さんが待ってます」


 背中から掛けられた野太い声は、振り返るまでもなく誰のものかわかった。


「待ってないわ。私のことなんて」

「待ってます」

「なんなの? 私のせいで負けたのに。みんなは調子が良かったじゃない。完全に勝ってたのに。私だけのせいなのに」

「違います。すべての戦闘の責任は小官にあります」


 タエは振り返り、陽の光を背負って佇む郷里を睨みつけた。


「司令官は何もしてないじゃない」

「たとえ何もしなくても、責任を取るのが小官の仕事です。さぁ皆さん待ってます」

「待ってないわよ!」

「待ってます」


 押し問答にやりきれなくて、タエは手元の芝生を握る。

 プチプチと芝生が千切れる感覚が手のひらに残る。


「みんな怒ってるわ。失望してるわ。普段偉そうにしていていざとなったらダメだったなんて」

「みなさんがタエさんを認めていたのは、タエさんが偉そうだからじゃありません。誰よりもタエさんが頑張っているから、それを知っていたからです」

「同情されるのも嫌! 可哀想だなんて思われたくない。そう思われないために頑張ってきたの」

「そんなこと、誰も思ってませんよ」

「え……」


 突き放すようなその言葉に、タエは思わず顔を上げた。


 郷里の表情は逆光でよく見えない。


「あの程度の失敗、よくあることです。どんなスーパーヒロインチームもやってます。他のメンバーだって失敗してきました。そのたびにタエさんがリカバーしてくれたのをみなさん覚えてます。だから怒っていませんし失望してもいません。今、彼女たちは自分たちがタエさんの失敗をリカバーできなかったことを悔やんでます」

「なんで責めないの!」


 タエは感情に押し上げられるように立ち上がった。


 そこで見えた郷里の表情は、真剣で、そしてどこか目元がやさしく笑っているようだった。


「思い上がらないでください。全員でラブ・ストライクズです。タエさんは他のメンバーが失敗した時、責めましたか? 怒りましたか?」

「ちょっとはしたかもしれない」

「でもそれは次に繋げるためです。タエさんがここで逃げたら次につながらない。それこそがラブ・ストライクズのピンチです。彼女たちはタエさんのことを可哀想だなんて思ってません。ただ帰ってくるのを信じて待ってます」


 タエは郷里の顔を見ることができなかった。


 うつむくと、涙が溢れてきた。

 勝手に流れ続ける涙は、自分の意志と理想と感情と行動をグチャグチャに混ぜあわせて激流のように押し出した。


「私、自分が嫌い。みんなは私のこと責めてると思ってた。本当は信頼してなかったのよ。私、きっとどこかでみんなを見下してたの。私を頼らないとどうにもならないって下に見てたのよ」

「そんなことはありません。タエさんが自分のことを嫌いでも、みんなはタエさんのことが好きです。そしてタエさんもみんなのことが好きなはずです」


 郷里は断言した。


 自分の気持のはずなのに、郷里の言葉によって揺らいでいた気持ちがガッチリと固まる。


 私はみんなのことが好き。

 それは嘘じゃない。まやかしじゃない。


「でも、負けてしまったら……」

「そりゃ、負けます」


 タエの揺らいだ自信を叩き壊すように、郷里は冷たくそう言った。


 この人は、生真面目な表情で、優しいごまかしの言葉なんて言ってくれない。


「どんなチームだって負けます。常勝というわけにはいきません。ですが、怪獣が襲撃するのを止めなければなりません。我々が諦めてしまったら、傷つく人が増えるだけです。負けるのはかまいません、しかし諦めてはいけません」

「負けるために戦えっていうの?」

「そうです」

「ひどい」


 思わず噴出すようにそう言ってしまう。


 郷里の愚直な、優しさのかけらもない言葉に、タエはどこまでも甘く優しい気持ちを感じた。


「前回の戦闘は、かなり厳しいことがわかっていました。それでも小官は、ラブ・ストライクズなら勝てると踏んで上層部に進言しました」

「どうしてそんな無理をしたのですか?」

「ラブ・ストライクズは強いからです。諸君はきっと、多くの人達を救うスーパーヒロインになる。そしてもっと強い怪獣と戦うことになるでしょう」

「また負けるっていうのね」

「そうです。そしてそれよりももっと多く勝ち続けます。人を救い、人を魅了し、輝く存在になります」

「私たちの。ラブ・ストライクズは、そこまでなれますか?」

「なれます」

「なんでそこまで断言できるんですか。それもデータですか?」

「いいえ。これはデータではなく勘です」


 タエは微笑み、歩き出した。


 その脇を郷里が歩く。


 タエの二倍の歩幅で、ゆっくりと歩調を合わせながら。

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